2016年06月01日 12:02 弁護士ドットコム
定年後に同じ会社に嘱託社員として再雇用されたトラック運転手の男性3人が、定年前と同じ業務になのに賃金を下げられたのは不当だとして、横浜市の運送会社を訴えていた裁判で、東京地裁は5月中旬、会社に対して、正社員と同じ賃金の支払いを命じる判決を言い渡した。
【関連記事:ビジネスホテルの「1人部屋」を「ラブホ」代わりに――カップルが使うのは違法?】
報道によると、男性3人は横浜市の運送会社で正社員として勤務していた。2014年に60歳の定年を迎えた後、1年契約の嘱託社員として再雇用された。業務内容は定年前と同じだったが、嘱託社員の賃金規定が適用され、年収が約3割減ったという。
東京地裁の佐々木宗啓裁判長は「『特段の事情』がない限り、同じ業務内容にもかかわらず賃金格差を設けることは不合理だ」と指摘。この会社について、「再雇用時の賃下げで賃金コスト圧縮を必要とするような財務・経営状況ではなかった」として、特段の事情はなかったと判断した。
定年後の再雇用を実施している企業は多いが、今回の判決は、どのような影響を及ぼす可能性があるのだろうか。労働問題にくわしい指宿昭一弁護士に聞いた。
「今回の判決は、有期雇用で働く人への不合理な労働条件を禁止した『労働契約法20条』に基づく2件目の判決です。1件目の判決(ハマキョウレックス事件大津地裁判決)は、『通勤手当以外の労働条件の相違は不合理なものといえない』と判断しました。一方、今回の判決は、賃金の相違を不合理なものと認めて、労働者の請求を全面的に認めました。
しかも、この事件は、定年後の再雇用のケースです。この判決は、定年後再雇用の有期契約の労働者について労働契約法20条の適用を認め、定年後に約3割減となった賃金を『不合理な差別』であるとして、減額分の賃金請求を認めたという点で、画期的です」
判決の意味について、指宿弁護士はこのように解説する。
「もう一つ、この判決の重要な意味として、正面から賃金請求を認めたということがあります。これまでは、労働契約法20条に違反したとしても、損害賠償請求ができるだけで賃金請求はできないという考えが根強くありました。つまり、『不合理な差別』が違法だとしても、差額賃金の支払いを命ずる規定がないため、賃金請求までは認めないというのです。
しかし、この判決は、嘱託社員の賃金に関する規定が無効であることから、原告らには正社員の就業規則の規定が適用されるとして、正社員の就業規則を根拠として、正社員と同額の賃金の支払いを認めました。
この判決は説得力のあるものであり、また、全国の労働事件に大きな影響を与えている東京地裁労働専門部による初めての判決であることから、全国の同種事件に強い影響を与えると思います」
「原告らは、定年後も、定年前と同じセメントの輸送業務を行っており、定年前と同額の賃金の支払いが受けられることには、ある意味で当然のことだと思います。しかし、労働契約法20条ができるまでは、このようなケースで減額された分の賃金の支払いを求めるのは難しいことでした。
労働契約法20条が立法され、また、今回の判決で実際に請求が認められたことにより、有期契約労働者の権利は大きく前進しました。
本件の被告会社と同様の定年後の賃金減額を行っている企業は多いので、この判決をきっかけに、見直しが求められるでしょう。また、定年後再雇用の方を含めた有期契約労働者の皆さんは、この判決をきっかけに、自分の賃金が正当に支払われているかをチェックし、もし、労働契約法20条に違反していると思えば、職場の仲間と共に行動を起こしてほしいと思います」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
指宿 昭一(いぶすき・しょういち)弁護士
労働組合活動に長く関わり、労働事件(労働者側)と入管事件を専門的に取り扱っている。日本労働弁護団常任幹事。外国人研修生の労働者性を認めた三和サービス事件、精神疾患のある労働者への使用者の配慮義務を認めた日本ニューレット・パッカード事件、歩合給の計算において残業代等を控除することは労基法37条の趣旨に反し無効であることを認めた国際自動車事件などを担当。
事務所名:暁法律事務所
事務所URL:http://www.ak-law.org/