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森田剛の連続殺人鬼役は、なぜ恐ろしいのか? “心の内を読ませない”驚異の演技

2016年06月07日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

左から、ムロツヨシと濱田岳

 執念のごとく相手を追い詰め、息の根が止まるまで、振り上げたナイフで”これでもか!”と言わんばかりに、何度も何度も背中を突き刺す。その描写がトラウマになりそうなほどリアルで、正直、瞬間的に目を背けてしまうシーンもあった。夢にまで見てしまいそうで、いつの間にか自分が追われているのではないかと錯覚してしまう。まるで実際に殺人現場に、自分が放り込まれたかのような感覚。森田剛演じる連続殺人鬼、森田正一。彼の人間という獲物を衝動的に捕らえる目は、この世の者とは思えないほど冷たく、地の底を這うような絶望と狂気に満ちていた。


参考:森田剛、『ヒメアノ~ル』で日本映画の最前線へ 舞台で磨いた“尖った個性”を発揮する時


 森田剛=ジャニーズ、V6、アイドル。そんなイメージは森田正一登場後、早くも一瞬にして頭から消え去った。そこにいたのは、もちろんアイドル森田剛ではなく、俳優森田剛でもなく、紛れもなく連続殺人鬼、森田正一だったからである。ここのところ映画の宣伝もあってか、バラエティーでよく見かけ、財布は持たないとか、人に会って3秒で好き嫌いを決められるとか、なんだかストイックというのか、掴みどころがなく、独特の感性がある正直な人、という印象を抱いていた。そしてそれは演技に関しても同じで、その期待を裏切らない。


 これまであまり映画に出演していなかったせいか新鮮味があり、その予測不能さも功を奏していた。また野性味のある精悍な顔立ちに、高めの声というギャップある組み合わせも、連続殺人鬼を演じるのに好条件のように感じた。高校の同級生で、ビル清掃員のパートタイマーとして働く岡田(濱田岳)とのカフェでの再会。テラスで微笑みながら、岡田とさりげない会話を交わす。たったそれだけのことなのに、なぜかこの森田という男に、”普通ではない危険臭”を感じる。この男が今、自分の目の前に座っているとして、会話をしていて、彼は普通に微笑んで話していて、でもそこに違和感というか、きっと私は居心地の悪さを感じてしまうだろう。


   その気持ち悪さとは、森田正一の操る言葉の微妙なテンポのズレにある。それはおそらくコミュニケーション下手を表す意識的な表現であろうが、それがあまりにも自然に組み込まれている。明らかにズレているわけではなくて、零コンマ何秒くらいのテンポであったり、ちょっとした声のトーンであったりが、不気味さを感じさせる。最初はごくわずかではあったが、その後の彼の日常会話から、それは明確になってくる。見知らぬおじさんから注意を受けるシーン、岡田と話をするシーン。言葉云々ではない、会話がコミュニケーションとして成立していないのだ。相手がいるのに、相手がそこにいることを感じさせない、その一方的とも思えるような話し方。それは連続殺人鬼という人物の心情を表現するにふさわしい。どこか異常性を感じる。しかもその目は、死んだ魚のような目とも、光を失った目ともどこか違う。完全に人間を放棄した目であり、錆びているという表現が近いように感じる。日常でも殺人を犯す時でも、そこに変化はない。それがさらに恐ろしさに拍車をかける。これは演技以上、そう感じた。


 この一方的な森田という男は、恋愛に対しても一方的。思い込んだら毎日のように、彼女の働くカフェに通う、見張る、家まで行く。ストーカーなのである。ただ森田の目には、彼女に対する想いとかいう人間的感情は映されていない。相手を人間として見ている感じではない。その標的になるユカ(佐津川愛美)はその後、彼女に一方的に想いを寄せる安藤(ムロツヨシ)の同僚である岡田と知り合い、恋愛関係に。それを知った森田は岡田を殺しの標的にする。そこには深い憎悪もあった。実は岡田は、森田が高校時代いじめにあっていたのを傍観していた人物だったのだ。森田はその後、自分をいじめた相手を殺し、それを引き金にして、無差別に殺人を重ねて来ていた。


 見知らぬ民家に侵入し、奥さんを殺し、そこに用意してあった夕食のカレーを食べる。旦那さんが帰って来る、殺す、また残りのカレーを淡々と食べる。この一連を、まるで日常生活の一環かのように平然と行う。もはや彼にとって、殺しは日常生活と同じで意味を持たない。ご飯を食べるのと変わらない、ただ殺す。それは耳の横でブンブンうるさいハエを、うるせ~な~と殺すまで追い駆け回って、仕留めるのにも似ている。ユカを守ろうとする岡田を追い詰めた時の、そこに流れる一瞬の殺伐とした緊張感。息を飲む相手に対して、その一貫した冷めた視線に鳥肌が立つ。決して心の内を読ませようとしない、掴みどころのない、その演技力。最後に明かされる森田の、本当の人間の顔。純粋無垢な頃の岡田との思い出。「おかあさん、麦茶2つ!」柔らかな笑顔と、この言葉がやたら胸に響いて残る。バラエティーで垣間見た、掴みどころのなさの裏に隠された優しさ。その伸びやかな感性は、現実と見まごうような状況を作り出し、恐ろしいほどの狂気と切なさを魅せた。恐るべし怪優、森田剛である。(大塚シノブ)