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来るべき地殻変動の予兆はあったか? 栗原裕一郎の『POPS Parade Festival 2016』レポート

2016年05月30日 18:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『POPS Parade Festival 2016』の様子。(撮影=ossie)

 2016年4月30日、新代田FEVERで『POPS Parade Festival 2016』が開催された。音楽情報サイト『ポプシクリップ。』がサイト開設7周年を記念し主催したもので、13、14年と過去に2回開催されてきており今回で3度目のイベントとなる。


 出演バンドは登場順に、北川勝利(ROUND TABLE)、risette、杉本清隆(orangenoise shortcut)、TWEEDEES、Swinging Popsicleの5組。この組み合わせは気紛れではなく必然的なものだ。どう必然なのかは話すうちにおいおいわかってくるだろう。


 新代田FEVERのキャパは300名だそうだが、かなりの盛況で人が入りきらず、開始後北川が前に詰めるようフロアに呼び掛ける一幕があった。客層は20代から30代が中心層だろうか、男性客の比率がだいぶ高いようだ。このイベントの1週間前、4月23日のTWEEDEESワンマンでオープニングを務めたPOLLYANNAのメンバーの姿も会場で見かけた。


■浮沈するイメージと普遍的なサウンド


 ひとまず各バンドの感想を簡単に述べていこう。


・北川勝利(ROUND TABLE)


 北川勝利のバンドは、山之内俊夫(ギター)、高井亮士(ベース)、末永華子(キーボード&コーラス)というディスティネーションズでもお馴染みのメンバーに、藤村鼓乃美(コーラス)、杉本清隆(パーカッション&コーラス)、渡邊シン(ドラム)という編成。藤村は声優で、北川のプロデュースでミニアルバム『SUMMER VACATION』をリリースしている。昨年10月の北川とTWEEDEESのツーマン、今年1月の北川ワンマンでもコーラスと一部ボーカルを務めていた。


 インストの「Radio Tome A Go-Go!!」から「Goin' To The Radio Show」に移ると会場のテンションはいきなりマックスへ!……と書くとよくあるライブレポのようだが、実際早々に会場は仕上がっていた。最後方にいたせいでステージはほとんど見えない。メロウな北川の声がこの日は少しハードに聞こえた(MCの声のほうがメロウだった)。


 メジャーデビュー前のミニアルバムの曲から、最新の4thアルバム『FRIDAY, I'M IN LOVE』の曲まで、新旧取り混ぜて9曲が演奏されたが、盛り上がりのピークはM6「Beautiful」だろうか。


 ROUND TABLE featuring Nino名義の楽曲だが、この日は藤村鼓乃美によるボーカルで披露された。feat. Ninoの楽曲がNino以外の歌い手で演奏されたことがあるのか寡聞にして把握していないが、Ninoの歌に思い入れのあるファンが少なくないだろうことは想像がつく。藤村による歌唱はよくはまっており、ファンも快く受け容れていたように見えた。それどころか、可愛い! と藤村鼓乃美、大人気であった(異論はない)。


 北川勝利の次回ワンマンライブは10月29日、同じく新代田FEVERとのこと。チケットの出足が早いということだったので急げ。


・risette


 risetteは、ギターのTsugaiがギターを電気ドリルに持ち替えた(?)とかで欠席、常盤ゆう(ボーカル)と森野誠一(ギター)のメンバー2人に、三重野徹朗(ベース)、ワクシマユミ(キーボード)、森谷諭(ドラム)をサポートに迎えての演奏だった。


 森野は、マキタスポーツ率いるヴィジュアル系バンドFly or Dieのベーシストとしても活動している。マキタスポーツのブレーンといってよいだろう。


 セットリストは6曲。02年の2ndミニアルバム『POWDERY VIEW』と08年の1stアルバム『risette』からの曲を中心に、chocolatreとのコラボ曲「シアン」を織り交ぜた構成だった。


 常盤ゆうのボーカルは、CDで聴くのとは印象が少し違った。ハスキーなのに透明感のある独特の声質という点に変わりはないのだが、よりエモーショナルに存在感が伝わってくる。Cymbals時代の土岐麻子が「あまりパキッと晴れることはなく、くもりがち、しかもそれはとてもきれいなくもり空」と評したサウンドの印象は、常盤のボーカルが左右しているように見えるが、良い意味でルーズさを感じさせるバンドのグルーヴに依るところも大きい。M1「タウンホール・ミステリー・ツアー」にそのグルーヴの特色がよく出ていただろうか。


