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トム・ハーディは“型破りな双子”をどう演じ分けた? 『レジェンド 狂気の美学』演技の凄み

2016年06月23日 10:42  リアルサウンド

リアルサウンド

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 1960年代、イギリスに実在した双子の凶悪犯罪者、クレイ兄弟の破壊的な生涯を描いた『レジェンド 狂気の美学』が公開された。貧しい家庭に生まれ、幼いころから恐喝や強盗を繰り返し、遂にロンドンの闇社会を牛耳るまでに成長した一卵性双生児のレジナルドとロニーを、一人二役で演じたのはトム・ハーディ。


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 兄のレジナルドは、ロンドンの闇社会だけでなく、政財界やショービジネス界をも裏で手を引き、ビジネスマンとしての才能も開花させ成功させていた。一方、弟のロニーは同性愛者であることをカミングアウトし、普段は穏やかだが、一度キレてしまうと手がつけられなくなるほど凶暴になってしまう性格だった。そんな型破りな双子のギャング・クレイ兄弟の伝説を、のちにレジナルドの妻となるフランシスの独白という語り口で描きながら、執拗にふたりを追い詰めていくロンドン警視庁とクレイ兄弟の確執もシャープに映し出していく。


 脚本・監督を務めたのは、『L.A.コンフィデンシャル』でアカデミー脚色賞を見事に獲得し、同年に『ポストマン』でラジー賞も受賞した(!)経歴の持ち主でもあるブライアン・ヘルゲランド。『エルム街の悪夢4 ザ・ドリームマスター 最後の反撃』の脚本でデビューし、近年では大リーグの伝説的な選手ジャッキー・ロビンソンの生涯を描いた『42~世界を変えた男~』の脚本・監督を手がけている。そのジャンルに捕らわれず、独特の語り口で作品をつむぎ上げていく手腕は、常に評価されている。


 イギリスでは、演劇やミュージカル、そしてモンティ・パイソンのスケッチにも取り上げられるほどドラマティックなクレイ兄弟の伝説。彼らの生涯を映画化したのは、本作が2度目である。1990年に公開されたピーター・メダック監督作『ザ・クレイズ 冷血の絆』では、イギリスのバンド“スパンダー・バレエ”のゲイリーとマーティンのケンプ兄弟が、クレイ兄弟を演じていた。


 古くからオプチカル合成技術を駆使して、一人二役の双子が登場する作品は多い。名子役ヘイリー・ミルズが一人二役を演じた『罠にかかったパパとママ』や、同作をリメイクした『ファミリー・ゲーム/双子の天使』では、リンジー・ローハンがデジタル技術を駆使して一人で二人のキャラクターを演じた。またデヴィッド・クローネンバーグ監督の『戦慄の絆』では、ジェレミー・アイアンズが双子の外科医を演じ、その特殊効果の躍進ぶりがVFX業界を驚嘆させた。『ソーシャル・ネットワーク』のアーミー・ハマーも同様で、いずれも“見た目がそっくりな双子”という人物で、演じ分けという点では問題になっていない作品が多い。


 本作でトム・ハーディが演じたクレイ兄弟は、“演じ分け”の匙加減が絶妙である。見た目も話し方も性格も性癖も微妙に異なる双子という役柄は、ハーディにとって“美味しい役柄”であったに違いない。これはスパイク・ジョーンズ監督の『アダプテーション』でニコラス・ケイジが演じたカウフマン兄弟という“微妙に違う双子”役に近いが、ケイジが演じたのは架空の人物であり、実在の人物であるクレイ兄弟をキッチリと演じ分けたハーディに軍配が上がる。


 トム・ハーディという俳優の最大の特徴は、どの作品に出演しても、そのキャラクターになりきってしまうという点にある。俳優のキャリアとしては『ブラックホーク・ダウン』の端役でデビュー後、若くして『スター・トレック』シリーズの劇場版第10作目にあたる『ネメシス/S.T.X』のヴィランというビッグロールを与えられたが、その後伸び悩んでしまう。


 その頭角が現れ始めたのが、ニコラス・ウィンディング・レフン監督の日本劇場未公開作品『ブロンソン』で、イギリスで最も有名な実在した凶悪犯、チャールズ・ブロンソンことマイケル・ピーターソンを演じた頃からだ。元ブロボクサーで、ただ有名になりたかったからという理由で郵便局を襲い、服役中もひたすら暴力をふるい続ける反社会的な主人公を演じたことで、一気に注目を浴びることになる。


 肉体改造を駆使した役作りが評判になったハーディだが、その反面、役作りにのめりこみすぎて、トム・ハーディという俳優の顔がまったく印象に残らない。『ダークナイト ライジング』では眼以外をマスクで多い、表情が全く分からないヴィラン“ベイン”を熱演し、ディカプリオにオスカーをもたらした『レヴェナント 蘇りし者』でも、ディカプリオと同じくらい極限状態に追い詰められた極悪人を演じて話題になった。また、『マッドマックス 怒りのデスロード』ではタイトルロールのマックス役に抜擢されたが、シャーリーズ・セロンが演じたフュリオサという個性の強いキャラクターのサポートに回ってしまったため、主人公なのに印象が薄い。


 つまり、ハーディはどの作品に出演しても、与えられた役柄と同化してしまい、常にそのキャラクターになりきってしまうのだ。一人二役に挑んだ『レジェンド 狂気の美学』での演じ分けが完璧な理由はそこにある。ハリウッドで活躍するスターの中には、どの作品に出ても同じような演技しか出来ない役者が多数存在する中で、カメレオンのごとくキャラクターになりきってしまうハーディは貴重な存在だ。日本でもようやくその顔が認知されるようになってきたトム・ハーディという俳優が、その才能を更に開花させる日も近いだろう。(鶴巻忠弘)