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島爺が語る、初作品の挑戦と覚悟 「歌い手としての人生が終わってもいい」

2016年06月22日 21:51  リアルサウンド

リアルサウンド

島爺

 ニコニコ動画を中心に、ネット上でカルト的な人気を誇る歌い手・島爺が6月22日、1stアルバム『冥土ノ土産』をリリースした。「ブリキノダンス うたった 【SymaG】」が、ニコニコ動画で約460万再生を超えるなど注目を集めていたが、ここで満を持してのメジャーデビューとなった。リアルサウンドでは、これまでメディアでの露出がなかった彼に初のインタビューを敢行。音楽遍歴から、動画投稿を通して感じたネットシーンとメジャーでの音楽シーンについて。そして「このアルバムを出すこと でもしかしたら歌い手として終わってしまうかもしれない」というほどの覚悟で挑んだ作品について、じっくり聞いた。(編集部)



・「当時、ボカロ曲は量産できない熱があった」


ーー当サイト初登場ということで、音楽歴から伺っていきたいと思います。これまでどんなふうに音楽と触れ合って来たか、というところから聞かせてください。


島爺:親がよく音楽を聴く方で、車のなかで童謡や演歌、歌謡曲を聴いて育ちました。ただ、子どもの頃はそれほど音楽に興味はなくて、それよりスポーツ、特に野球に一生懸命でしたね。そんななかで、Mr.Childrenさんなどメジャーなポップスを聴くようになり、カラオケで歌ったら友人に褒められたことがきっかけで音楽にハマっていきました。高校生くらいの頃ですね。


ーー島爺さんは“永遠の82歳”ですから、60数年前のことですね(笑)。


島爺:そうですね(笑)。それからバンドを組もうと考えて、邦楽のロックをよく聴くようになって。それからミクスチャー系、洋楽も含めてメタルにパンク、R&Bにテクノと、幅広く音楽を聴くようになりました。ヴィジュアル系のロックもよく聴いていましたね。バンドでやっていたのは激し目のギターロックで、コピーはまったくやらずに、オリジナル曲をやっていました。


ーー動画共有サイトに投稿している楽曲を聴くと、ハードロックからネタ曲的なものまで、本当に幅広いですよね。当時、こだわりなくさまざまな音楽を聴いてきた蓄積が生きている、ということでしょうか。


島爺:それはあるかもしれません。基本的に広く浅くというか、今のいわゆるYouTube世代に近い聴き方だったと思うんです。気になったものはすぐにCDを借りたり、買ったりして、こだわらずになんでも聴いていたので。このジャンルはこうあるべき、みたいな発想もなくて、今も“いいものはいい!”と考えています。


ーーそういう意味では、ボカロシーンには“ジャンルにこだわらず面白いことをやろう”というクリエイターが多いので、共感する部分も大きかったのでしょうか。


島爺:そうですね。最初にニコニコ動画に動画を投稿したのは今のアカウントではなかったんですけど、ボカロ曲を中心にした“歌ってみた”というジャンルがあることを知って、面白いと思ったんです。バンドをやっていたから録音のための道具は一式あるし、その時からミキシングもできたので、自分でもやってみようと。当時、あまり投稿できなかったんですが、なんやかんやあってバンドも解散して、趣味で音楽を続けるのにいい場だと思って、本格的に動画を作るようになりました。ひとりで歌っているより、みんなに聴いてもらったほうがいろいろ刺激にもなるので。


ーーその当時、ボカロを中心にしたネットの音楽シーンについては、どう捉えていましたか?


島爺:単純に面白かったですね。これは誰が悪いという話ではないのですが、当時のメジャーシーンは、今思うと「底」だった気がするんです。震災やら不況やら、世の中の状況的にミュージシャンの方々も迷いのなかで、「励ましの曲は陳腐に響き、悲しい曲では沈む一方だ、しかし、作らねば飯が食えない」という状況もあったんじゃないかと。そういうこともあって、メジャーの音楽が全然面白く感じられなかった。そんななかで、ボカロ曲は全然優等生的じゃなく、技術的にも粗いのかもしれないけど、量産できない熱のある作品が多くて、魅力を感じました。


ーー当時、どんなボカロPの作品を聴いていましたか?


