2016年06月18日 09:31 弁護士ドットコム
「だからお前はだめなんだ」、「誰のおかげで生活ができていると思っているんだ」。そんな妻を見下した夫の発言を「ただ口が悪いだけ」と我慢していませんか。これらは立派な言葉の暴力です。
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この数年でよく聞くようになった「モラハラ」(モラル・ハラスメント)。離婚などの家事事件を数多く手がける打越さく良弁護士は、「まずは被害を受けていることを自覚することが大切だ」と話します。(取材・文/ライター・吉田彩乃)
●「お前なんかただの主婦」はモラハラ
ーー「モラハラ」には、明確な定義はあるのでしょうか?
タレントの三船美佳さんの離婚で注目を集めた「モラハラ」ですが、この言葉自体が知られるようになったのは、この数年のことです。「モラハラ」とは、モラル・ハラスメントの略。見下す、怒鳴るなど、言葉や態度で相手を傷つけ、相手の尊厳を害することをさします。「お前なんか、ただの主婦」という言葉も、モラハラですね。
モラハラという言葉が使われる前は、「精神的暴力」という言葉で表現されてきました。2001年に施行されたDV防止法では、「配偶者からの暴力」を「配偶者からの身体に対する暴力」または「これに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」と定義しています。「モラハラ」は、「暴力」の1つなのです。
生活に必要なお金を渡さない、細々とレシートをチェックして支出を小うるさく追及する、などの「経済的DV」もあります。
夫からお金をもらう際に、「犬のように四つん這いになって部屋を歩き回って『ご主人様』と言え」と命令された妻もいました。夫が床にわざわざ紙幣や小銭をばらまき、それを拾うように言われた、なんて妻も。生活していくうえで、金銭は不可欠。それをコントロールされる恐怖は、身体を傷つけられるわけではなくても、大変なものです。
専業主婦など、夫に経済的に依存していればなおさらのことです。こうした例は、夫自身が「どこか壊れているのではないか?」というような愚かな行為です。従わざるを得ない人にとっては屈辱的であり、精神的に深い傷が残ります。
ーーこれまで精神的な「暴力」は、なぜ見過ごされてきたのでしょうか。
被害者や加害者の双方が「暴力」だと自覚していないことが多いからです。
身体的暴力で怪我をするのとは違い、被害は目には見えないため、一層暴力であると認識しづらいです。周囲の人からも気づかれにくい。モラハラを受けていても「自分にも落ち度がある」、「結婚生活のなかではこれくらいは我慢しなければいけない」と、傷ついた心をそのままにしている潜在的被害者がたくさんいます。
三船さんの結婚生活の中で、本当にモラハラがあったのかどうかは定かでありませんが、報道を機に「モラハラ」という言葉が一層知られるようになったのではないでしょうか。言葉は大切です。「DV」あるいは「モラハラ」という言葉を知って、初めて被害を認識することができる、ということは本当にあります。週刊誌などで「モラハラ」の記事を読んで自分もその被害を受けてきたと気づき、私のところに相談にいらっしゃる方も実際にいます。
モラハラは子どもにも悪影響を及ぼします。
直接的に子どもが暴言を浴びたわけではなくても、見過ごすべきではありません。一方の親が他方の親からモラハラなどDVをふるっているのを目撃するのは、子どもの心にも深い傷を残します。モラハラなどDVが起きている家庭の子どもの中には、不登校、ひきこもりや不眠、腹痛や吐き気などの体調不良を起こすなど、さまざまな不調がでてくるケースが多いと指摘する研究もあります。
愛情や信頼がベースにある家庭でこそ、子どもはのびのび成長できるでしょう。しかし、それらが欠けていて、安全すら確保されない家庭では、子どもは始終不安を抱えなくてはなりません。そんな家庭は、成長するには苛酷な場です。生きる気力が萎み、歪んでしまうのも仕方ありません。
●「突然の離婚も、妻にとっては長年の辛抱の末の決断」
ーーもし離婚しようと思った場合、モラハラの配偶者が相手では、話し合いによる「協議離婚」は難しそうな気もします。相手が離婚に応じなければ、「調停」「裁判」へと進むことになりますが、裁判所は「モラハラ」を離婚理由として認めているのでしょうか?
診断書がもらえる身体的暴力などに比べて立証が難しく、モラハラだけでは離婚理由があると認定されにくいと思います。録音が有効な証拠になる場合もありますが、日常生活の中で相手に気づかれずにモラハラ発言を録音するのは至難の技ですよね。
しかし、何もできないわけではありません。加害者からのLINEやメールなどに、モラハラにあたる言葉が文字に残されていれば、証拠になりえます。そのほかに証拠になり得るのは、被害者が友達に相談したメールや、いつ、どんな言葉で傷つけられたのかを具体的に記した日記です。
また、私の経験上は、身体的暴力による被害もあり、それとモラハラを主張して離婚原因が認められるケースが多かったように思います。
もしも身体的暴力がなくモラハラ単独の場合で、立証が困難な場合でも、あきらめることはありません。別居している期間が同居している期間に比べて相当長いなどとなれば、「婚姻関係が破綻」している、ということが認められやすくなります。
ーー打越先生の著書『なぜ妻は突然、離婚を切り出すのか』(祥伝社新書)は、モラハラなどの「加害者」となっている男性も読者対象と想定して書かれたそうですね。
モラハラ加害者の中には、「オレの判断」こそ「夫婦や家族の判断」と決めつけ、妻と意見がわかれるなんてことはありえない、と思い込んでいる人がいます。しかし、それは本当なのか?自分の考えを押しつけて、相手に黙らせているだけではないか?相手に圧迫して飲み込ませていることを薄々気づいているに気づかないふりをしているのではないでしょうか。
無自覚でいても、長年自分の言動で相手を傷つけ、心身にも深刻な影響を及ぼしていることもあります。夫にしてみれば「青天の霹靂」である妻からの「突然の離婚」は、妻にとっては「長年の辛抱の末の決断」かもしれません。
もし、そんな「青天の霹靂」の事態を避けたい、妻と添い遂げたい、というのであれば、そのような事態になる前に、自分の言動が妻に苦痛を与えていないか、圧迫していないか、ということを自覚して、改めようとすべきでしょう。
それで、被害者の不安や苦痛が減じ、なくなっていくまでに至れば、離婚を避けられるかもしれません。自分が加害者であることに気づくのが、被害者の信頼や愛情を取り戻すには遅く、離婚することになるかもしれません。
しかし、自覚は無駄ではないでしょう。夫婦でなくなっても、たとえば二人の間に子どもがいれば、父母の関係は続きます。父母が一定の信頼関係を回復することは、子どもにとってもほっとすることでしょう。親同士として良好な関係を回復できることは、子どもとの関係も良好に築けることにつながります。
被害者も、加害者も、自覚することが新しい人生を歩むための第一歩なのです。
【取材協力弁護士】
打越 さく良(うちこし・さくら)弁護士
離婚、DV、親子など家族の問題、セクハラ、子どもの虐待など、女性、子どもの人権にかかわる分野を専門とする。第二東京弁護士会所属、日弁連両性の平等委員会・家事法制委員会委員。夫婦別姓訴訟弁護団事務局長。
事務所名:さかきばら法律事務所
事務所URL:http://sakakibara-law.com/