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『レジェンド 狂気の美学』監督が語るトム・ハーディの演技力、そしてイーストウッドから学んだこと

2016年06月17日 10:31  リアルサウンド

リアルサウンド

『レジェンド 狂気の美学』(c)2015 STUDIOCANAL S.A. ALL RIGHTS RESERVED.

 『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『レヴェナント:蘇えりし者』など、近年その活躍が目覚ましいトム・ハーディが1人2役で主演を務めるクライム・サスペンス『レジェンド 狂気の美学』が、6月18日に公開される。1960年代にロンドン全域を支配下に収めたという、実在した双子のギャングスター、クレイ兄弟の栄光と破滅を描いた本作でメガホンを取ったのは、『L.A.コンフィデンシャル』『ミスティック・リバー』などの脚本を手がけ、『ペイバック』『42 ~世界を変えた男~』などでは監督も務めたブライアン・ヘルゲランド監督だ。リアルサウンド映画部では、ヘルゲランド監督に電話取材を行い、役者としてのトム・ハーディの魅力や、監督としてのキャリアについて、クリント・イーストウッド監督とのエピソードまで、存分に語ってもらった。


参考:『レジェンド 狂気の美学』のエミリー・ブラウニング、自身の役柄語るインタビュー映像公開


■「トム・ハーディはすべてを完璧に役に注ぐ」


ーー監督をはじめ製作陣も本作の主演にはトム・ハーディしか考えられなかったそうですね。彼のどのような部分がこのクレイ兄弟という役にピッタリだと考えたのでしょうか?


ブライアン・ヘルゲランド(以下、ヘルゲランド):最初、僕はトムに双子の兄レジーの役をやってもらいたかったんだ。レジーがこの作品のメインキャラクターで、ロンはサブ的な立場だからね。だが、トムはレジー役ではなく、ロン役をやりたがったんだ。結果的にそれは大きな問題ではなかったんだけど、この映画を作るに当たって、まずその壁にぶち当たることになった。トムと僕とで話し合いを重ねていく中で、彼が「ロンを演じさせてくれるならレジーをやってもいい」と言ってくれたので、最終的に彼に1人2役を演じてもらうことになったんだ。僕が最初に想定していた通りにはならなかったけど、2人のキャラクターの違いをしっかりと演じ分けられるトムに、両方の役を任せてよかったと思っているよ。


ーートム・ハーディはロンのどのような部分に魅力を感じていたのでしょうか?


ヘルゲランド:ロンはかなりハジけたキャラクターで、実際の人物よりも誇張されたところがあることに惹かれていたようだね。これまでのトムのキャリアを見てみても、彼が今まで演じてきたキャラクターにはそういう部分が備わっているから、彼はそのようなキャラクターを演じることが好きなんだろうね。逆に言えば、レジーは古典的な主役タイプのキャラクターで、むしろトムがこれまでのキャリアの中で避けてきたタイプの役柄だ。今回の作品では、これまでトムが演じてきたキャラクターと同じタイプのロン、そして彼が今まで演じるのを避けてきたタイプのレジーという、2つのトムの演技を同時に観ることができる。観客にとってもきっと面白いはずだよ。


ーー彼が1人2役をやることになって、脚本や撮影など、映画を作っていく上で何か変更しなければいけないことはありましたか?


ヘルゲランド:脚本自体はトムに会う前から書き上げていたんだ。クレイ兄弟は実在の人物として既にキャラクターが確立されているし、作品の中でもキャラクターとして確立されていたので、トムが1人2役を演じるからといって、特に脚本を変更することはなかったね。ただ、撮影の部分では、彼が1人2役をやることになって、変更せざるを得なかったことがたくさんあった。撮影期間も足りないし、物理的にどういうふうに撮影をするのか、それを考えるのが非常に難しかった。最初に想定していたのは、まず彼にはレジーのほうを一通り演じてもらって、一連の撮影が終わったら、ロンの役作りのためにトムには一旦オフを取ってもらって、その間に我々は彼が出ないシーンを撮るというものだった。その後、役作りのために体重を増やして戻ってきたトムの、ロンのほうのシーンを撮影していくという具合にね。それが理想的ではあったんだが、やはりスケジュール的にそんなことをする余裕はなかったんだ。トムにはむしろ同じ日に両方の役を演じてもらわなければいけなかった。


ーー具体的にどのように撮影は行われたのでしょうか?


ヘルゲランド:まずはその日の撮影が始まる朝に、僕とトム2人でロンとレジーそれぞれの役を演じ分けながらリハーサルを行った。そのリハーサルではロンとレジーそれぞれに対する演じ方のアプローチを決めていったんだ。まずは事前に録っておいたロンの声をイヤーピースを通してプレイバックするという形で流しながら、レジーのほうの撮影を行った。レジーのほうの撮影が終わると、トムには衣装やメイクを変えてもらって、次はロンのほうの撮影に入る。その時には既に撮ったレジーの素材があるから、それをイヤーピースで流しながらロンを演じてもらうという形で撮影に臨んだよ。


ーートム・ハーディと組むのは今回が初めてですよね。一緒に仕事をしてみて、彼の役者としての魅力をどこに感じましたか


ヘルゲランド:自分の持てるものすべてを完璧に役に注ぐということだね。僕自身も脚本家として膨大なリサーチをするわけだが、彼も役に対して膨大なリサーチをするんだ。僕にとってそれはすごく嬉しいことだし、トムは肉体的な動きや声を通して、どのようにその役柄を表現するのかということを常に考えている。実際に撮影をしている時は、それが人生の中で一番大切なんだというぐらいの気持ちで、彼はすべてを注いで作品作りに励んでいる。本当に役のままに呼吸をしている役者だと思うね。役柄の中に自分が埋没したり、消えたりすることを望んでいるんだ。


ーー今回の作品は撮影時期でいうと、トム・ハーディが『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を撮り終えて、『レヴェナント:蘇えりし者』の撮影に入る前ですよね。これまでの彼の出演作の中で、出演をお願いする決め手になった作品はありますか?