島爺:wowaka(バンド「ヒトリエ」のギターボーカル。ボカロ曲として「裏表ラバーズ」「ローリンガール」「ワールズエンド・ダンスホール」など多くの人気作品を持つ)さんが好きでしたね。それまでは“荒削りな人がいっぱいいて面白いな”と思っていたのが、一歩進んでのめり込むきっかけになりました。


ーーでも、wowaka氏の楽曲は動画として投稿していませんね。歌詞をよどみなく届ける滑舌のよさと、力強いハイトーンも魅力的な島爺さんの声によく合う気もするのですが。


島爺:なんででしょうね(笑)。特に理由はないので、今後歌わせてもらうかもしれません。


・「一曲入魂のスピリッツというのは「島爺」にとっても欠かせない」


ーー動画の投稿を重ねるなかで“趣味”の範疇を大きく超えるような再生数、人気を獲得していきます。ご自身はブログで「“アンチアイドル歌い手”のようにカウンター的な存在として扱われたから、という部分が大きいのでは」とも分析されていましたが、知名度が上がっていくことをどう捉えていたのでしょうか。


島爺:再生数が大きくなっていくなかで、正直“マズい!”と思っていました。“このままやったら、名前が知れてしまう”と(笑)。それで思いついたのが、あまりランキングに上っていないような曲を歌うことだったんです。当時は“歌い手で有名になるには、人気ボカロPの新曲を投稿後一日で歌う!”みたいなところがあったので、逆のことをしたら有名になることはないだろうと(笑)。


ーー実際に“マズい”と思い始めたのは、どれくらいの時期ですか?


島爺:「少年少女カメレオンシンプトム」(2012年05月11日投稿)くらいですね。そこから勢いが変わったんです。


ーーなるほど。そこから中毒性の高いファンクチューン「ラットは死んだ」(P.I.N.A)、今作にも収録された人気ネットラッパーVacon氏の処女作「HATED JOHN」と、“知られざる良曲”を投稿していきますが、さらに勢いがついてしまいましたね(笑)。ちなみに、楽曲はどのように探しているのでしょうか?


島爺:Twitterでフォロー返しをしていて、そうすると、タイムラインにオススメの楽曲がズラッと並ぶんですよね。僕をフォローしてくださる方たちなので、ボカロ曲のツイートも多くて。そこで偶然知って、歌った曲もたくさんあるんですよ。リクエストも募集していますし、実は大変な思いをして“知られていない曲”を探している、というわけではないんです。『冥土ノ土産』の収録曲で言えば、「鉄の弦の感情。」などは(制作者の)Haniwaさんの別の楽曲をリクエストしていただいたことがきっかけですね。


ーー「鉄の弦の感情。」は今作でも最も尖ったロック曲で、シャウトに近い高音が魅力的です。Haniwa氏はボカロを使ったポエトリー・リーディングなど、面白い取り組みをしているクリエイターですね。


島爺:そうなんですよ。歌う機会を伺っていたのですが、このCD化のタイミングで行こうと。この才能はもっと広く知れ渡ってもらわらないと困ります(笑)。


ーーネットを舞台に活動するシンガーとして、島爺さんの実力は広く知られており、これまでもメジャー進出のオファーは少なからずあったと思います。ブログでも丁寧に説明されていますが、このタイミングでリリースを決めた理由をあらためて教えてもらえますか。


島爺:確かに何度かオファーがあったのですが、CDを出したり、デビューしたりということが目的ではなかったので、お断りしてきました。今回はワーナーさんのしつこさに負けたというか(笑)。また、CDをリリースした後のライブなど、いわゆるアーティスト活動について「白紙でもいい。まずは制作だけに集中してもらえれば」と言っていただけたのも大きかったですね。「歌ってみた」動画は、メジャー作品と違って音源は出しても、当然、その後ライブをするかどうかが決まっていない。僕はそれがとても面白いと思っていて。


ーーなるほど。録音芸術としての音楽というか。


島爺:そうなんですよ。例えば一曲通して声が続かないほど声を張ることもできるし、ライブを想定していないからこそ突き詰められる部分があって。そういう一曲入魂のスピリッツというのは「島爺」にとっても欠かせないもので、今後生でステージに立つかどうかは未定ですが、全曲再現するライブをする、というのはなかなか難しいです。


