その関わり方やカテゴリーは千差万別だが、モータースポーツに参画している自動車メーカーは世界中に数多い。おかげで、いまやほとんどのモータースポーツ・イベントが自動車メーカーの存在なしには成り立たないといっても過言ではない状況にある。
しかし、モータースポーツの世界で自動車メーカーが演じている役割は時代の流れとともに大きく変化している。自動車メーカーはモータースポーツに何を求めて、どのような変遷を重ねてきたのか? 自動車メーカーとモータースポーツの関係について、いま一度振り返ってみたい。
◆自動車メーカーとモータースポーツの歴史
自動車メーカーがモータースポーツに関わるようになったのは、自動車が発明された100年以上昔に遡ることができる。メルセデスベンツのブランドで知られる自動車メーカーのダイムラーは、世界で初めて開催されたモータースポーツ・イベントとされる1894年のパリ-ルーアンにエンジンを供給したほか、アウディの創業者であるアウグスト・ホルヒは自ら自社製品を駆って1906年開催のヘルコーメル・ランという国際的イベントに出走し、いずれのケースもモータースポーツでの成功が自動車の販売に大きく影響したとされる。
つまり、自動車の信頼性や実用性が確立されたとは言いがたかった当時、モータースポーツでの成功は自動車という製品のセールス拡大に直結していたのである。
そうした流れは半世紀以上が過ぎても変わらず、1960年代のアメリカでは「日曜日に(レースで)勝って月曜日に(自動車を)売る」という有名な言葉が生まれた。このフレーズはフォード創業家のヘンリー・フォードⅡが語ったものと信じられてきたが、実際にはドラッグレースに参戦する傍らフォード・ディーラーを営んでいたボブ・タスカが考え出したスローガンだったらしい。
極論すれば、自分たちのブランドを掲げた自動車がイベントに参加し、そこで何らかの栄冠を勝ち取ればそれで目的は達成したと見なされたのが、自動車メーカーにとって最初期のモータースポーツ活動だったといえる。
◆訪れた変革
これ以降も自動車メーカーは様々な形でモータースポーツに取り組んでいったが、その後の関わり方に大きな影響を与えたのがアウディによる世界ラリー選手権(WRC)参戦だった。当時はまだオフロード用の技術だと信じられていた4WDをオンロードモデルのアウディ・クワトロに搭載した彼らは、その優秀性を証明するために1981年からWRCに挑戦。その後の4年間で4つのワールドタイトルを勝ち取るとともに、「4WDでなければラリーに勝てない」という現代にまで続く常識を作り上げたのである。
私はこのアウディ・クワトロのWRC参戦を、自動車メーカーによるモータースポーツ参画の「第1の変革」と位置づけている。
では、「第2の変革」はなにか? アウディのWRC参戦が始まった直後、耐久レース界ではグループCが誕生し、ポルシェ956/962Cが大活躍した。それもワークスチームだけが勝ち続けるのではなく、956/962Cを購入したプライベートチームも次第に力をつけると栄冠を勝ち取るようになったのである。この種の、自動車メーカーが開発したレーシングカーをプライベートチームに販売してその活動を支援することをカスタマーレーシングと呼ぶが、それを初めて本格的に、そして世界的規模で行ったのはポルシェだった。
当時、ポルシェはレーシングカーである956/962Cに量産車と同じような形態でパーツナンバーを付与し、世界のどこの国からでもこのパーツナンバーひとつで発注を受け付けるとともに、量産車用補修部品と同じスピードで各地にデリバリーしていた。実は、同様のシステムはグループC以前に構築されていたようだが、ここでは特に顕著な例として956/962Cを「第2の変革」の中核に据えることとしたい。
自動車メーカーによる「第3の変革」は、メルセデスベンツによるAMGの買収にあった。ハンス・ヴェルナー・アウフレヒトのAとエバハルト・メルヒャーのM、そしてシュツットガルト近郊の地名であるグロースアスパッハのGをとってAMGと名付けられたレーシングカーとロードカーのチューニング・スペシャリストは、当初メルセデスとの資本関係はなかったものの、やがて段階的にメルセデスが株式を取得し、2005年には完全に買収された。
ここで興味深いのは、メルセデス(厳密には当時そのブランドを有していた自動車メーカーのダイムラー・クライスラーAG)が買収したのはAMGのロードカー部門とのその名称の使用権であって、レース活動はアウフレヒトが改めて設立したHWA社に委ねられた点にある。つまりメルセデスは、モータースポーツ界で名を馳せたAMGというブランドをロードカー販売で活用するために手に入れたのである。
以上に挙げた3つの変革が、自動車メーカーのモータースポーツ活動にさらなる変革をもたらしたかについては後編で解説する。