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オランダの“消えた名匠”、18年ぶりの復活! 『素敵なサプライズ』の奇想天外な仕掛け

2016年05月31日 16:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店』(c)2015 SURPRISE FILMPRODUCTIE VOF / VARA / PRIME TIME/ RIVA FILM / FASTNET FILMS

 TV番組や観光ガイドでよく見かける「自由の国、オランダ」という文字。法律や文化、国民性など様々な観点からこの国の「自由」が論じられる機会も多い。そして映画好きの視点からすれば、オランダ映画から受ける「斬新!」「奇想天外!」なインパクトもまた、何かこの国の「自由」を象徴しているように思えてならない。


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 オランダ出身の映画監督といえば、ポール・ヴァーホーベンやアントン・コービンはもはや世界的な知名度を誇っているし、また最近では13年に公開されたアレックス・ファン・ヴァーメルダム監督による『ボーグマン』という映画も風変わりの極みだった。また16年に入ってからは4月にディーデリク・エビンゲ監督作『孤独のススメ』が公開され、こちらも「やってくれるぜ!」と親指を立てたくなるような気持ちのよい自由度。我々のような島国で暮らす人種としてはまず、イマジネーションのあり方として大いに学ぶべきところ、刺激を受けるべきものがあるのは明らかだ。


 そんな具合に、最近ちょっと勢いを増しているオランダ映画。その最新作として日本上陸を果たすのが『素敵なサプライズ』。こちらも非常にブッ飛んでいる。表向きはファンタジックなラブコメのようにも見えるものの、実際には生と死と愛を見つめ、独特の発想とブラックジョークとポジティブな感性で人生を温かく包み込んでいく異色作だ。


■感情を失った男が、代理店で死を注文!?


 主人公は貴族の末裔として広大なお屋敷を相続したばかりのヤーコブ。母親を看取った後、悲しみに暮れるかと思いきや、介護の責任からようやく解放され、自分のやりたいことができると清々している様子。で、何がしたいのかというと、どうやら自殺してこの世と早々にオサラバしたいようなのだ。そこで思いつく限りの自殺方法を試みるのだが(なぜかこの場面で本作中もっとも明るくハッピーな音楽が流れる)、どれも一向に実らずじまい。


 そんなヤーコブが「ダメだ…死ねない…」とすっかり途方に暮れていた矢先、運命の歯車が回転する。たまたま拾った黒いマッチ箱に導かれるように、彼はブリュッセルにある「エリュシオン(旅立ち)」という名の代理店を訪れることに。ここは顧客に対して最上の死を提供するビジネス(もちろん非合法)を展開しており、予測不能の「サプライズ死」を切望するヤーコブにとってまさに願ったり叶ったり。さっさと契約を済ませ、ウキウキしながら棺桶を選んでいたところ、しかしここで思わぬアクシデントが発生。心ときめくような運命の女性と出会ってしまったのだ。


 彼女もこの代理店で死の契約を交わしたばかり。そんな死に急ぐ二人はなぜか意気投合し、強く惹かれ合い、いつ手配されるかわからない「サプライズ死」を待ちながら、その日その日を意外にもハッピーに過ごしていくことになり…。


■「メメント・モリ(死を想え)」をベースにした変化球


 過去の出来事がきっかけで感情を失ったヤーコブは、目の前の「死」と向かい合うことで少しずつ喜怒哀楽を取り戻していく。さらには自ら望んだはずの死から逃れようと、黒服エージェントたちの追跡を巧妙にかわしていく。生きたいのか、死にたいのか、どっちだ!? と問いただしたくもなるが、しかし死を見つめることで限りある生が輝きだすという思想は、先人たちがすでに何世紀も前にたどり着いた境地であるし、こと映画に特化するならフランク・キャプラ監督の『素晴らしき哉、人生!』(46)をはじめ多くの作品が掲げるテーマとしてもお馴染みだ。


 たとえゴールに待つものが普遍的な価値観だとしても、そこに至るまでの過程はかなり異色である。そもそも「死の代理店」という発想からして凄いではないか。この映画の面白いところは、かくも始まりは「死」であったとしても、それを陰鬱に捉えるのではなく、むしろそこに様々な光をあてることで人生をプリズム状の輝きとして捉えていくところにある。死に追われながら高級車を豪快に激走させる二人は、さながら『俺たちに明日はない』(67)のボニー&クライドのようで、その激走している瞬間に彼らが感じる「生」こそ、我々が生きる長い人生の縮図といえよう。


■オスカー受賞監督の、サプライズな映画人生


 こんな異色作を手がけたのはいったい何者なのか。マイク・ファン・ディム監督は、『キャラクター/孤独な人の肖像』(97)が世界的評判となり、なんと38歳の若さでアカデミー賞外国語映画賞を受賞した経歴の持ち主である。ロッテルダムを舞台に錯綜するその重厚な人間ドラマはハリウッドの重鎮たちを大いに唸らせ、一時期、彼のもとには膨大なオファーが舞い込んだという。サクセス街道まっしぐら? いやいや、結果はまるで逆。ここで末代にまで語られるであろうファン・ディムの名言が飛び出すのだ。


「ハリウッドはせっかく(オスカー受賞によって)ミシュラン3つ星をくれたのに、俺にこの国でハンバーガーを焼けという」


 確かにハリウッド映画はハンバーガーに似ている(そこが醍醐味でもあるわけだが)。しかし自由の国オランダからわざわざやってきた才能からしてみると、そこにざっと並べられたハンバーガーのレシピはどれもジャンクかつ似たり寄ったりで、それを作らされることはきっと表現者として死の契約にも等しいものだったろう。


ちなみに当時の裏話として驚かされるのは、ロバート・レッドフォードとブラッド・ピットが共演した『スパイ・ゲーム』(01)も当初はファン・ディムの監督作として始動していたということ。最終的にここでも折り合いがつかなくなり、彼は降板という自由を行使することとなる。


 結局、いろいろあって映画作りの情熱さえも失ってしまった彼。結局、ハリウッドでの映画作りなど自分には不可能だと諦めてオランダへと帰り、その後いっさい映画を撮らなかった。そうやって20年近く月日が流れ、ようやくもう一度、映画への情熱が沸き起こったところで結実したのが長編第2作目となる『素敵なサプライズ』だったのである。


 本作をめぐっては、ヒロイン役にスカーレット・ヨハンソンを起用しハリウッド映画として製作する道もあったという。しかしここでもファン・ディムは首を縦には振らず、最終的に母国で、母国の俳優たちを使っての製作となった。頑固である。決して自分を曲げない。でもそれをきっと真の自由と呼ぶのだろう。


 ふとこの映画の主人公ヤーコブと、ファン・ディム監督とが重なるような気がした。


 感情を失い、両親を看取り、自分にとって大切なものなどなにひとつ無くなった主人公ヤーコブ。一時は死を望みさえしたものの、やがて愛に目覚め、もう一度、人生を歩み始めるーー。いまようやく映画への愛を復活させたマイク・ファン・ディム監督の心境がまさにそれと同じだとしたら、これから先、自由を志向しながら精一杯、創造性の羽根を羽ばたかせてくれるはずだ。


 私たちはこの先、「自由の国、オランダ」と目にした時、まず真っ先にこのサプライズな映画と、監督の名を思い出すべきなのかもしれない。(牛津厚信)