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『ゆとりですがなにか』第九話に見る、宮藤官九郎の人間観 ゆとり世代の成長が示すもの

2016年06月19日 21:41  リアルサウンド

リアルサウンド

(C)日本テレビ

 いよいよ終盤となった『ゆとりですが』。第九話では前回逮捕されてしまった道上まりぶ(柳楽優弥)と父親の麻生巌(吉田鋼太郎)の激しい確執と和解が描かれた。(メイン写真は『ゆとりですがなにか』第九話より)


『ゆとりですがなにか』が浮き彫りにする宮藤官九郎の人生観 人間の不安定さ描いた第八話


 逮捕されたまりぶのために麻生は弁護士の兄・政伸(平山浩行)に弁護を依頼する。しかし、面会した政伸は、反抗的な態度をとるまりぶと大喧嘩をしてしまう。まりぶと政伸の間には複雑な因縁があった。元々、まりぶは前妻の連れ子で、政伸とは異母兄弟の関係になった。そのため母親のひとみ(古手川祐子)は二人に平等に接しようと気づかっていたが、劣等感から出来のいい弟を政伸はいじめていた。やがて政伸は国立大学の法学部に合格。次はまりぶの番となったのだが、そんな時に麻生が浮気をして離婚。政伸は家を離れ、母親の過剰な愛情がまりぶに集中。そのことがプレッシャーとなって、まりぶの成績は下がって受験に失敗してしまう。そんな息子たちと麻生はうまく向き合えないまま、ここまで来てしまったのだ。


 結局、母親が保釈金を払ったことでまりぶは釈放される。すぐにまりぶは、パスポートの期限が切れているため、子どもと共に逃げた妻のユカ(瑛蓮)の行方を捜すために入国管理局へと向かう。怒りをぶつけるまりぶを止めるために麻生は「もとは言えばお前も悪いんだから、え? 自業自得……」と言おうとして止めてしまう。そして、自分には叱る資格がないと思って、逆に謝ってしまうのだが、そのことがまりぶの逆鱗に触れてしまう。


「安く謝んじゃねぇよ。謝ってすむほど軽くねぇよ。あんたのしたことは。レンタルだったらチェンジだよ。とっくに。チェンジできねぇからムカつくんだよ! あんたしかいねぇから。親だったら親らしくしろ。てめぇのことなんか棚に上げりゃいいじゃねぇかよ。親なら親らしくしろ! 選べねぇんだから、こっちはよぉ」


 そう言われて麻生は「お前が悪い。自業自得だよ」と言う。泣き出すまりぶ。そのままお互いに抱き合あって、親子の和解となるのかと思いきや「てめぇに言われたくねぇんだよ。馬鹿野郎」と言って、今度はお互いに殴り合うことに。すごくややこしいやりとりだが、子どもとしては、間違っていても親が説教してくれないことには、反抗することすらできない。だから喧嘩することで、まりぶと麻生ははじめて父子の関係に戻れたのだ。


 面白いのは、“子どもは親を選べない”というのは、まりぶが拘置所にいる時に元恋人の坂間ゆとり(島崎遥香・AKB48)からもらった手紙に書いてあった言葉だということだ。


「子供は、親を選べないし名前も選べない。だから産んでくれた親や名前をつけて呼んでくれた家族を信じてついていくしかないんですよね。ゆとり世代もそう。作って名前付けたのは大人なんだから、ちゃんとめんどうみるべきですよね。そして今度はウチらが社会をつくる番、子供を産んで名前を付ける番。ですよね」


 ゆとりの手紙を読んだまりぶは「自分だけ先に大人になりやがってよぉ」と言う。かつて、まりぶの言葉に動かされたゆとりが、ほとんど同じことを言って就活で受かったように、今度はまりぶを動かしたのだ。


 相互に影響を与えあうことでいつの間にか成長している姿は、坂間正和(岡田将生)と山岸ひろむ(太賀)の関係も同様だ。


 送別会の席で、坂間が辞めることに納得できない山岸に対して、働くことで「元取ったから」会社を辞めて実家で働くことに後悔はないと、坂間は語る。そして「お前、自分で思ってるほど、カッコよくないし頭よくないしダサいんだから、ヘラヘラしてないで、自分磨く努力しろよ。でねぇと出世できねぇぞ……以上です」と最後に山岸に言う。


 この台詞は坂間が宮下茜(安藤サクラ)に社員研修の時に言われた言葉だった。


 誰かに言われた言葉を今度は違う人に伝えることで、想いが連鎖していく姿が描かれている。同時に関心するのは、山岸や佐倉悦子(吉岡里帆)といった当初は何を考えているのかわからなかったゆとり世代の若者たちが、じわじわと変わっていく姿を丁寧に描いていることだ。同じような描き方は連続テレビ小説『あまちゃん』(NHK)でもおこなわれていたが、大きな出来事や説教ではなく、いっしょにいる時間を積み重ねることで信頼関係を作っていくことこそが人を変えていく、という宮藤官九郎の人間観が山岸の変化には強く現れている。


 まりぶたち道上家が立ち直る姿を描く一方で、丁寧に追いかけているのが坂間家に嫁入りした宮下茜の心境だ。


 会社を辞めた茜は坂間家にすぐに馴染んで楽しく暮らしていた。しかし、心の奥底には“結婚したら自分がからっぽのなるんじゃないか”という不安が横たわっていた。退職の挨拶の場面で、別の女性社員が仙台支社の担当にあっけなく決まる姿や、結婚式の招待状の束の中に、一夜を共にした上司の早川道郎(手塚とおる)が欠席に丸をした葉書をちらっと見せることで、彼女の不安を想像させる演出が効いている。


 一番しっかりとしているように見えて、実は揺れている茜の心境を丁寧に追いかけることで、女性のキャリアデザインの困難さにまで踏み込んでいるのは、本作の射程の広さだと言えよう。
(成馬零一)