こみあげてくる悦びを、おさえきれないルイス・ハミルトン。これでカナダGP、5勝目だ。ウイニングランでは観客にVサインを、表彰台インタビューでは名優マイケル・ダグラスさんに、はきはき答える“神対応”を。王者らしいふるまい、いい意味でスター気分のハミルトン、1戦の勝負で人は変わるものだと感じさせられた。
開幕してから別人のように背中が小さくなっていた王者。シーズン3分の1終了となる第7戦で、9点差まで挽回、序盤4戦の時点で背負ったマイナス43点のハンデをこんなに早く、ひと桁に詰められるとは。116対107、モナコを制してモントリオールに飛んできた追跡する王者は完全にニコ・ロズベルグをとらえた。いや、数字以上に心理戦では優位に立ったと言えるかもしれない。
「スタート直後に風のせいで強いアンダーステアが出て、それでニコに接触してしまった。お互いダメージがなくてよかった」と、自己弁護したハミルトン。あたりまえだが、風はみんなに吹きつけているのに。明らかにダッシュに失敗してセバスチャン・ベッテルに先頭を奪われた数瞬後、1~2コーナーでチームメイトに、ぎりぎりの“悪魔対応”。不適切かもしれないが故意ではないと主張するのがハミルトン特有の『言葉力』──。
10メートルの強風と12度の低温コンディション、それでマシンがあおられてタイヤも冷えていたから、ああなったと……勝負断面に対峙したときの強気は勝負師ならではだ。ロズベルグは身を引き、軽い接触にとどめ、広い2コーナーのエスケープに逃れた。こうするほかなかった。10番手まで落ちて、同士討ちを回避したプレーをチーム内部は、どう解釈するか。トト・ウォルフたちは、またドライバー管理に頭を悩ますことになるだろう。
5位で終わったランキング首位、ロズベルグの心境は察するにあまりある。2コーナーで後続集団に迷い込み、序盤からマシン各部が熱を持ち、中盤にはブレーキシステムの警告ランプが点灯、スローパンクチャーで想定外の2度目ピットイン。苛立ち、あせり、はやり、終盤は燃費も厳しく、ポイントリーダーは苛まれ続けた。ラスト10周、フェルスタッペン相手にもつれ争い、最後のシケインでスピン。ミスはミスでも、あの瞬間インからアウトに転じたアタックは責められない。むしろ、あのアタックを察知して4位を守りきったマックス・フェルスタッペンの反応をほめるべきだ。しかしロズベルグは、あそこでクラッシュしていたら首位陥落、最悪の事態に陥るところだった。
今季もっとも冷たいコンディション、気温12度、路面22度(風による体感は7度前後)で始まったレースは、タイヤデータを大きく狂わせた。金曜のフリー走行2回目に収集したデータは晴天下の気温18度、路面温度42度でのもの。路面温度が20度(!)も低下、この激変に、結果的に大きく振りまわされたのがフェラーリ、レッドブル以下大半のチームだった。
想定スティントをカバーできないだろうと読んだフェラーリは、11周目に2台を低温作動型のスーパーソフトタイヤに換え、使用義務づけのソフトタイヤへ、もう一度ピットインする2ストップを選択。これを失策とは、ひとくちでは言えまい。レース後にも2位に入ったセバスチャン・ベッテルはチームの戦略を批判せず、「70周をプッシュしつづけられたから」と表情に濁りは一切なかった。一方、7位ダニエル・リカルドはメルセデスやウイリアムズのような1ストップ戦略が崩れ、本人のタイヤロックもあって「プランB」に移行して欲求不満。予選までの戦況を見定め、メルセデス対フェラーリ対レッドブルの「三つどもえチーム戦」を予想したけれど、極寒コンディションが、その構図を塗りかえた。余談だが、観客のみなさんが、あれほど防寒・雨対策しているのを目にするのは初めてだ。
雨は結局降らず、超低温ゲームを1ストップでカバーしたメルセデスのハミルトン。最大勝因は、もともと備わっているダイナミック・ダウンフォースをさらにプラスして、ウルトラソフトで24周、ソフトで46周をカバー。追跡王者は、いきなりロズベルグを刺すと、タイヤに優しく舞い、現役最多カナダ5勝を勝ちとった。先日亡くなった偉大なボクサーの名言にたとえた『言葉力』もヒーローには欠かせないものだ。いよいよ中盤連戦ラウンドへ、防衛王者は勇み立つ。