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森田剛、『ヒメアノ~ル』で日本映画の最前線へ 舞台で磨いた“尖った個性”を発揮する時

2016年06月02日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

リアルサウンド映画部

 舞台出身の俳優の活躍が目覚ましい。最近では大泉洋や安田顕、阿部サダヲなどは映画の主役を務めるまでの人気者だ。彼らは押し並べて芸達者で芝居が上手い。カメラ、音響効果、編集などの助けがない舞台は基本的には映像の芝居よりも高い技量が要求される。


参考:宮台真司の『カルテル・ランド』評:社会がダメなのはデフォルトとして、どう生きるかを主題化


 そんな舞台出身の俳優からまた一人凄い才能が映画界に参戦した。V6の森田剛である。いや、この人を舞台出身というのは語弊があるかもしれない。実際ジャニーズ事務所からアイドルグループとしてデビューしたのだから、出自はテレビということになる。しかし、近年の森田剛の主な活躍の場は舞台であり、その演技力は非常に高い評価を受けている。熱心な観劇ファンの間ではジャニーズの隠れ演技派N0.1なのでは、と言われることもあるが、映画ファンの間ではながらく馴染みの薄い俳優であった。しかし、最新作『ヒメアノ~ル』で多くの映画ファンの目を驚かせることになるだろう。森田剛は本作で、冷酷非道な殺人鬼を淡々とした凄みを持って演じきっている。その佇まいは華やかなアイドルをかけ離れて、役と同化しているかのようだ。しかし、ジャニーズタレントが難役に挑んだことの意外性によって評価されるべきではない。舞台俳優・森田剛はむしろそういうタイプの役を演じるのに長けた役者であり、本作でその実力を遺憾なく発揮している。


■森田剛は疎外感を持った野ねずみ


 舞台役者としての森田剛は、蜷川幸雄やいのうえひでのり、宮本亜門やケラリーノ・サンドロヴィッチなど名だたる名演出家の寵愛を受けてきた。舞台デビューは劇団☆新感線の『荒神~AraJinn~(いのうえひでのり演出)』。その後も森田を何度か起用するいのうえ氏はその印象を「初めて森田剛君と出会った時、彼の佇まいや、彼自身から醸し出される空気感がどこか寂しげで、それでいて危険で常に自分の居場所を探しているよう(舞台IZOパンフレットより)」と語っている。


 また蜷川幸雄は森田剛を「疎外感を身体の中に持ってしまっている」「野ねずみ」のような存在感を持っていると評している。
役者としての森田剛は、かつて『学校へ行こう』などのバラエティで見せた、いたずらっ子のようなキャラとは違い、社会の中にいても居場所が見つけられない「野ねずみ」のような感覚を自然と持ち合わせているのだ。


 例えば、いのうえひでのり演出の『IZO』で森田は幕末の人斬り岡田以蔵を演じているが、これも森田のそんな個性が存分に発揮された作品だろう。いのうえ氏は『IZO』のパンフレットのインタビューで、岡田以蔵を題材にしようと思ったのも、初めて森田剛に会った時に感じた、彼の持つ危険で、それでいで淋しげな空気を感じ時に直感で、森田剛の演じる岡田以蔵が面白くなるのではと思ったと語っている。『IZO』で森田剛は岡田以蔵は維新の理想を抱くが、考える頭はなく、しかし剣の腕だけは一流の男だ。土佐藩の勤王党において任されるのは「天誅」と称した暗殺ばかり。それしか自分の価値を示す術を持たない以蔵は恩師に見捨てられないようにと懸命に暗殺に励むが時代のうねりに翻弄されている。森田剛はこの岡田以蔵という人物の凶暴さとうちに秘めた弱さを見事に演じきっている。


 同じいのうえひでのり演出の『鉈切り丸』でも政敵を次々に殺す極悪非道の源範頼を演じたり、蜷川幸雄演出の『血は立ったまま眠っている』でも孤高のテロリスト役を演じていたりと、一癖ある役を任されることが多いが、それが彼の個性を活かせるのだろう。


■森田剛のために用意されたような役『森田』


 『ヒメアノ~ル』は森田剛の単独初主演作品であるが、いきなり連続殺人犯の役をやるというのは、彼の舞台を見てきた者からすると、以外なことではない。むしろそういう役の方が森田剛という役者は活きるのだ。


 奇しくも役名も森田である本作で森田剛は、とても自然体で、動機不透明な連続殺人を犯す男を演じている。演じるにあたり森田剛は森田の狂気的な部分を表現するにあたり、わかりやすい狂った感じを狙わずあえて感情を消すアプローチを取っている。森田は息を吐くように人を殺す。そこに特別な感情を宿していないのである。その自然体の殺意をこれだけリアリティを持って表現できる才能は非常に稀有なものだ。“森田”は、蜷川氏やいのうえ氏が指摘するような“内に秘めた疎外感”という彼の個性が存分に発揮できる役だったと言えるだろう。


 今年は蜷川氏が演出する予定だった舞台『ビニールの城』への出演も決まっており、引き続き舞台での活動が続くようだが、その稀有な才能を是非とも日本映画にも還元してほしい。(杉本穂高)