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小田和正が“J-POP界最強”である理由 サウンドクリエイターとしてのストイックさを紐解く

2016年06月20日 17:11  リアルサウンド

リアルサウンド

小田和正『あの日 あの時』

 「ラブ・ストーリーは突然に」のようなアップテンポから、「言葉にできない」に代表されるバラードまで、なんでも対応できる抜けのある高音ボイス。しかも、何年経っても枯れるイメージがまったくない。小田和正の歌声を聴くたびに、いつもそんなことを思います。きっとみなさんも同じような感想ではないでしょうか。あまり年齡の話をするのもなんですが、1947年生まれなので、現在68歳。先日リリースされた3枚組のベストアルバム『あの日 あの時』は、オリコンのアルバム・チャート(5月2日付)で初登場1位。なんと、最年長1位記録を作ったそうです。しかも、次週には2位に順位を下げたにも関わらず、その翌週には再び首位に返り咲き。この”返り咲き首位”でも最年長記録を更新しました。


(参考:小田和正などベテラン勢「オールタイムベスト」ヒット続く “一度整理”されたJPOPが向かう先は?


 それにしても、なぜ小田和正はここまで根強い人気があるのでしょうか。ざっくりと言ってしまうと、彼の音楽は万人受けするポップスです。小難しいことはやらないし、強烈な個性を放っている印象もない。”究極の中庸”とは言い過ぎかもしれないですが、どんどん後続の若手が登場して王座から引きずり降ろされてもおかしくない立ち位置にいるわけです。わかりやすく説明するために、30年以上のキャリアを持つ国民的なアーティストとして思い浮かぶ人を列挙してみましょう。松任谷由実、桑田佳祐、井上陽水、矢沢永吉、山下達郎、中島みゆき、etc。いずれもクセの強い人ばかりですし、個性をギラギラとアピールしながら生き残ってきたといえるでしょう。しかし、小田和正にはそういった雰囲気は微塵もなく、貪欲さや野望といった感覚からはかけ離れている。ビブラートや節回しといったテクニックで個性を押し出すことをあえて封印し、とにかく爽やかで伸びやかな声を武器に、荒波を乗り越えてきたのです。Mr. Childrenの桜井和寿を筆頭に、ゆず、スキマスイッチ、いきものがかりといった王道を歩むアーティストたちがこぞってリスペクトするのも、なんとなく納得できます。


 彼の一番の魅力はその歌声ですが、もちろんその声にフィットしたソングライティング力も特筆すべきです。メロディ・メイカーとしての才能は言わずもがなでしょう。1969年から1989年の20年間は、オフコースのメンバーとして活躍しましたが、その間に残した名曲を聴けば明らかです。フォーク、ニューミュージック、シティポップスなどさまざまな切り口で語られるオフコースですが、改めて聴いてみるとこれまた絶妙な立ち位置なのです。日本的な湿っぽさは控えめでありながら、かといって洋楽かぶれというほどではないバランス感覚。オフコースの他のメンバーが手がけた楽曲が、少しマニアックだったりモロに洋楽の影響を受けていることと比較すれば、小田和正の非凡な作曲能力がわかります。『あの日 あの時』のディスク1は、全曲オフコースの名曲のセルフ・カバー・バージョンなのですが、最初期の「僕の贈りもの」や「眠れぬ夜」だってまったく古びた感じはしないですし、知らない人が聴けば彼の新曲だと言い切っても信じてしまうほど時代を超越しています。


 また、そう感じる要素として、言葉の使い方も重要なポイントです。まず、時代を感じさせる言葉が一切使われていない。70年代のフォークを聴けば、大抵はこの時代ならではのフレーズがあったりして、当時の時代背景が浮かび上がったりするものですが、彼の歌にはそれがない。逆に言えば、時代を斬るというような刺激は無いかもしれないけれど、いつ聴いても通用するということ。情景描写に流行や風俗を入れ込まず、「風」「雨」「空」「星」といった時代にまどわされない自然や季節感を盛り込んでいるのも特徴です。そしてもちろん、ラブソングがメインではあるのですが、具体的というよりは抽象的な表現が多いのも古びない理由。たしかに、失恋、裏切りといったドロドロとした世界も描かれてはいるのですが、心理描写に重点を置いているため、登場人物の世代や背景が特定されない。そのことが逆に、多くの人が感情移入しやすくなっているのではないでしょうか。特に最近の楽曲に関しては、男女間の恋愛だけでなく、友情や家族愛とも取れる内容も多く、世代を超えて共感できる要素となっています。


 ここまでは、誰もが感じていることでしょうが、さらに踏み込むならば、サウンド・クリエイターとしての小田和正にも言及しておきましょう。先述のユーミンや山下達郎といった洋楽ファンにも大きく評価されてきたアーティストと違って、小田和正の音楽はサウンド面についてほとんど語られることがありません。それはおそらく、彼の歌の存在感の強さというのもあると思うのですが、逆にアレンジを主役にしすぎない彼なりの美学があるからではないでしょうか。これまでの楽曲を聴いてみると、基本的にはアメリカ西海岸のエッセンスが強く感じられます。特に、70年代から80年代にかけてのAORやアメリカン・ロックの影響は濃厚。具体的に挙げると、TOTOやシカゴ、ボズ・スキャッグスといったあたりなのでしょうが、ポップ・フリークにありがちなマニア心をくすぐるような引用はほとんどない。その代わり、こういったアーティストを手がけてきたエンジニアのビル・シュネーや、エリック・クラプトンをはじめとするトップ・アーティストが信頼を置くベーシストのネイザン・イーストを起用して、さりげなく洋楽の香りを取り入れているのです。そして、かたくななまでに流行りの音を取り入れず、ワンパターンともいえるほど的確で安定したサウンドメイキングを施すことで、これまた古びない歌に仕上げているのです。


 こうして彼の音楽を紐解いていくと、デビュー当時からやっていることが何も変わっていないということに気づきます。もちろん、音楽家としてのスキルの成長はあっても、向かっているところは一切ぶれず、自分が生み出す音楽に自信を持ち続けている。ここまで揺るぎなく、頑固な態度を貫きながら、時代に取り残されず第一線をキープしているアーティストはあまり思い浮かびません。本人は決して派手ではないし、傍から見てもストイックなイメージです。だから、そんな自覚もないのかもしれませんが、小田和正こそがJ-POP界最強の怪物的なアーティストであることは間違いありません。(栗本 斉)