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『オオカミ少女と黒王子』なぜヒット? 少女マンガ原作映画の流行と廣木隆一監督の演出術から探る

2016年06月13日 11:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『オオカミ少女と黒王子』(c)八田鮎子/集英社 (c)2016 映画「オオカミ少女と黒王子」製作委員会

 二階堂ふみ、山崎賢人主演『オオカミ少女と黒王子』が興収20億円を見込むヒット作になっている。


参考:興行成績から読み解く、二階堂ふみ×山崎賢人W主演作『オオカミ少女と黒王子』の実力


 『別冊マーガレット』に連載された八田鮎子の原作を実写化した本作しかり、少女マンガ原作の恋愛映画はここ1、2年の日本映画における流行りだ。そしてこの流行はTVドラマの映画化作品がここ1、2年低調であることと相関関係にある。


 それは2014年のことだった。国内の年間興行収入ランキングを見ると、この年の上位20作品のなかにTVドラマを映画化した作品は2作入っている。『相棒-劇場版III-』と『トリック劇場版 ラストステージ』だ。ところが2015年になると、上位20作品のうちTVドラマを映画化した作品は『HERO』のみ。ちなみに2013年は『映画 謎解きはディナーのあとで』『真夏の方程式』『劇場版 SPEC~結~漸ノ篇』の3本がランクインしていたので、3→2→1と漸減していることがわかる。


 TVドラマを映画化するメリットはそもそもどこにあったのか?


 「だってTVドラマならみんな知ってるじゃん?」


 そう、既に認知度の高いコンテンツーーあえてコンテンツと言うけれどーーを映画にすることで、興収の土台を盤石に固めることができたからだ。でもTVドラマの状況をおさらいすれば、いや、おさらいしなくてもなんとなくわかるように、「TVドラマならみんな知ってるじゃん?」という時代ではなくなってきた。2013年のドラマ最高視聴率『半沢直樹』42.2%(最高視聴率が20%を越えた作品は6作)、2014年の最高視聴率『HERO』26.5%(20%超は2作)、2015年の最高視聴率『下町ロケット』22.3%(20%超は1作)といった具合だから(NHKのTVドラマは除く)、当たる映画を作ろうと考えている人は自然と他の鉱脈を探すことになる。


 ちょうどそんななか2014年に決定的なできごとが起きた。まずは国内の映画史上歴代3位となる259.2億円の興収を記録した『アナと雪の女王』の大ヒット。そして7月公開の『好きっていいなよ。』(興収10.3億)を皮切りに、『ホットロード』(興収25.2億)、『近キョリ恋愛』(興収11.4億)、『アオハライド』(興収19億)と少女マンガ原作のラブストーリーが続けざまに10億円超の興収を上げたことだ。3月公開の『アナ雪』はそれまで劇場に足を運ばなかった観客を大量に動員することに成功した。その直接的な影響は『アナ雪』の上映前に予告編が流された、同じディズニー配給作品『マレフィセント』(興収66.5億)に跳ね返ることとなる。


 じゃあ間接的な影響はなにかと言うと、女子中高生を中心にした若くて新しい観客が自分たちの観たいと思う作品を劇場で発見したことだ。それまで映画業界では中高生がターゲットの作品作りをしても大したヒットにはつながらないと信じられてきた。他の年代と比べて人口が少なく、当然だけど所得も少ないからだ。ところが『アナ雪』で広がった観客層はそんな定説が間違いだったことを証明した。単に私たちの観たい映画を作ってこなかったからだよ、あんたら、とでも言わんばかりに。なおかつ中高生の観客層は、ファミリーやカップルと同様に数人単位のグループで劇場へやって来るので、一定の規模の動員につながる。そんなタイミングはちょうどTVドラマの映画化が機能しなくなってきた時期と合致した。じゃあ女子中高生にとって既に認知度の高いコンテンツを映画にしていこう。新たな鉱脈はそこにあったのだ。


 少女マンガ原作の恋愛映画は、時としてストーリーが短絡的だったり、キャラクターが平面的だったりする。低年齢のターゲットを意識して、わかりやすさを過度に重視した結果かもしれないし、マンガの世界観を生身の人間が演じるものに上手く移行できていないせいなのかもしれない。恋愛経験ゼロの女子高生とドSの男子高生が恋愛契約を結ぶという『オオカミ少女と黒王子』の設定も、なかには他愛ないもののように感じる人がいるだろう。でもこの作品は、作り手の明確な目的意識とともに作られ、実際その通りの成果を生みだしている。描こうとしたのは登場人物の変化とその関係性の変化だ。


 その点、二階堂ふみの演技がマジカルなのは、おどおどした女子高生が恋によって自信を持ち、健気に成長していく過程を誰の目にもはっきりと伝えるからだ。そして彼女との関わりのなかで少しずつ心を溶かし、やがて自分でも気づいていなかった本心をあらわにする男子高生を、山崎賢人がぎりぎりのバランス感覚で生身の存在感を失わずに演じている。この辺りの微妙な案配は、おそらく他の監督には容易に演出できなかったものかもしれない。廣木隆一、62歳。日本映画において、いま最も溌剌として精力的な監督だ。


