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エリザベス女王は“お忍びの外出”でなにを見た? 『ロイヤル・ナイト』の史実とフィクション

2016年06月04日 16:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出』(c)GNO Productions Limited

 エリザベス女王は今年の4月に御歳90を迎えた。すでに在位期間としては64年を誇り、これはヴィクトリア女王の63年を超えて歴代最長。エリザベス1世やヴィクトリアしかり、英国では女性が君主となる時代に大いなる文化的発展を遂げると言われるが、それはエリザベス2世においてもしっかりと受け継がれている部分だろう。


参考:エリザベス女王が“若き日の自分”を目撃? 『ロイヤル・ナイト』監督が明かす撮影秘話


 そんなエリザベス女王が登場する映画も多い。女優ヘレン・ミレンにオスカーをもたらした『クイーン』や、アカデミー賞作品賞を受賞した『英国王のスピーチ』しかり。また、『ミニオンズ』ではアニメとなった女王が登場したし、他にも『オースティン・パワーズ』や『ジョニー・イングリッシュ』など「よく怒られないなあ~」と感心してしまうようなコメディ作品にも度々登場。


 そして『ロイヤル・ナイト』はその最新作として掲げるべき一作となった。まだ未成年のエリザベスが奔走する実に躍動感に満ちた内容となっていて、大人の階段を昇る彼女の成長物語としても見応えたっぷりだ。


■戦争が終結した、そのたった一日を描く


 時は1945年。第二次大戦においてナチス・ドイツが降伏文書に調印した5月8日、ヨーロッパ戦線が正式に終わりを告げた。


 全土で皆が祝福ムードに沸く中、とりわけロンドンでは100万人以上とも言われる市民が外に出て、もうドイツ軍の空襲に悩まされることのなくなった日々を神に感謝し、歓喜の声を上げた。パレードや式典が予定されていたわけでもなく、人々はただ自発的に街へ出た。そして戦時中、ずっとバッキンガム宮殿にとどまり国民とともにあり続けた国王がバルコニーに登場するのを一目見ようと、バッキンガム宮殿に詰めかけた。その混雑ぶりは凄まじく、宮殿からトラファルガー広場までの道がギッシリと人で埋まるほどだったと言われる。


 そんな中、宮殿前に押し寄せる人々の波を見ながらエリザベスと妹マーガレットは「この様子を外から眺めてみたい」と思った。真面目なエリザベスは理路整然とこの記念すべき瞬間にお忍びで外出する意義について「お父様のラジオ演説がどのように国民に受け止められるのか、生の反応に触れてみたい」と主張。彼女はこのジョージ6世の後を継いで次期君主になることを運命づけられた存在だ。未来を託すべき彼女にとってそれはきっと有意義な経験になるに違いない。両親はそう結論付け、二人の兵士を随行させるのを条件に外出を許可する。


 敷地内に出た瞬間から民衆の凄まじい熱量に飲み込まれる王女たち。とはいえ多感なマーガレットは国民の反応よりもまずダンス・パーティに向かうことにしか目がないご様子。立ち寄ったリッツ・ホテルでスキを見て逃げ出した彼女を追いかけてエリザベスも、まるでウサギの穴に転がり込む「不思議の国のアリス」のように、上階から下階へと喧騒の中をくるくると回転しながら駆け下り、この不思議の街ロンドンをたった一人で駆け出していくことになるーー。


■『英国王のスピーチ』と対になるスピーチが登場


 本作は、この日ロンドンのみならずヨーロッパ中が享受したであろう歓喜の渦を実にダイナミックに表現していると同時に、よりにもよって我々は、未来の女王の目線を借りて当時の生々しいロンドンを胸いっぱいに体感することになる。そういった「ロンドン観光ガイド」的な旅の中で、エリザベスはやがて一人の兵士と出会い、恋なのか愛なのかまだ判然としない淡い思いに包まれていく。


 まずもって注目したいのは本作が『英国王のスピーチ』と対になったような構造を持っているということだ。というのも、『英国王のスピーチ』ではいよいよ英国がドイツとの開戦に踏み切る際に、ジョージ6世自ら国民へ呼びかけるラジオ演説を行うところがクライマックスとなった。


 一方、本作でジョージ6世は、ようやくその戦いに終止符が打たれたことを祝福し、またもラジオで終戦のスピーチとして直接国民に言葉を投げかける。その瞬間、エリザベスは父親の声をパブの座席で耳にする。そうやって周囲の表情や態度を目にしながら、君主が一体どのように受け止められているのかをつぶさに理解するのだ。


 おそらく『英国王のスピーチ』の成功がなければ本作の企画自体、誕生しえなかったのだろう。あの映画があったからこそ、我々は下調べや説明がなくても登場人物が顔をのぞかせた瞬間にそれが何者であるのかを察することができる。そうやって物語の深みと脚色を味わうことができるのだ。


■史実をもとにフィクションを膨らませる


 本作の大部分はフィクションであるとしても、“一部分”に関しては明確な事実に基づく。それはつまり、「この日、エリザベスとマーガレットは本当にお忍びで外出した」ということに他ならない。だが史実を付け加えておくと、付き人がたったの兵士2名ということは決してありえず、実のところ、乳母や友人、護衛などを含んだ総勢16人もの大所帯となったそうだ。


 御一行は人々の波に揉まれて、見知らぬ人たちと一緒に腕や肩を組み歓喜の言葉を口にしながら、ホワイトホール(ロンドンの官庁街)の道を進んでいった。その間、エリザベスはいつバレるか内心ハラハラしながら軍帽を深くかぶっていたという。そして彼らは本作のように夜通し大冒険を繰り広げることなく、約束通り深夜一時までにはバッキンガム宮殿にきっちり帰り着いたとのこと。


 ただし、その裏側で実際に何が起こったのかは、今となっては誰にもわからない。史実を求めてこの映画に触れるのであればかなりの見極めが必要だが、重要なのはこの時、エリザベス王女が自分たちの英国王室の姿を外から見たということだろう。自分の中に自らを客観視する力を持ち、両親もまたそれを許可したということ。こうやってこの日、新時代への扉が押し開かれ、エリザベスが将来に向けて思いを新たにしたことは、決してフィクションとは言えないはずだ。


■映画のモデルにもなった?マーガレットの自由奔放な人生


 一方、4歳違いのマーガレットは、本作でもコミックリリーフ、いやトラブルメーカー的な役割を担っている。女王となることを運命づけられたエリザベスとは違い、束縛なく伸び伸びと自由に育てられた彼女。時代性ゆえか、成長すると多くの一般人と噂され、ゴシップを騒がせることも多かった(映画『バンク・ジョブ』でも、とあるゴシップ写真をめぐって事件が勃発する)。また、マーガレットをめぐっては、王女たる彼女と一般人との恋愛が『ローマの休日』の着想となったのでは? という憶測もあったほどだ。


 そういった具合に、色恋沙汰といえば全て妹マーガレットの専売特許のように括られる場合が多いのだが、この『ロイヤル・ナイト』ではそこを逆手に取り、しっかり者のエリザベスの方が最初で最後の、まさに『ローマの休日』を地でいくような“秘めたる恋”に落ちていくのも面白いところ。想像の範疇で遊ぶとはまさにこのことだ。


 そんな奔放だったマーガレットも02年にこの世を去った。外の世界への興味を身体いっぱいにみなぎらせ、目をキラキラさせながら街へ飛び出す幼き日の妹の姿。もしエリザベス女王が本作に触れる機会を得たなら、その光景にいったいどんな思いを去来させるだろうか。(牛津厚信)