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エリザベス女王が“若き日の自分”を目撃? 『ロイヤル・ナイト』監督が明かす撮影秘話

2016年06月03日 16:02  リアルサウンド

リアルサウンド

『ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出』(c)GNO Productions Limited

 今年生誕90周年を迎えるイギリス史上最高齢・最長在位の君主エリザベス女王が、王女時代に、宮殿を抜け出しロンドンの街中で一夜を過ごしたという実話を基にしたイギリス映画『ロイヤル・ナイト 英国女王の秘密の外出』が、6月4日に公開される。『コズモポリス』『マップ・トゥ・ザ・スターズ』など近年のデヴィッド・クローネンバーグ作品常連のカナダ人女優サラ・ガドンを主演に迎え、1945年5月8日のヨーロッパ終戦記念日の一夜を全編ロケ撮影で映画化したのは、ジョエル・エドガートン、キウェテル・イジョフォーら共演の『キンキーブーツ』で知られる、イギリスの映画監督ジュリアン・ジャロルドだ。リアルサウンド映画部では、ジャロルド監督に取材を行い、カナダ人であるガドンを主演に抜擢した理由や、撮影時に起きた驚きのエピソードを語ってもらった。


参考:「北野武作品が大好きなのは事実」ーーメキシコの新たな俊英、ミシェル・フランコ監督インタビュー


■「シンデレラ・ストーリーの逆バージョンだと感じた」


ーーあなたはこれまで、実在の紳士靴メーカーの実話を基にした『キンキーブーツ』(2005)や、作家ジェイン・オースティンの若き日を描いた『ジェイン・オースティン 秘められた恋』(2007)、女優ティッピ・ヘドレンとアルフレッド・ヒッチコック監督の関係を描いた『ザ・ガール ヒッチコックに囚われた女』(2013)など、実話や史実を基にした作品を多く手がけられていますよね。今回の作品もエリザベス女王の史実に基づく一夜が描かれているわけですが、実話を映画化することにこだわりがあったりするのでしょうか?


ジュリアン・ジャロルド監督(以下、ジャロルド):君の言うとおり、この作品は僕がこれまで手がけてきた多くの作品と同様、史実に基づいた作品なわけだが、実はそれはアクシデントのようなものだったんだ。というのは、最初に脚本を読んだ時、マジカルでおとぎ話のような面白い話だと思ったんだが、これが実話だとは知らなかったんだよ。本当にこんなことがあったのかと思って、自分なりにリサーチをした。結果、実際にあった出来事だったとわかって、本当に驚いたよ。


ーーその実話のどのような部分に惹かれたのでしょうか?


ジャロルド:この映画で描かれている1945年5月8日、ヨーロッパ終戦記念日のイギリスの夜は、W杯やオリンピックなどのいろんなお祭りを全部まとめてひとつにしたような大騒ぎ状態だったんだ。そんな時に、エリザベス王女が変装をして外出し、群衆に混じって一夜を過ごしたという事実がすごく面白いなと思ったのと同時に、シンデレラストーリーの逆バージョンのような、逆さまのおとぎ話のようでもあると感じた。それに加え、マジカルな要素やスクリューボール・コメディの要素もあったので、まだ女王になる前の若い女性だったエリザベス王女が過ごしたあの夜を、映画で描きたいという欲求に駆られたんだ。


ーー映画化するにあたり、具体的に心がけたことはありますか?


ジャロルド:1945年という年は、イギリスの歴史においても非常に重要な年だったと思う。それまでは保守的な君主制だったイギリスが、民主的な政治に変わっていったり、帰還兵たちが大きな変化を求めたりして、歴史的にも大きな意味を持つあらゆる変化が起こった年だ。若い王女が城から飛び出し、民衆に交ざって一夜を過ごすというのは、恐らく彼女の親世代には考えられなかったことだったんじゃないかな。彼女は、時代の変化とともに、どのように新しい国を作っていくのかということも考えていたんだと思う。そのような歴史的にもキャラクター的にも魅力のある話をコメディタッチに描こうとした。


ーー確かに、実話を基にしつつも、単純な歴史ものや史実ものとしては描かれていませんよね。


ジャロルド:両親を説得して外出の許可を取り付けたエリザベス王女と妹のマーガレット王女が、変装をして城から出て、人で溢れたロンドンの街を歩き、リッツ・ホテルで民衆に交ざってコンガを踊った。そして真夜中、エリザベス王女がバッキンガム宮殿の外で街の人々と一緒に国家を唄っていた時に、彼女たちの両親である国王ジョージ6世と王妃エリザベスはバッキンガム宮殿のバルコニーにいた。それが事実なんだが、どこかの時点で城に戻った彼女たちが、その間に何をやっていたのかはわからないんだ。だから、そこは自分たちで想像しながら脚色をして、彼女たちにマジカルな楽しい旅をさせようと思った。そして、当時のロンドンのいろいろな側面や、その場にいた人たちの興奮した様子を見せたいと思った。