 2000年に公開された彼の監督作『東京ゴミ女』は、三池崇史、行定勲ら6人の監督たちが当時としては斬新なデジタル撮影で、それぞれの愛の物語を描く「ラブシネマ」という企画のひとつだった。そこに自らの奔放な性体験を語る、ぶっきらぼうな女性キャラクターが登場する。初めて映画で目にする彼女の魅力に心奪われ、その女優の動向を気にかけていると、彼女は瞬く間に『バトル・ロワイアル』『GO』といった作品で名を成していった。柴咲コウだ。『東京ゴミ女』のファーストインプレッションがなにより鮮烈だったので、本人に一度聞いてみたことがある。


――僕は柴咲さんが初出演した『東京ゴミ女』、あの映画を観たときから、この人はなにかを放ってるなと思ってて。


「ああ、そうですか。あれねえ、本当に初めての映画で。ワケもわからないまま『お疲れさまでした』ってなって(笑)。でも、監督の廣木(隆一)さんが好きで、撮られていて自信が付くっていうか。女優さんを引き立たせる監督さんって、きっとそういう人だと思うんですよ」(『CUT』2005年9月号)


 滝田洋二郎らと同じピンク映画の第3世代としてデビューした廣木は、1990年代半ばに商業映画へ転じたあと、女性の主人公が印象的なラブストーリーで実力を発揮していった。赤坂真理の小説を映画化した2003年の『ヴァイブレータ』は、寺島しのぶが大胆な濡れ場に挑み、彼女に多くの映画賞を授けるなど、その女優としての才能を世に知らしめた1作だ。そして2009年、『余命1ヶ月の花嫁』でいわゆる売れ線のメジャー作品にまで活動の場を広げると、彼はいま最前線で活躍する女優たちを次々と演出していくことになる。榮倉奈々(『余命1ヶ月の花嫁』『だいじょうぶ3組』『娚の一生』)、蒼井優(『雷桜』)、宮崎あおい(『きいろいぞう』)、桐谷美玲(『100回泣くこと』)、前田敦子(『さよなら歌舞伎町』)、有村架純(『ストロボ・エッジ』)といった面々だ。前田は廣木の演出法についてこう言っている。


「詳しいことは何も言わずに、ただ『もう1回』って(笑)。~だからとりあえずがむしゃらになるしかないっていう感じでした」


「たとえ時間がなくても、いいものが撮れるまで、じっくり向かい合ってくれる監督なんですね。タイトな撮影日程の中、これでもかというくらい時間を掛けてくださいました」(『さよなら歌舞伎町』パンフレットから)


 他の女優たちもこんなことを口にする。廣木に言われたのはただやりすぎないようにということ。現場では廣木にほめてもらったことなんて一度もない。でも芝居と真摯に向き合うまたとない経験ができた、と。女優を引き立たせる技は、そのように粘り強く厳しい、役者自身を触発するような演出のうちにあった。桐谷がその後、24.3億円の興収を上げた『ヒロイン失格』(英勉監督)に主演し、有村と福士蒼汰が主演した『ストロボ・エッジ』が23.2億円の興収を記録したことを考えれば、少女マンガ原作の恋愛映画ブームに実は廣木と彼が育てた俳優たちが一役買ってきたのだと理解できる。


 『オオカミ少女と黒王子』には、ほかにも廣木作品らしさがちりばめられているが、洗練を感じさせるのは音楽だ。もともと1993年のオリジナルビデオ作品『魔王街 サディスティック・シティ』でジョン・ゾーンを音楽に起用し、今年放送されたTVドラマ『美しき三つの嘘 炎』ではヴェルヴェット・アンダーグランドやきのこ帝国の楽曲を使用するなど、音楽の使い方には一家言あった。『オオカミ少女と黒王子』では二階堂が「今夜はブギーバック」を口ずさみ、『ストロボ・エッジ』などで手を組んできた世武裕子が胸の浮き立つような劇伴を重ねている。映画が躍動的に、若やいで見えるのは音楽の力も大きい。


 渋谷など街の様子を引きの長回しでとらえた映像も廣木ならではだ。これは彼が総監督を務めたNetflixのオリジナルドラマ『火花』や、再び有村架純を起用した映画『夏美のホタル』でも存分に効果を発揮している。『火花』では夜の吉祥寺を、『夏美のホタル』では夏の田舎町を、カメラがロングショットで収めると、そこにじりじりと情感が充填されていく。そしていまにも溢れそうになった瞬間、登場人物は走りだす。その足で大地を蹴り、自転車やバイクを転がしながら。廣木作品のトレードマークになっている二人乗りは、『火花』では芸人二人組がまたがる自転車に、『夏美のホタル』では恋人同士の乗るバイクに変奏され、ここでもまたみずみずしい叙情を響かせた。ちなみに『火花』は、『日本で一番悪い奴ら』の白石和彌監督や『モヒカン故郷に帰る』の沖田修一監督らが確かな演出の腕を見せ、林遣都、波岡一喜の渾身と言っていい芝居を記録した点でも特筆に値する。『夏美のホタル』に満ちているのは、木漏れ日差す森の湿った土の匂いみたいな、どこかノスタルジックな空気だ。


 それにしても『オオカミ少女と黒王子』『火花』『夏美のホタル』と、いずれも水準の高い作品を5月下旬から6月上旬の短期間にまとめて発表した廣木隆一の壮健さと言ったら、いったい。(門間雄介)