 観客がもっとも反応していたのはM3「tangerine」だ。疾走感を持たせた7拍子というトリッキーな楽曲だが、そんな曲調でもどこかゆったりと聴かせる。この曲はコナミの音楽ゲーム『pop'n music』のために書かれたもので(ゲーム版のタイトルは「tangeline」)、アレンジを変えてミニアルバムに収録された。常盤は『pop'n music』やその元祖にあたる音ゲー『beatmania』の楽曲で数多く歌唱を担当してきた。


 最後のMCで森野が、今年はそろそろアルバムを出したい、ライブももう一回くらいやりたいと話していた。


・杉本清隆(orangenoise shortcut)


 三番手は北川勝利のバックでパーカッションを叩いていた杉本清隆。杉本は元コナミの社員で『beatmania』『pop'n music』などの音楽制作を手掛けていた人物である。退社後は音楽家として活動しながら『pop'n music』をはじめ『CROSS×BEATS』や『ガールフレンド(仮)』など音ゲーやアニメへの楽曲提供を引き続き行っている。


 杉本のバンドは、杉本(ボーカル&キーボード)、きだしゅんすけ(ギター&コーラス)、永田範正(ベース)、山田幸治(ドラム)という編成。杉本いわく「比較的新しめの曲のセットリスト」で6曲が演奏された。


 M1「Highway star chaser」からM2「Techno Highway」へと「高速道路」をハブに2曲。「高速道路情報を聞いていたら天気予報が……」というちょっと(かなり?)強引な繋ぎで新曲の「天気予報」へ。そして「Landing on the moon」。


「月に行ったらおうちへ帰りたくなっちゃって」という前振りで演奏されたのは、M5「Homesick pt.2&3」。客席の体温が数度上がったようだ。ORANGENOISE SHORTCUT名義で『pop'n music』他に提供された、ポップンファンにはとりわけ思い入れの深い人の多い楽曲であることを後ほど知る。「Techno Highway」、「Landing on the moon」はカプコンの音ゲー『CROSS×BEATS』が初出の楽曲である。


 次回ライブは、7月30日に札幌で開催される『Guitar Pop Restaurant vol.32~ワイルド・サマー/ピアノでゴーゴー』とのこと。


・TWEEDEES


 TWEEDEESは、沖井礼二(ベース)と清浦夏実(ボーカル)によるユニットで、1週間前のワンマンに引き続き、山之内俊夫(ギター)、末永華子(キーボード&コーラス)、坂和也(キーボード&オルガン)、原“GEN”秀樹(ドラム)をサポートに迎えての演奏だった。山之内と末永は北川バンドと掛け持ちだ。


 「速度と力」「STRIKERS」「PHILLIP」と続けて3曲。すべて新曲である。


 ここで沖井によるMC。最初から飛ばしていたせいで早くも息が上がっている。「3曲でバテバテじゃないですか」と突っ込む清浦。


「えー、今日はすべて新曲です。1stアルバムで予習してきた方、全部ムダです。残念でした!」


 文字で書くとニュアンスが伝わらないが、邪気のないいたずらっ子(ただしいい年の大人)の発言、関西弁でいうところの「いちびり」なイメージで読んでもらうといいと思う。


 TWEEDEESはぜひともライブを見るべきである。ひとつはその音圧を体感するため。もうひとつは沖井のMCを体験するため。沖井が後日ツイッターにアップしたセットリストではMCが「ひとこと」と指示されていたが、毎回ひとことではまったく済まない。沖井の暴走するトークを冷ややかにいなす清浦という構図ともども最高である。MC目当てに足を運ぶお客さんもいるとかいないとか。いずれさだまさしのようにMCだけを集めた音源が発売されることであろう。


 続いてMC(これまた長い)を挟みつつ「バタード・ラム」そして「BABY, BABY」の計5曲。ワンマンからわずか1週間でグルーヴが更新されている。清浦のボーカルは、透明感と、それと裏腹の線の細さを特徴とすると思っていたのだが、この日は力強さを垣間見せる局面もあり一皮剥けた印象だった。


・Swinging Popsicle


 Swinging Popsicleは、オリジナルメンバーである藤島美音子(ボーカル&ギター)、嶋田修(ギター&コーラス)、平田博信(ベース&コーラス)の3人に、吉田明宏(キーボード)、森信行(ドラム)をサポートに迎えての演奏だった。


 現在は事務所にもレコード会社にも所属しないで活動しているそうだが、韓国、アメリカ、メキシコなどにも活動の場を広げており、昨年12月に発表された最新ミニアルバム『flow』は世界119ヶ国に配信されている。


 20年間コンスタントに活動してきたバンドらしく、新旧幅広く取り混ぜた全8曲のセットリスト。新作『flow』からは2曲と控えめである。


 奇を衒わない良質なギターポップだ。この日登場したバンドの中で一番中庸な音だろう。2000年代以降こうしたオーソドックスなポップスは日本の音楽シーンでは居場所が小さくなっていった。


