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「魂の殺人」性暴力の加害者は「普通の人」…映画『月光』が描きたかったもの

2016年06月02日 10:22  弁護士ドットコム

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「魂の殺人」とも呼ばれる性暴力被害は、被害者の身体のみならず心にも深い傷を残す。性暴力の被害者が、いかに過酷な精神状態に追い込まれていくのか。その様子をリアルに描いた映画『月光』が、6月11日(土)より新宿K’s cinemaにて公開される(以降、全国順次公開予定)。


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映画の中で、ピアノ教師のカオリ(佐藤乃莉)は、教え子の少女・ユウ(石橋宇輪)の父親であるトシオ(古山憲太郎)に、性的暴行を受ける。一方、ユウもまた、父親からの性的虐待にさらされていた。自らの被害を誰にも打ち明けられず、不安定な心を抱えたまま、孤独と寂しさの中で苦しむカオリとユウ。2人は運命に導かれるようにして出会い、互いの痛みを共有していく。



今作のメガホンを取った小澤雅人監督は、児童虐待や若者のホームレスといった社会問題を描き続けてきた。小澤監督は、どんな想いでこの映画を撮ったのか。小澤監督と、カオリを体当たりで演じた主演の佐藤乃莉さんに話を聞いた。



●「自分が知らないだけで、性暴力の被害者は沢山いる」


――小澤監督はなぜ今回、性暴力というテーマに挑んだのでしょうか。



小澤「児童虐待をテーマにした『風切羽~かざきりば~』(2013年公開)という映画を撮った関連で、児童養護施設を訪問した際に、性的虐待の被害者が沢山いることを知ったんです。その時に、自分が知らないだけで、性暴力の被害者は沢山いるという事実と、被害者の葛藤や苦しさを伝えなければならないと思いました」



――佐藤さんは自らカオリ役を志願されたそうですね。



佐藤「オーディションでいただいた台本を読んだ時に、『ビビビ』じゃないですけど、ぜひ演じたい、私がやらなくちゃいけない、と縁を感じたんです。彼女の、1人ぼっちの寂しさがすごく分かりました」



――カオリという役を演じる中で、佐藤さん自身の気持ちが不安定になるようなことはなかったのですか。



佐藤「正直、ありました。夜、目を閉じると、誰かが覆い被さってくるシーンがフラッシュバックしてなかなか寝付けなかったり、移動する車に乗っている人が全員男性だったりするとじわっと汗をかいたり。悪夢を見る回数も増えました。撮影が終わってからも、2週間くらいはそういう気持ちが続いて、私でさえそうなら、実際に被害に遭った人はどれほど辛いのだろうと。



実は、加害者のトシオを演じた古山憲太郎さんに対しても、恐怖心がありました。撮影中、宿が一緒だったんですが、目の先に見えたりすると、ドキリとしたり。でも、それだけ『カオリになれた』のは、監督をはじめ、皆さんのおかげです」



●加害者のトシオを「普通の人」として描いた


――加害者のトシオですが、劇中では、性犯罪など起こしそうにもない、身近にいそうな普通の人にみえました。



小澤「トシオの描き方には一番注意を払いました。この映画を作るにあたって、性犯罪に関する本を沢山読みましたが、そういう本を読めば読むほど、加害者は変態でも狂人でもなく、僕たちの身近にいるようなごく普通の人だと分かったんです。それをまさに映画でも描きたかった。いかにトシオを、僕らがふだん一緒にいるような普通の人、むしろいい人だと思うくらいの人物として描くかにこだわりました。



でも男性からすると、トシオの描き方が衝撃的みたいですね。試写会に来た男性から、『なぜ父親をあんなに普通の人として描いたのか?』とよく言われます。本当にトシオは、一見したところ僕らと変わらないので、『こんな普通の人が性犯罪なんかするわけがない』と思う人もいるでしょう。でも逆に、『一歩間違えれば自分が加害者になる可能性もある』と思う人もいるかもしれません。トシオとの向き合い方で、性に対する価値観を試される映画だと思います」



――普通の人が、なぜ性犯罪の加害者になるのでしょう?



小澤「加害者の動機は、性欲よりもむしろ支配欲だと言われています。この点は、トシオを演じた古山さんにも、すごくしつこく言いました。『トシオは性欲じゃなくて支配欲だよ』と。



トシオは妻との関係がうまくいかず、経営している写真館にもほとんどお客さんが来なくて経済的に苦しい。かつ、近所付き合いや友達付き合いもない。彼が満足できるものとか、生きている価値を感じられることが何もないんです。そういう時に、どこに走るかというと、自分より弱いものに支配の矛先を向ける。それが娘のユウだったわけです。



そして、カオリに対する性暴力も、トシオにとっては支配力の誇示だったのではないかと思います。女性を性的に支配することで、自分の価値観を高めたいという欲求なのだと考えています」



●「途中で何度も目をつぶったけど、見終わったらすごく希望をもらえた」


――佐藤さんは完成した作品を見て、どんな感想を持ちましたか。



佐藤「完成品を見た後、『どうだった?』と小澤監督に聞かれたのですが、最初はなにも答えられませんでした。実は、撮影時は集中し過ぎていたので、初めて作品を見た時、カオリでいた日々の事を中々思い出せなかったんです。久しぶりにスクリーンでカオリと出会って、あの時の様々な想いが少しずつこみあげてきました。



でも、素敵な映像や、ユウを演じた(石橋)宇輪ちゃんのはかなさとか、きれいさとか、みなさんの魅力的なキャラクターのおかげで、最後まで観ることができました。ディープなストーリーですが、それをちゃんと、観ている人に届くよう、まろやかにしてくれる魅力的な映像や音楽、演技があります。素敵な作品だなあと思いました」



――試写会に来た方からは、どんな感想が届いているのですか。



小澤「被害者を支援しているような福祉関係者の方にも見てもらっていますが、『映像の力を思い知らされた』といったようなご感想をいただくことが多いです。被害者への援助で現場に入っている方も、性虐待や性暴力の現場を実際に見ているわけではなく、想像の世界でしかありません。映像を見たことで、『あの子が言っていたのはこういうことだったのか』と分かって、被害者への向き合い方が変わったと言ってくれる方もいました」



――性暴力の被害者の中にも、この作品を観る方がいるかもしれません。



小澤「カオリやユウのような経験をしている当事者の方からは、『観られない』という声も聞きます。もちろん、無理して観てほしいとは言えないです。ただ、試写会に来ていただいた性虐待被害者の方から、『観るのはすごく辛くて、途中で何度も目をつぶったけど、すごく希望をもらえた』とメールが届いたんです。



僕は、最後はやっぱり希望を見せたい。ラストシーンのカオリの表情や、ユウの背中を映したシーンも、僕としては希望を描いています。被害を受けて、閉じこもっている状態から、2人が頑張ってその先を歩いて行くというところに希望を見出したかった。それを感じ取ってもらえたのかなと思います」



予告編はこちら


https://youtube.owacon.moe/watch?v=D1v7AeJiIrc



(弁護士ドットコムニュース)