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常子、ケンカ騒動で会社クビに 『とと姉ちゃん』第十一週で描かれた厳しい現実と人間のたくましさ

2016年06月20日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『とと姉ちゃん』公式サイト

 戦時中の厳しい統制が描写され、今まで小橋家がお世話になっていた森田屋の人々との別れと、それでもたくましく生きていく常子(高畑充希)たちの姿が描かれた『とと姉ちゃん』第十一週。


参考:『とと姉ちゃん』次女役で注目! 相楽樹の包容力あふれる演技の魅力


 昭和十五年十月。戦争の影響で日本からアメリカへの輸出が禁止となり、不況の波が鳥巣商事に訪れていた。常子たちの仕事は減っており、誰かがクビを切られるのではないかという噂が流れていた。そんなある日、常子は同僚の多田かをる(我妻三輸子)から、弟のことで相談があると言われビヤホールに誘われる。そこで酔っ払った男性客に絡まれてケンカに巻き込まれた常子は、警察に補導される。誤解はすぐに解けたものの、警察沙汰になるような社員は不必要だと言われて会社をクビになってしまう。多田に誤解を解くようにお願いする常子だが、総務部長が重役の知り合いを入れるために和文のタイピストを一人やめさせようとしていたことを知っていた多田は、常子が男性社員に因縁をふっかけたと嘘をついたのだ。


「本当に悪いと思ってる。でも、あなたが私でも同じことをしたと思うわ。私は辞めるわけにはいかないの。私のお給金がなかったら幼い妹や弟は食べることすらできない。あなたならわかってくれるでしょ」


 年齢が近く兄弟のために働いているという似た境遇で、常子にとって浄書室の中では一番親しみやすい存在だった多田の裏切りがクビの原因となる。「私がクビになったら誰が家族を支えていけばいいんですか」と常子は懇願するが、同じ理由で多田が裏切ったとわかる展開は辛辣である。多田の裏切りに常子は立ち直れない。早乙女朱美(真野恵里菜)が最後に送った「このご時世、まっすぐに生きていても報われないことばかりだと思うの。でも、負けないでください。決して」という言葉も今は受け止めることができなかった。


 それにしても、ビアホールで常子は不良少女のお竜(志田未来)と彼女の仲間に助けられるのだが、突然違うドラマになったのかというくらい世界観の違う人間が出てきたので、思わず笑ってしまった。今までも、借金取りのようなカタギじゃない人間が登場したが、言葉使いがキレイで品のある小橋家とは育ちの違う人間が平気で出てきて両者が混ざり合うのが本作の面白いところだ。小橋家の団らんは朝ドラの典型とも言える箱庭的な世界観を構築しているが、だからこそ、その外側にいる荒々しい人間にも目が行くのだろう。


 一方、戦争の影響は深川で働く店主たちにも押し寄せていた。前年からの「価格等統制令」が試行され、その裏で高い価格で闇取引する業者が出てきたことでよい食材が買えなくなり、森田屋の経営は苦しくなっていた。一方、青柳商店をはじめとする深川の材木商には陸軍から統制価格の半額で木材を供出することが求められ女将の滝子(大地真央)は心労で倒れてしまう。力を振り絞って商店会の寄合いに向かう滝子を心配して同行する常子。商店会では、国の命令に従っていては商売が成り立たないと商売替えや閉店を口にする店が続出し、森田屋の照代(平岩紙)も「店を畳む」と言う。実は照代と宗吉(ピエール瀧)は大女将のまつ(秋野陽子)に内緒で、照代の兄が経営する洋食店のある軍需景気に沸く高崎への移転を考えていた。まつは移転に反対するが、照代から、娘の富江(川栄李奈)が板前の長谷川哲典(浜野謙太)の子を妊娠している。お腹の子のためにも高崎に行ってくれと言われて、悩んだ末に高崎に行くことを決意する。


 常子が会社をクビになり、滝子が倒れ、森田屋が閉店になるという重苦しい展開が続く中、富江と長谷川が付き合っていて、すでに妊娠していたという驚愕の事実が発覚。激怒する宗吉に対してまつが「お前もそうだったじゃないか」と言うのが面白い。優等生的な世界観を打ちだしている朝ドラで、こういう身も蓋もない姿を描くのかと驚かされる。常子と星野武蔵(坂口健太郎)を見ていて、部屋に行くような関係なら「乳繰り合うような関係」になってもおかしくないだろうと思っていたが、富江と長谷川の場合は、あの森田屋の中で、いつそういうことになったんだ? と、にやにやしてしまう。


 と同時に思うのは、戦時下の過酷な状況でも人間は意外とたくましいということだ。それは戦争中でもビアホールに集う人々にしてもそうだし、ちゃっかり子どもを作っている富江と長谷川にしてもそうだ。多田の裏切りや闇商売をしている業者にしても視点を変えればたくましいと言える。森田屋を出ていく時、からっぽになった家を見て感慨にふけるまつ。その様子は浜松を出る前の小橋家を思い出させる。おそらく常子はこれから何度もからっぽの家で、人との別れに立ち会うのだろう。


 その後、常子は甲南出版に就職。検閲に引っかかったページを切る作業を手伝わせるという場面はかなりブラックなシーンだが、そんな作業を楽しそうにおこなう常子と、ちゃっかり常子を口説こうとする五反田一郎(及川光博)の姿は、どんなに世相が暗くなろうと、楽しいこともあるし、新しい出会いもある。たとえ戦時下であっても、現代を生きる私たちと同じような喜びや哀しみがあったのだと教えてくれる。(成馬零一)