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Uruの歌声は世代を超える? 柴那典が考察する、ネット経由の新たなブレイクの形

2016年06月16日 18:21  リアルサウンド

リアルサウンド

Uru

 新人女性シンガー、Uruが6月15日にシングル『星の中の君』でメジャーデビューを果たした。


 実は彼女、すでにネットではかなり多くのファンを掴んでいるシンガーである。活用したのはYouTubeとSNS。2013年よりJ-POPを中心にカバー曲を歌い、その動画を投稿することをスタート。100本を目標に公開してきたその歌声がSNSを介して徐々に広まり、総再生回数は4500万回以上を記録し、チャンネル登録者は14万人を超えた。


 とはいえ、「YouTubeに投稿したカバー動画をきっかけに注目を浴びてデビュー」というストーリー自体は、けっして新しいものではない。当時16歳だったジャスティン・ビーバーがYouTubeに投稿したクリス・ブラウンのカバー動画をきっかけにブレイクしたのは6年前、2010年のことだ。日本でも先例は沢山いる。


 「ソーシャルメディアを駆使して~」とか「出身や年齢などほぼ全てのプロフィールが非公表の“謎のシンガー”として話題を呼び~」みたいな戦略性や仕掛けの部分も、言ってしまえば、新しいところはない。これも先例は多い。


 ただ、筆者が「お!?」と思ったきっかけは、やはり歌声だった。吐息の成分が多く、しっとりとした感触。あまり張り上げたりしゃくりあげたりしない、ナチュラルな声。「透明感がある」とか「癒し系」という表現が似合うタイプの歌声だ。


 公開した中で最も再生回数の多い楽曲が中島みゆき「糸」であるのも象徴的で、こうしたバラードにとてもピッタリの歌声と言える。


 ちなみに、この「糸」という曲は、中島みゆきが92年にアルバム『EAST ASIA』に収録したナンバー。ファンの間では名曲と知られていたが、一般層にはほとんど広まっていなかった楽曲だ。しかし00年代後半以降のJ-POPカバー文化の広がりと共に徐々に知名度が拡大。人気が決定的になったのは2010年代に入ってからだ。


 こうなると、YouTubeでも楽曲名での検索や関連動画からカバー動画に辿り着く人も多くなる。そうした経路でUruを知った人もいるだろう。


 また、男性ボーカル曲のカバーが映えるのもUruの歌声の大きな特徴と言える。なかでも「ロビンソン」や「みなと」を公開しているスピッツとは相性がいい。本人自ら手掛けるピアノアレンジも歌の方向性とマッチしている。


 SEKAI NO OWARIの「Dragon Night」カバーも印象的だ。オートチューンを駆使したEDMナンバーの原曲を落ち着いアレンジで歌い上げている。


 BUMP OF CHICKEN「ray」やUNISON SQUARE GARDEN「シュガーソングとビターステップ」、サカナクション「新宝島」などロックバンドのピアノカバーにも果敢に挑戦している。このあたりは本人の好みかも。


 モノトーンに統一した映像の雰囲気も大きいと思うが、こうして様々なカバー動画を見ると、彼女の歌声が持つ大きな特性が伝わってくる。やわらかく、繊細な声。それが人気拡大の最大の理由だろう。それも、同世代の女子に等身大の共感を獲得するというよりも、世代を超えて広まっていくタイプだ。


 そして、Uruが無名な状態から歌声の力だけで「世代を超えた」とするなら、それは特筆すべきことと言えるのではないだろうか。


 というのも、ニコニコ動画の「歌ってみた」にしても、YouTuberにしても、人気を拡大する歌い手のファンは同世代の若い層が中心であることが多いから。最近10代女子に広まっている音楽アプリ「nana」にしてもそうだ。イーライ・パリサーが『閉じこもるインターネット』で指摘したように、ネットには「世界中に発信できる」プラットフォームとしての原理が備わっている一方、その実情はそれぞれがパーソナライズされた情報を受け取る小さなコミュニティの中での発信に収束しつつある。


 そして、“ネット的”という言葉の持つ内実も変わりつつある。00年代はニコ動的なオタクカルチャー、最近はSnapchatやミックスちゃんねる的なガールズカルチャーなど「特定の層の嗜好=ネット的」と捉えるイメージは根強くあるが、いまやインターネットは子供から中高年、老人までが当たり前に使うユニバーサルなアーキテクチャになっている。


 そんな中、Uruのしっとりとした歌声、そしてセカオワと中島みゆきを共に歌いこなすセンスが広い世代に伝わっているというのは、「ネット経由のブレイク」というストーリーの新しい一例と言うことができるかもしれない。


 デビューシングル「星の中の君」は、ピアノとストリングスを配した壮大なバラードナンバーで、こうしたUruのアーティスト性を活かした仕上がりとなっている。


 カップリングの制作陣も豪華だ。「WORKAHOLIC」を手がけた蔦谷好位置、ピアノバラード「すなお」を手がけた武部聡志、ともに彼女の持つ声質を最大限に引き出すようなプロデュースワークを行っている。


 目立つフックや派手なギミックが仕掛けられているわけではない。が、その声が持つ存在感は、メジャーシーンにおいても確実に広まっていくだけのポテンシャルを持っている。期待したい。(文=柴 那典)