トップへ

くるり『アンテナ』『ジョゼと虎と魚たち』は、2016年に演奏されることを待っていた

2016年06月07日 16:01  リアルサウンド

リアルサウンド

撮影=五十嵐一晴/Kazuharu Igarashi

 くるりが2004年にリリースしたアルバム『アンテナ』は、まるで2016年に演奏されることを待っていたかのようだった。そして、くるりのライブの最後の最後では、驚きとともに今後の展開が予測できなくなったのだ。そんな体験をさせてくれたのが、「くるり 20th ANNIVERSARY『NOW AND THEN vol.3』」のツアー・ファイナルである5月31日の神奈川県民ホールでのライブだった。『アンテナ』、そして2003年にリリースされたサウンドトラック『ジョゼと虎と魚たち』の楽曲群を再演したライブだ。


 メンバーは、ボーカルとギターの岸田繁、ベースの佐藤征史、ギターの松本大樹、キーボードの野崎泰弘、ドラムのクリフ・アーモンド、バックグラウンド・ボーカルの加藤哉子とアチコによる7人編成。


 ライブは叙情的な「グッドモーニング」で幕を開け、MCでは2016年でくるりが結成20周年であることに触れた。続く「Morning Paper」では、一転してラウドなサウンドとなり、クリフ・アーモンドのドラムがサウンドのトーンを決定づける。それは「ロックンロール」でも同じで、ドラムの音圧が高く、リズム・セクションの骨格が太い演奏を堪能させた。まさに「アンテナ」というアルバム象徴するストレートな楽曲だ。「Hometown」、そしてメロディーの展開にソングライターとしての岸田繁の妙味を感じさせる「花火」「黒い扉」とロック・ナンバーが続く。その流れにこそ、「アンテナ」が2016年の再演を待っていたかのようだと感じたのだ。「花の水鉄砲」もまたラウドなサウンドだ。


 そして、「アンテナ」最後の楽曲として、クリフ・アーモンドとイギリスのグラスゴーで録音した「How to Go」が演奏された。「How to Go」のサウンドはクリフ・アーモンドのドラムありきだと感じたし、彼を迎えた今回の再演によって、パズルの最後のピースがハマった感覚すらした。


 MCでは、制作当時を振り返って「20代の若者たちとしては相当渋い音楽を作っている、趣味に走りましたね」と語っていた。この時期のくるりは、2001年の『TEAM ROCK』、2002年の『THE WORLD IS MINE』とエレクトロを導入したアルバムが続いていたが、それを2003年の『ジョゼと虎と魚たち』で一旦リセットし、2004年の『アンテナ』でバンド・サウンドへ回帰することになる。今回の「くるり 20th ANNIVERSARY『NOW AND THEN vol.3』」での演奏は、そうした「アンテナ」というアルバムの性質をクリフ・アーモンドを迎えて引き出したものだった。


 『アンテナ』再演パートで、異色だった楽曲も紹介したい。「Race」では、イントロの段階でアラブからカントリーへと展開してみせた。日本民謡っぽいメロディー・ラインといい、岸田繁の雑食性が顔を出した楽曲だ。


 また、メンバーがバンジョーや12弦ギター、アコーディオンなどに楽器を持ち替えて演奏した「バンドワゴン」には少しアイリッシュな香りがした。これも、ひとつの音楽性にとどまれないくるりというバンドの性格が顔を出した演奏だった。


 『アンテナ』全曲の演奏が終わると、岸田繁は「精魂込めてお茶を濁していきます」と会場を笑わせて「ジョゼと虎と魚たち」のパートへ。ところが、それは「お茶を濁す」どころではなかったのだ。


 「ジョゼのテーマ」は、ドラムとベースが非常にダビー。生で演奏されるダブに陶酔した。途中でギターがうなる熱演になってから再びダブになる展開は、『アンテナ』前の試行錯誤あるいは前哨戦を感じさせる。


 そして、「飴色の部屋」を経て名曲「ハイウェイ」へ。このストレートなロック・ナンバーが『アンテナ』へとつながるわけである。


 「さよなら春の日」のメロディーはアイリッシュ・トラッドを彷彿とさせる。「地下鉄」は終盤の緊張感が強烈で、演奏が終わるとメンバーが「酸欠になる」と笑っていたほどだ。ライブ本編は、シンプルなロック・ナンバー「さっきの女の子」で幕を閉じた。


 アンコールでは、物販紹介を経て最近のくるりの楽曲へ。


 「Hello Radio」は、もともとは岸田繁が作詞作曲、tofubeatsがアレンジして、「ザ・プールサイド」によって発表された楽曲だ。くるりによる「Hello Radio」は、アメリカ南部の匂いがする演奏に変貌していた。「かんがえがあるカンガルー」はNHK「みんなのうた」で放送された楽曲。2015年のシングル「ふたつの世界」は、キーボードがニューオリンズのセカンド・ラインを連想させた。


 そして、この日のアンコールの最後、問題の楽曲が演奏された。「この先の指標となる楽曲」と紹介されて演奏されたのは、7月6日に発売される新曲「琥珀色の街、上海蟹の朝」だ。驚くほどソウル色が濃く、くるりの楽曲の中でも珍しいレベルだ。そこに、岸田繁がラップが乗り、サビでは「シティー」と繰り返す。これは巷に溢れる「シティ・ポップ」へのアンチテーゼなのだろうか? そんな疑問を解く手がかりもないまま終演となった。


 「くるり 20th ANNIVERSARY『NOW AND THEN vol.3』」は、2003年から2004年にかけてくるりが出した「回答」を、2016年に改めてフィジカルな演奏で鮮烈に提示したものだった。そして、それを反芻する間もなく、最後に謎かけのような新曲「琥珀色の街、上海蟹の朝」が披露されたわけだ。


 くるりは現在のスタイルで過去の作品を再提示しながら、予測不可能な新たな展開までを予感させた。現在のくるりの好調さを感じさせられる。今年の夏のくるりは、ますます面白くなりそうなのだ。(宗像明将)