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映画館は作り手の“情熱”をどう伝える? 『TOO YOUNG TO DIE』極上音響上映の意義

2016年06月20日 12:41  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2016 Asmik Ace, Inc.

 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第5回は“作り手と劇場の距離”について。


参考:映画館はライブを越える音楽体験を生み出せるか? “ライブスタイル上映”のリスクと革新性


 春に公開予定だったものの延期になり、6月25日(土)に仕切り直しで公開になる宮藤官九郎監督最新作『TOO YOUNG TO DIE 若くして死ぬ』。立川シネマシティではベテラン音響家に調整を依頼し、本作に最適な音響でお贈りする【極上音響上映】にて公開されることが大々的に公式より発表になりました。


 ひょんなことで地獄に落ちてしまった男子高校生が「キスもせずにこのまま死んでたまるか」と、なんとかして生き返ろうとする、宮藤官九郎監督らしいぶっ飛んだコメディです。


 ロックバンドを組んでいる鬼たちが登場して暴れまくるので、配給会社様よりぜひ【極音】で、とオファーをいただき、宮藤監督からもコメントをいただきました。ミュージカルに近いほど音楽がふんだんに流れる作品ですので、音量もたっぷり上げ、台詞が聞きづらくならないギリギリの線をついた音楽的なサウンドになりました。


 今回はスケジュール等の都合で監督や音響チームの方に立ち会っていただくことは叶いませんでしたが「作り手が聴かせたい理想の音」をシネマシティの細やかに調整が可能なサウンドシステムを使って鳴らしていただくことこそ、僕の野望のひとつ。


 例えばミュージシャンとライブハウスは、直接つながります。まさにその場所でプレイするわけですから当たり前ですが、そのハコの特性を踏まえて、音も演出も調整していくわけです。


 そのことで、より“その場だけ感”は高まり、公演1回1回がそれ1回限りのものになります。同じツアーで、同じセットリストのライブだとしても、ハコが変われば同じモノにはなりません。そこに面白さがあります。


 映画の制作者と劇場は、ミニシアターの場合は距離がかなり近いことも多いですが、シネコンの場合は間に配給会社を挟むこともあって、まず直接つながることは珍しいです。


 全国津々浦々の劇場で上映している作品になれば、どこか1館だけを特別に取り上げることもなかなか難しいことです(作品舞台の土地にある劇場が特別に扱われることなどはままありますが)。


 僕の企画で、初めて作り手の方に音響調整に立ち会っていただけたのは『鉄男 THE BULLET MAN』でした。


 大好きな塚本晋也監督の新作、それも「鉄男」シリーズ最新作が公開されると知って、何が何でもこれは上映させていただきたいとお願いしました。そして「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」で大きな成功を収めていた音響調整を行って上映するスタイルをぜひ今作でも行わせていただきたい。出来たら調整に立ち会っていただきたい、と。


 プロデューサーの方が大変乗り気になってくださり、こちらもサウンド・スペース・コンポーザー井出祐昭さん、サウンド・システム・デザイナー増旭さんという超強力な音響家の方にお願いし、塚本監督立ち会いのもと、音響調整を行いました。


 「もっと気配だけで恐ろしさを感じる、お化け屋敷のような音に」という塚本監督のリクエストを聞いて、僕の狙いは間違っていなかったと確信しました。やはり音響家の方はプロですので当然“良い音”に調整します。迫力は出そうとするものの、“映画”の枠の中で、極端ではないものに仕上がっていきます。


 でも、この作品はそういうものではない、と。監督がおっしゃるのだから、何であれそれこそが正解です。それこそが作品の「魂」です。これは作り手以外の人間には決してわかり得ないものです。


 出来上がった音は、比喩ではなく物理的に心臓が締めつけられるほどヴァイオレントな音でした。お客様の中にはこの時の『鉄男 THE BULLET MAN』が今なお忘れられない、とおっしゃってくださる方もいます。まだこの時は【極音】【極爆】の名称は生まれておらず、その音はこう名付けられました“BULLET SOUND”。


 その後も何名かの作り手の方に直接監修していただきました。一例を挙げると『フラッシュバックメモリーズ3D』の時は山本タカアキさんに、「佐野元春 FILM NO DAMAGE」の時は坂元達也さんに、実写版「進撃の巨人」の時も音響制作チームにいらっしゃっていただきました。


 これらの中で最も話題になったのは「ガールズ&パンツァー劇場版」の岩浪音響監督率いる音響チームに立ち会っていただいたことです。戦車の駆動音や砲撃音が飛び交う今作と【極上爆音上映】の相性は素晴らしく、しばらくして本作のシネマシティの興行成績は全国1位となり、都市中心部ではない郊外の劇場としては考えられないほど大きな成功を収めました。…いや、うっかり過去形にしてしまいましたが、2015年の11月21日に公開した本作、シネマシティでは6月下旬現在なお上映中です(笑)


 あまりの大ヒットに岩浪音響監督のところには多くの劇場から「ウチでも調整してほしい」というオファーが舞い込んだとのこと。それを聞いて思わず拳を握りしめました。ようやく僕が作りたかった世界が実現したのです。


 作り手が再生の場に直接“命”を吹き込むことで、作り手と劇場の距離、ひいてはファンとの距離も接近するのです。それは何も“音”だけでなく“映像”でも“フード&ドリンク”でだって出来るはずです。


 その場にしかないものを生み出すこと。そのことがファンの足を劇場に向けさせます。それを劇場だけ、作り手だけでやるのではなく、力を合わせることでより強力なものにしていく。 


 もちろんすべての作品でこのようなことを成立させることは難しいでしょう。


 全国に何百館とある映画館すべてを作り手の方が回ることも不可能です。しかし、まずは一部からでも変えていくことは可能なはずです。


 事実「ガールズ&パンツァー劇場版」では、その後岩浪音響チームが何カ所も劇場を回って音響調整されました。その中には大手チェーン劇場も含まれますし、関東周辺だけでなく、兵庫県の劇場も含まれています。


 この作品は深夜アニメとしては大ヒットしましたが、それは“たまたまヒットした”ものではないのです。道は開かれたのです。


 ファンを感動させられるのは何も“クオリティ”だけではありません。クオリティはあるに越したことはないですが、それよりも人は“情熱”にこそ心打たれるものだという基本中の基本こそ、もっとも重要です。ただ上映するだけでなく、作り手の方も、劇場も、もっとどうしたらファンを楽しませられるか考え抜かなければ、やがて映像ネット配信などの簡便さと安さに敗北してしまいます。


 情熱ある作り手と情熱ある劇場が手を組んで「映画を映画館で観る意味」を少しずつでも創り出していく。ネットでは獲得し得ない“実感”を提供すること。映画の再生装置であること以上の“場”になれるようにすること。このアナログ回帰にこそ、僕は未来を感じています。


 You ain't heard nothin' yet !(お楽しみはこれからだ)(遠山武志)