ーーカナダ人女優であるサラ・ガドンが、イギリスの象徴的な人物でもあるエリザベス王女の役を演じるというのは意外でした。


ジャロルド:確かに少し奇妙だよね。でも、僕はこの役を決めるために、ほとんどの若手イギリス人女優に会ったと言っても過言ではないだろう。中には、「有名な女王の役なんて恐くてできない」という人や、生意気な反応をする人、雰囲気がモダンすぎて当時のエリザベス王女を表現することができないという人など、いろいろな女優がいたんだ。サラとはスカイプでオーディションをしたんだが、イギリス英語の発音が完璧だったから、オーディションが終わって雑談をするまで、彼女がカナダ人だと気づかなかったぐらいで、僕は彼女のことをずっとイギリス人だと思っていたんだよ。


ーーそうなんですね。


ジャロルド:それを知って、僕もさすがにカナダ人はキャスティングできないだろうと思った。でも、彼女から「私の祖父母はイギリス人で、まさにあのヨーロッパ終戦記念日の夜、トラファルガー広場で2人は出会ったんです」という話を聞いた時に、これはいいサインだと感じた。そして、彼女とより深い話をしていくうちに、今とはまったく違う1945年の女性の雰囲気を彼女がよく掴んでいることに気づいた。それは今でいうと、少し“古臭い”という表現になるかもしれないが、彼女はある種の品位や責任感を持っていた。妹のマーガレット王女は少しお茶目で親の言うことは聞かないが、エリザベス王女にはそういうものが備わっているということを、サラがよく理解してくれていたんだ。それで、彼女はこの役にピッタリだと確信したね。もちろん、周りからは心配されたが、実際に撮影が始まると、みんな「すごくいいね」と言ってくれたし、実際に映画を観てみると、イギリス人のベル・パウリーが演じた妹のマーガレット王女といいコントラストになっているんだ。


■「撮影は不可能に近いほど大変だった」


ーートラファルガー広場でのシーンはかなり大掛かりな撮影で非常に見応えがありました。


ジャロルド:撮影は不可能に近いほど大変だった。いろいろな場所で撮影を行ったが、中でもロンドンでの撮影がすごく大変だった。ロンドンは非常に忙しい街だから、撮影のために道路や場所を閉鎖することができないんだ。それに、いろいろな場所がかなり現代化してしまっていたから、当時の雰囲気を出すのも大変だったね。でも、僕はトラファルガー広場とバッキンガム宮殿の外だけは、象徴的な場所でもあるから、絶対に実際の場所で撮りたかったんだ。なので、閉鎖してはいけないという条件付きではあったが、日曜日の夜中から月曜日の早朝までの間で、なんとか撮影の許可を得ることができた。あのシーンでは300人ものエキストラに集まってもらったが、指示通りに閉鎖はしていないから、観光客やクラブ帰りの人たちが撮影中に通りかかるんだよね。それも大変だったな。


ーー300人のエキストラをまとめるだけでも大変そうなのに、通行人なども気にしないといけないというのは想像がつきません。


ジャロルド:人々がトラファルガー広場の噴水の中に飛び込んで踊るシーンがあるよね。あれも実は、噴水の中には入ってはいけないと言われていて、最初はNGだったんだ。でも、僕はどうしてもそのシーンを撮りたかったから、「実際のヨーロッパ終戦記念日の夜、ロンドンの人たちはみんなそうしていましたよね」と関係者たちを説得して、結果的に許可を得ることができたんだよ。撮影時は非常に寒かったから、エキストラの人たちが噴水の中に飛び込んでもすぐに出てきちゃったりして、撮影は大変だったけどね(笑)。でもみんな楽しんで撮影に協力してくれて、非常に良い雰囲気で撮影をすることができのはよかったね。それから、ザ・マルでの撮影も交通をコントロールすることができなかったから非常に困難だったんだが、バッキンガム宮殿の外観の撮影日がたまたまヨーロッパ終戦記念日だったんだ。宮殿には国旗が掲げられていて、それは女王様が宮殿の中にいることを意味していた。夜の撮影だったからたぶん自分の部屋にいたんじゃないかな。僕たちは撮影のためにたくさんのクルーを引き連れていたから、もしかしたらその騒ぎを聞きつけてエリザベス女王に見られていたかもしれないね。実際に撮影の様子を目撃したかはわからないが、エリザベス女王が、若き日の自分を演じているサラ・ガドンの姿を見ていたかもしれないと想像すると、すごく面白いし興奮するよね。(取材・文=宮川翔)