2016年06月21日 10:31 弁護士ドットコム
6月から裁判で言い渡される刑に新たな選択肢が加わった。言い渡された刑のうち、その一部について執行を猶予する「刑の一部執行猶予」制度だ。
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6月2日には、覚せい剤取締法違反(使用・所持)の罪に問われた30代の女性に対して、千葉地裁が懲役2年、そのうち6か月を2年間の保護観察付きの執行猶予(求刑懲役3年)とする判決を言い渡されたことを皮切りに、各地で判決が相次いでいる。
刑の一部執行猶予はどんな制度なのか、何が期待されているのか。刑事手続に詳しい小笠原基也弁護士に聞いた。
「一部執行猶予制度とは、『犯情の軽重及び犯人の境遇その他の情状を考慮して、再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当であると認められるとき』に、実刑の中の一定期間について、執行猶予を付けるという制度です」
小笠原弁護士はこのように述べる。具体的には、どんな制度なのか。
「簡単に言えば、実刑のバリエーションの一つとされています。
この制度は、これまでであれば『刑の全部が実刑となっていた人』について、再犯防止のために『必要かつ相当』な場合に、刑の一部を実際に服役しなくてもいいようにするという制度です。これまで『執行猶予で済んでいた人』について、一部に実刑を科すという趣旨ではありません」
通常の執行猶予と比べ、どんな点が異なるのか。
「単に刑の一部の執行を受けないというだけではありません。執行猶予期間中には、保護観察所の再犯防止プログラムや、ダルク・断酒会など民間の依存症回復支援機関や医療機関による支援・治療を受けることを約束し、それを実行し、再犯防止に効果があがることが期待できます。
逆に言えば、そのような支援・治療が実効性があると認められる場合に、一部執行猶予が再犯を防止するために『必要かつ相当』となるわけです」
制度開始後、一部執行猶予の判決が下されているのは、薬物関連がほとんどだが、理由はあるのだろうか。
「ひとつは、薬物事犯については、前の刑が終了した後、5年以内の再犯でも一部執行猶予が付けられることが挙げられます。他の犯罪では、執行猶予をつけることはできません。
また、保護観察所の依存症回復プログラムや、ダルクなどの民間団体など支援が比較的整備されていることが原因と思われます」
刑の一部執行猶予制度には、どんなことが期待されているのか。また、改善が必要な点はあるのか。
「再犯にいたってしまう原因を探り、それを除去するために、様々な社会資源(支援団体や依存症回復プログラムを実施できる医療機関など)を活用し、再犯を防ぐという『回復的司法』の考えが、日本でも広まればよいと考えています。
他方で、執行猶予となる刑の期間が、全部実刑の場合の仮釈放期間に比べて短かったり、再犯後に支援体制を強化したにもかかわらず、それを評価しないで、『前回は一部執行猶予だったが、再犯したので今度は全部実刑にする』といった硬直的な運用がなされれば、この制度の意味は失われるでしょう。
また、欧米には、刑の代わりとして回復プログラムを受ける『ドラッグコート』と呼ばれる制度がありますが、日本の一部執行猶予制度では、判決後、執行が猶予される刑期よりも長い期間、実刑を経てから回復プログラムを受けることになります。
そのため、当初は受刑者が再犯防止に向けた取り組みに熱意を持っていても、実刑を受けている間にその熱意が冷めてしまうのではないかという懸念があります。
この他にも懸念はあります。薬物事犯以外は、実刑が終了した後、5年以内に再び罪を犯した場合、一部執行猶予を受けることはできません(刑法27条の2第1項3号)。いかに再犯防止に向けた社会資源をそろえても、刑の全部について実刑に服した後でなければ、それを活かすことができないわけです。
こうした点について、立法上、改善が求められる点もあると思います。
その意味で、これで制度が完成ではなく、今後の運用を見ながら、柔軟に運用や制度を改善していくという姿勢が必要だと思います」
小笠原弁護士はこのように述べていた。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
小笠原 基也(おがさわら・もとや)弁護士
岩手弁護士会・刑事弁護委員会 委員、日本弁護士連合会・刑事法制委員会 委員
事務所名:もりおか法律事務所