ヘルゲランド:撮影時期についてはその通りだ。『マッドマックス』は撮影後に追撮もたくさんあったようだが、トムは1ヶ月ほどのオフ期間を経て、『レジェンド』の撮影に入ってくれた。この作品を撮り終えてから1週間後には『レヴェナント』の撮影のためにカナダに行っていたよ。僕は彼のキャリアの中で、『ウォーリアー』が特に素晴らしかったと思っている。セリフではなく、そこに存在することで、いろいろなことを伝えたり伝えようとしたりする。そういう演じ方をしようとする役者を僕はすごくリスペクトしているんだ。トムはまさにそういう部分を持ち合わせている役者だから、今回一緒に仕事ができて本当によかったよ。


■「イーストウッドからは物語を伝える姿勢を学んだ」


ーーあなたは脚本家としてキャリアをスタートさせていますよね。もともと監督になりたかったのでしょうか? それとも脚本を執筆しているうちに監督もやってみたくなったのでしょうか?


ヘルゲランド:だんだん変わっていったという感じかな。編集であろうが、撮影監督であろうが、役者であろうが、もちろん監督であろうが、映画に携わる人間すべてがフィルムメーカーだと僕は思っている。だから僕もこれまで自分のことを脚本家と思ったことがなくて、ずっとフィルムメーカーだと思って映画の仕事に携わってきた。ただ、映画業界では脚本家はフィルムメーカーとは別として考えられるケースが多いんだよね。僕がこれまで脚本を手がけてきた作品では、幸運なことに非常に力のあるたくさんの監督たちと仕事をすることができた。リチャード・ドナー監督と『陰謀のセオリー』で一緒に仕事をした時、やり方についていろいろと意見がぶつかったことがあったんだ。もちろんいい意味ではあるんだけどね。その時に彼に言われたのが、「もしも自分のビジョン通りにやりたかったら、君自身が監督をやるべきだ」ということだった。ちょうどその頃、彼はHBOのテレビドラマ『ハリウッド・ナイトメア』の製作総指揮を務めていたから、まずは1話を監督してみなさいということで、そこから僕の監督としてのキャリアが始まることになったんだ。


ーーそういうきっかけがあったんですね。ちなみに、脚本だけを手がける時と、監督と脚本両方を手がける時とで、作品作りのアプローチの仕方は変わりますか?


ヘルゲランド:そうだな……確かに変わるね。監督がほかにいる場合でも、脚本には脚本家の視点が反映されるべきだと僕は考えているが、それと同時に、その脚本は監督が綴りたい物語のためにあるべきだとも信じている。だから、ほかに監督がいる場合は、その監督のビジョンや物語の綴り方を確実に綴られるように脚本を考えるし、監督とビジョンを共有する必要があると思っている。意見が相違するのは構わないが、最終的には合致しないといけないからね。言い換えれば、脚本家としてだけ参加する時は、やはり監督のビジョンがまず第一にあるという考え方をしているということだね。監督が伝えたい物語を、監督が綴りたい形で一緒に作っていくということを意識する。作品や一緒に組む相手によって、それぞれやり方も違ったりするけどね。


ーーこれまで一緒に仕事をしてきた映画人でいうと、『ブラッド・ワーク』と『ミスティック・リバー』で一緒に組んだクリント・イーストウッド監督がいますよね。脚本家はあまり撮影現場に顔を出さないということをよく聞きますが、この2本では撮影に参加されたりしたのでしょうか?


ヘルゲランド:『ブラッド・ワーク』の時は、書き上げた脚本をクリントに渡して、あとはすべて彼に任せたから現場に行くことはなかったよ。でも、『ミスティック・リバー』の時は、最初のほうの撮影に参加したね。ただ、彼は現場で脚本を変えたりしないタイプの監督なんだ。脚本家が撮影現場に行く時は、現場で脚本を変える時のためにいるものなんだけど、クリントの撮影現場では僕は必要ないかなという感じだったね。でも、ボストンまでロケハンに行ったり、脚本やシーンについて話し合ったり、撮影に入る前のプリプロの段階では、クリントとはかなり綿密に仕事をしたよ。


ーー監督として、もしくはそれ以外でイーストウッドから学んだことはありますか?


ヘルゲランド:ただ本当に物語を伝えたい。そこに全力を捧ぐということを彼から学んだ。クリントは自分自身を作品の中に介在させないんだ。独自のスタイルや要素をあえて差し込むということはせずに、自分は一歩引いて、ストーリーを信頼して、それをなるべく明確にただ物語を伝える。そのような姿勢は彼から学んだことのひとつで、監督という大役を担う上で、すごく重要なことだと思って今も監督を続けているよ。(宮川翔)