「ミスを犯したら容赦はしない」アゼルバイジャンの“主”は、そう言わんばかりに22人を脅した。初日2セッションの間に何台がコースを外れたか、数えるのを途中であきらめた。
エスケープゾーンがない、壁が近い、新品舗装が滑りやすい、狭くて見通せない、ピットロードのシケインも危なすぎる……ドライバーの意見が走行前から話題になっていたが、だからこそ誰が真っ先にチャレンジしていくか。ある意味、1980年代クラシックF1期のごとく、初コースに全神経を集中、1周ごとに限界ポイントを探って瞬く間にコースをマスターしていったのがハミルトンだった。
9周目に1分48秒214、大ナタでぶった切るようにラップタイムを削った。圧巻はセクター1。ほぼ直角に曲がるコーナーが6つ、まったく同じリズムでクリア。旋回時間が短い、これらのコーナーはすべて進入する瞬間速度で決まる一瞬勝負だ。
常人には到底できない。申し訳ないが、ニコ・ロズベルグもできなかった。フリー走行1回目(FP1)の最速タイムは1分46秒435、2位ロズベルグに0.377秒差。セクター1だけで「0.383秒差」! セクター2と3でロズベルグがベストでも、セクター1の大差はフォローできない。
深読みするとハミルトンは、あえてセクター2と3は抑え、土曜の予選Q3まで引き出しの中にとっておいてあるのかもしれない。セクター1で対抗しようとロズベルグが土曜からセッティングやラインワークを変えてきたら、自分はコース後半部分で本気モードに転じ、さらに動揺を誘うのか……。
初コースでは早く得意セクター(コーナー)を見出した者が先手をとる。フリー走行2回目(FP2)では、そこで0.659秒差!! 画面で2台の走りをCG合成して見せたなら違いは一目瞭然。金曜の「バクー・チャンピオン」に僕は見とれた。
ハミルトンばかり、ほめてはいられない。メルセデス・ワークス勢に次ぐ3番男、FP1バルテリ・ボッタスとFP2セルジオ・ペレスにも勇気あるチャレンジを見た。ふたりともリスキーなコースを嫌がらずに受け入れ、シミュレーター(疑似体験)とは違うリアル・チャレンジに没頭。9周でペレス1分48秒922、同じくボッタス1分48秒923、相手にとって不足はない。フォースインディア対ウイリアムズ、両チーム両者が金曜の暫定2列目を分けたのは必然の結果だろう。
ふたりのチャンピオンと新鋭にも触れたい。フェルナンド・アロンソは8周で1分49秒127、ジェンソン・バトンは9周で1分49秒635。マックス・フェルスタッペンは実質3周で1分50秒485。オイル煙を吐くまで、たった3回のフライングラップながら、セクター3でダニエル・リカルドを上回った。この区間は最もTAGホイヤー(ルノー製パワーユニット)が劣るところで、フェルスタッペンは16~20コーナーを、ほぼ全開のまま行ったと想像できる。つまり未知の道を突き抜ける最短コース(ライン)を、いち早く本能で発見したという事実だ。昨年、初モナコGPのFP1で2位、復活メキシコGPのFP1は1位。末恐ろしい才能を秘めた新鋭は、バクー金曜FP2で7位、よくパワーユニット特性をカバーした。
バトンがフェラーリのセバスチャン・ベッテルに、アロンソがレッドブルのリカルドに食い下がり、FP2では9位と11位。ふたりとも最適ラインをすぐ見抜いていただけに、ここからの課題は位置を守れるかどうか。冷静に見通せば、これまでの予選「定位置」を確保、乱戦が予測される初コースGPでのベテラン力を信頼したい。
1983年ヨーロッパGP(ブランズハッチ)から22回、いずれも数々の悲喜劇が起きてきた。なぜか「ヨーロッパGP」の名称を冠するレースには、そんなジンクスが横たわる。中盤の始まり、カスピ海沿岸からチャンピオンシップの潮目は変わるのか。