 だが、オーソドックスというのは普遍的ということでもある。この日登場したすべてのバンドに通じることだが、ギター、ベース、ドラム、キーボードというポップスの基本構成要素が根底から崩れることはまずないのであり、浮沈しているのはサウンドではなくイメージだ。


 1曲目に演った「I love your smile」は彼らの2ndシングルで18年前の曲だけれど、今聴いても古びていない。正確にいえば古くも新しくもない。M2「mobile phone」とM3「Small Blue Sailboat」は『flow』からの曲だが、並んでしまえば20年弱の時間の隔たりは感じられない。熱心なリスナーではなかったので、このライブの前に新旧の盤を、沖井の言い方を借りれば「予習」したので、折々に新しい試みがあるのは承知していたが、生演奏は意匠を剥ぐから骨組みが露わになる。このバンドの骨格は約20年間変わっていないということだ。


 そして、さっきも似たような感想を述べたが、生で聴く藤島の歌声はCDをはるかに超えて素晴らしかった。


 最後に出演バンド総出で、ジャクソン5「I'll be there」のセッション。『flow』にカバーが収められているのでそれにちなんだ選曲だったのだろう。はしゃぎ回る沖井をクールにあしらう北川という構図が、ついさっき見たTWEEDEESでの情景の反復のようだった。


■受け皿としてのゲーム、アニメ


 さて、うっすら見えてきたかと思うが、この日の出演者たちはいくつかの共通点で結ばれている。


 まず90年代半ばから後半に活動を始めた、相互に所縁のある人たちであること。Swinging Popsicleは97年、ROUND TABLEは98年、沖井のいたCymbalsは99年にメジャーデビューした。risetteはメジャーデビューはしていないが97年から音源の発表を始めた。杉本清隆は98年に『pop'n music』に楽曲で参加しそのままコナミに入社した。


 次に、全組がゲーム音楽に関わっていること。Swinging Popsicle以外は皆『pop'n music』に楽曲提供をしている。Swinging Popsicleも近年はPCゲーム主題歌やアイドル楽曲などの提供をしている。その観点で見れば、このイベントの中核となる人物は杉本清隆だということもできるだろう。


 それから、花澤香菜がひとつの磁場になっていること。risette以外は全組何かしらで花澤香菜の音楽制作に携わっている。


 主催したサイト「ポプシクリップ。」がこのイベントにあわせてミニコミ『ポプシクリップ。マガジン』第7号を発行していて、出演バンド5組の座談会を掲載している。同窓的ミュージシャンたちに当時から現在までを語り合ってもらうといった趣旨だ。


 忌憚なくいうなら、不運にもJポップバブルが弾けるタイミングでデビューしてしまい、産業としての音楽が斜陽になっていくなかを生き延びてきた者たちの集いである。


 昨年のメロキュア復活のとき、ライターの前田久が2000年前後のJポップとアニソンの関係についてこんなふうに書いていた。


「2000年代前半に、CDの売上が全体的に低迷するなか、ジャニーズや演歌と同様に「アニメファン」という固定支持層を持つアニソンが、市場で存在感を増していった。こうしたビジネス面での注目の高まりにあわせて、楽曲面の面白さ、質の高さに注目した言説も、マスコミに多々登場するようになった、という流れがある」(参考:http://realsound.jp/2015/08/post-4350.html


 北川勝利がNinoをボーカルに迎えROUND TABLE featuring Ninoとしてアニメソングに参入したのは2002年のことだ。そのときの心境について北川はこう語っている。


「10年前に『アニメの曲を書きますか?書きませんか?』って言われて、やることにしたわけだけど、その時は僕がアニメの音楽に関わることはアウトだったんですよ」


「話を持ってきてくれたディレクターさんが、すごく音楽をよく知っている人で、何を聞いてもちゃんと答えが返ってきたんですよ。で、この人だったらチャレンジしてもいいかなって思えた。まあ、今でかい選択をしてるなっていうのは気付いてましたけどね」(花澤香菜『claire』リリース時の沖井、ミトとの鼎談より。聞き手は土佐有明。『MARQUEE』VOL.95)


 メインストリームだったJポップが退潮するなか、アニソンが音楽家たちに仕事を提供する受け皿になっていったわけだ。同様のことはゲームでも起こっていた。


 北川は秘して語らずのようだが、この時期しんどかっただろうことは想像に難くない。沖井は「『俺の人生、詰んだかな』って思った瞬間は何度もありました」とあるインタビューで話している(黒田隆憲『メロディがひらめくとき』DU BOOKS)。