ーーさて、今作『冥土ノ土産』についてもじっくり伺っていきたいと思います。ニコニコ動画で約470万再生という大ヒットを記録している「ブリキノダンス」(日向電工)を始め、これまで動画として投稿された人気曲はもちろん、一方で新録曲が多く、「チルドレンレコード」(じん)、「Calc.」(ジミーサムP)、「初音ミクの消失」(cosMo@暴走P)など、意外感のある有名曲が収録されているのも印象的でした。


島爺:『冥土ノ土産』というタイトル通り、この作品で僕の歌い手としての人生が終わってもいい、という意志のもとで自然にこのラインナップがそろいました。これまでは歌ってこなかったよく知られている曲も入っていますが、普通に歌いたかったんですよ(笑)。


ーーなるほど。メジャーデビューとなれば、もう“身バレ”を怖れる必要もない(笑)。


島爺:そういう意味では、曲を選ぶのもよりどりみどりでしたね(笑)。「Calc.」なんかは僕には少し爽やかすぎるかなとも思ったんですが、リクエストも多くて、歌ってみたら意外と気持ちよかったです。歌ってみて気づくことも多いですし、自分の感覚をあまり信用したらあかん、と思います。


ーー代表曲にもなっている「ブリキノダンス」についても、あらためて聞かせてください。インド神話を思わせる暗号的な歌詞が印象的な、中毒性の高い一曲ですが、あらためて島爺さんにとってどんな作品ですか。


島爺:この曲にここまで連れて来ていただいたと思っているので、頭が上がらないですね。ベタな話ですけど「名刺代わり」というか、このアルバムを作るきっかけにもなった曲なので、その物語の1曲目は「ブリキノダンス」から始めないといかんのじゃないか、と思いました。


ーー今回はご自身でミックスも手がけていますね。ブログでは「大好きな曲のパラ音源(ミックス前の楽器毎のファイル)を聴けるのがうれしかった」とも書かれていましたが、ミックスしていて特に楽しかった曲はありますか?


島爺:「真夜中と混線少年」(CapsLack)は僕としては珍しいゆっくりした曲なので、新鮮で楽しかったですね。歌い方としてはウィスパーなんですが、一口にウィスパーと言っても幅があるので、しっくり来るまで録り直しました。サビの部分にも、コーラスとしてウィスパーな声を重ねているんですけど、そういう工夫をして、感情が沈み込んでいる時の感覚をどう表現すればいいか、かなり考えましたね。「undo:redo」(砂粒)という曲も、似た意味で楽しかったです。


・「とにかく垣根をなくしたほうが面白い」


ーー最後には書き下ろし曲の「OVERRIDE」(Music:岩見 陸/Lyrics:ナナホシ管弦楽団)が収録されました。その経緯についても聞かせてください。


島爺:最初は誰にもお願いしないつもりだったんです。このアルバムを出すことでもしかしたら歌い手として終わってしまうかもしれない……という思いがある状態で、他の人に書き下ろし曲をお願いしてもいいのか、という心苦しさがあって。それでも、これまでの活動を振り返ったときに、ナナホシ管弦楽団さんの曲はたくさん歌わせてもらったし、この人になら、頼んでも思いを汲んでくれるんじゃないかなと思ってお願いしました。


ーーただ一言、「速いのを」とだけリクエストされたそうですが、言葉の端々に粋な感じがあり、島爺さんにピッタリの楽曲に仕上がっていますね。


島爺:受け取って、ただただびっくりしました。僕の今の状況というか、気持ちを汲んで、僕になり変わって言葉にしてくれていることがすぐにわかりましたし、 想像以上の楽曲で笑ってしまうくらいでしたね。タイトルの「OVERRIDE」も、「命令を無視する」「くつがえす」「無効にする」のような意味で、自分の信じる道を突き進んでいくような力強さがあって、好きな単語です。自分でも久しくオリジナル曲を作っていなかったので、「僕のために作っていただいた曲かぁ」と思うと少しこそばゆかったですね(笑)。


ーー自分で曲を書く、という選択肢はありませんでしたか?