 北川のいう「アウト」な感じについては、『ポプシクリップ。マガジン』の座談会で司会をしている同誌主宰者・黒須誠の発言がよく代弁していると思われる。


「自分たちの信じていたおしゃれな音楽をやっていたバンドが、自分が全く興味のない、またファン層が全く異なるゲームやアニメの世界へ行ってしまったことにショックを受けてしまうんです。自分たちが信じていたものが何だったのかと…ショックを受けてファンを辞めてしまう方もいるんですよ」


 たしかに離れていったファンもいただろうが、その一方で、主流とは言い難い場所で鳴らされたポップスによって新たなリスナーが育ってもいた。


■主流でない場所で鳴らされてきたポップス


 ここらで白状すると、何度も書いているように僕はアニメに疎いのだが、ゲームにはそれ以上に疎い。もともとはゲームジャンキー気味だったのだけれど、忘れもしない『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』(92年)を遊んでいたときのこと。「なんでおれは来る日も来る日も村人に話を聞いたりスライムを倒したりしてるんだろう?」という疑問がとかとんとんと降りてきて、ふいに白けた。そしてそれ以降ゲームをプレイするという行為がほとんど不能になってしまったのだった。『beatmania』はかろうじて少しやったものの『pop'n music』はまったく触ったことがなかった(この原稿を書くために1ゲームだけ試した)。


 だから、risetteの「tangerine」や杉本の「Homesick pt.2&3」にお客さんたちがどうしてああもビビッと反応しているのか実はわからなかった。これらの曲は、ゲームという媒体でポップスを享受してきた新たなリスナーたちにとってのアンセムなのだ。常盤ゆうはその世界では揺るぎない歌姫である。沖井もゲーム経由でTWEEDEESを見に来る若い人が多いと話しているが、その事実は普通にJポップを聴き音楽雑誌を眺めているだけでは見えてこない。


「TWEEDEESのライブには、高校生のお客さんも来てくれます。で、彼らが何で僕の存在を知ったかというと、ゲームミュージックだったりするんです。北川くんの場合はアニメだったかな(参考:http://realsound.jp/2015/10/post-4938_2.html)


 当サイトの僕の担当編集者は現在26歳でCymbalsとTWEEDEESのコアな支持者なのだが、沖井を知ったのはやはりゲーム音楽からだったそうだ。


 アニソンについてはいうまでもないだろう。花澤香菜という強力なアイコンに2000年代以降の状況の変化と才能の異動が集約されつつある印象で、その事態を以前、松田聖子を彷彿させると書いたが、奇しくも杉本が先の座談会で、彼らが作家としてアニメやゲームに携わっていることについて「多分、もう少し前の世代だったら、松本隆さんがなんで聖子ちゃんの歌詞を書いているんだろう、という疑問と同じだと思うんですよ」と話していた。


 (ポスト)渋谷系がオタク文化に流入・融合したという観点から「アキシブ系」という呼称が一時使われた。事象を表面的に括って示すタグとしては悪くなかったと思うものの(どうにもダサいが)、産業構造の変動がそのような状況を導いたのだという認識が抜け落ちる。ブームの廃れた渋谷系の人たちがアキバ文化へ流れてきたという含みが「アキシブ系」にはあったと思うが、廃れたのは渋谷系というより音楽産業そのものであって、「アキシブ系」のサウンドイメージは結果的に付いてきたものだ。名付けるなら「ポストJポップ」とか「オルタナティブJポップ」といったほうがまだしも事態に即していると思うのだが、まあ、コピーの上手い人がそのうちいいネーミングを考えてくれるだろう。


 北川は「アニメとか関係なく、いい音楽が多くの人に届くまで続けることが自分の役割だと思ってますね」と話していた(前出の『MARQUEE』)。沖井は「諦めなければいいだけの話なんですよ」と話していた(『メロディがひらめくとき』)。


 いわゆるJポップと、アニソンやゲーム音楽のリスナーはいまだ分断しているが、原因はもっぱら記録媒体と流通、音楽ジャーナリズムの問題に還元される。CDというフィジカルな媒体が退場を控え、活字ジャーナリズムの影響力が衰微する現状を鑑みれば、分断は遠からず消滅していくと見るのが妥当だろう。


 折しもこのイベントの前日に、花澤香菜が地上波の音楽番組に初出演した(NHK『NAOMIの部屋』)。北川のギターと沖井のベースをバックに新曲「あたらしいうた」を披露したのだ。6月1日に発売される花澤のこの新曲と、7月20日に発売予定だというTWEEDEESの新アルバムで状況が大きく動くのではないかと予想している。この『POPS Parade Festival 2016』へ足を運んだのは、来たるべき地殻変動を予兆したメモリアル的なイベントになるのではないかという予感からだったのだが、その見立てが当たっていたか否かは、さほど長くない時間の経過が判定してくれるだろう。(栗原裕一郎)