島爺:それはワーナーさんからも言われましたね。ただ、僕自身が曲作りから離れていましたし、もっと大きいのは、“歌い手・島爺”の作品なので、自作曲を入れるのはちょっと違うかな、と思いました。ルール違反じゃないか!って(笑)。


ーー今後はどうでしょうか。今作の制作で、刺激を受けた部分もあるのではと。


島爺:それは単純にあります。今回はパラ音源をいただけたことで、一から曲を組み立てるミキシングについても勉強になりましたし、アーティストとして発表するかは別として、曲作りはやっていこうかな、と思っています。


ーー期待しています。初回特典のギター弾き語りによるJ-POPカバー集も話題になっています。「糸」(中島みゆき)や「歌うたいのバラッド」(斉藤和義)、「悲しくてやりきれない」(ザ・フォーク・クルセダーズ)など、有名曲が揃いましたが、どこか哀愁がある、渋い選曲だと思いました。この企画はどう立ち上がったのでしょうか?


島爺:打ち合わせの時に「ギターが弾けるなら弾き語りはどうですか?」という話があって、それはアリやなあと。


ーー先ほどお話に出た録音芸術的な作り込みとはまた違う内容ですが、生歌/生演奏を音源にする、ということについてはどうでしたか?


島爺:確かに、まったく対極のものという意識はありましたね。今回、作品を作るにあたっていろいろなチャレンジをしてきましたけど、一番デカいチャレンジやったんちゃうかな、と思います。ギターもあまりうまくないし、かなり緊張しました(笑)。


ーーあらためて、選曲についてはいかがでしょうか。


島爺:初回限定盤のみに収録ということで、コアなリスナーの方しか聴かないだろう、という思いがあって。そういう方であれば、ボカロ曲であるかどうかとか、今流行っている曲であるかどうかとか、そういうことは一切関係なく、名曲を歌えばちゃんと聴いてくれるだろうと。僕が個人的に名曲だと思う曲で、かつ弾き語りが難しくなさそうな曲を選びました(笑)。


ーー例えば、カラオケなどでもよく歌う曲が多かったですか?


島爺:あ、考えてみると、カラオケではほとんど歌ったことがないですね。好きで聴いてきた曲です。


ーーなるほど。歌い込んでいないからこそ、カラオケではなく、一曲一曲がしっかり、島爺さんならではの表現になっているのかもしれないですね。さて、先ほどは動画投稿を始めた当時、「メジャーシーンが面白く思えなかった」というお話もありましたが、現在のシーンについてはどう捉えていますか?


島爺:少しずつ面白くなりそうな気配に変わっていると思います。例えば米津玄師さん、ぼくのりりっくのぼうよみさん、岡崎体育さんのように、一風毛色の変わった方々と言いますか、そういうアーティストが出てきていますね。僕にはそれが自然発生的というか、無理やりな個性派ではなく、このタイミングで生まれるべくして生まれたアーティストに思えるんです。一方で、ライブハウスからの叩き上げでメロコアが息を吹き返して来たりもしていて、「CDは金にならんライブしろグッズ売れ」と叫ばれる昨今、ライブハウスでシンプルに耳に体に訴えかけるメロコアもまた、このタイミングで復活するのが必然だったんだろう、と感じています。この「何か楽しくなりそうな気配」が途絶えないよう、一音楽ファンとして祈るばかりですね。いずれにせよ今、または今後数年内に出てくるアーティストは、「音楽は金にならん!」と言われ続けながら、音楽を続けてきた人たちだと思うので、業界としても、そのことを頭の片隅に入れておいていただければうれしいなと。


ーーありがとうございます。今作は動画サイトのリスナーとはまた違う人たちにも届いていくと思います。どんなふうに聴いてもらいたいですか?


島爺:音楽を始めてから、ずっとやりたいようにやってきたので、皆さんにも聴きたいように聴いてもらえたらうれしいです。僕はリスナーとして、作品にまつわる数字――再生数がどうだとか、そういうことはまったく気にせず音楽を楽しむのが大事だと思っているので、まっさらな状態で聴いていただければと。ボカロ曲だ、メジャー曲だ、というのもそうで、とにかくいろいろな垣根をなくしたほうが面白い!と思っています。(取材・文=橋川良寛)