2016年05月30日 11:52 弁護士ドットコム
東京都小金井市で、音楽活動をしていた亜細亜大3年、冨田真由さん(20)がファンの男に刃物で刺された事件をきっかけに、ストーカー対策が大きな社会的議論になっている。
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冨田さんが事前に「(男から)ツイッターなどに執拗な書き込みをされている」と警察に相談していたため、ストーカー規制法を強化すべきという声もあがっている。
ストーカー規制法は、1999年に埼玉県桶川市で起きたストーカー事件をきっかけにしてつくられた。さらに、2012年の神奈川県逗子市で起きたストーカー事件を受けて、連続した電話やFAXだけでなく、「メール」も規制対象になった。だが、この数年で大きく利用者が増えた、ツイッターなどの「SNS」は、規制対象に含まれていない。
逗子ストーカー事件で妹を失った大学教員、芝多修一さん(仮名)は一昨年、被害者遺族や研究者などがストーカー対策について議論する「ストーカー対策研究会議」を立ち上げた。ストーカー対策はどうあるべきなのか、芝多さんに聞いた。
――今回の事件をどう見ましたか?
こうした事件が起きるたびに、「未然に防げたはず」「警察は何をやってるんだ」という話になりますが、あとからみれば警察のミスに見えても、私には「絶対に防げたはず」と思えないことがあります。警察はやれることをかなりやっているからです。
しかし、今回の事件については、現場が「ストーカー相談」ではなく、「一般相談」として扱ったと報じられています。もし、「ストーカ相談」として扱っていれば、防げた可能性があると思います。非常に残念です。
――ストーカー相談の仕組みに問題はなかったのでしょうか?
通常、警察の生活安全課が、ストーカー相談を受け付けます。この生活安全課は、殺人などを扱う刑事課と違って、逮捕などに積極的でありません。背景には、民事不介入の原則があります。また、個別の警察官も、生活安全課に配属されて何年かすれば、ほかの部署に異動します。
つまり、現場の警察官はストーカーにくわしくないのです。しかし、ストーカーは従来の犯罪とかなり違います。だから、現場から本部に情報を上げて、プロのチームが危険度を判断する体制になっています。警視庁にも、ストーカー事案を一括して扱う「人身安全関連事案総合対策本部」という組織があります。
ところが、今回の事件では、現場の警察官がストーカー相談ではなく、一般相談として扱って、情報を「本部」にあげていなかった。せっかくの仕組みがうまく機能していなかったのです。
――仮に「本部」に情報が上がっていたら、うまく対応できたのでしょうか?
もしかしたら、スルーされたかもしれません。警察もストーカー事案のすべてに対応できないので、「特に危険な事案」にしぼっているからです。ただ、警察は、どれくらいリスクがあるのか、判断の精度を高める努力をしています。いずれにせよ、今回の事件は、手前で情報が止まってしまったので、この点からは検証できないでしょう。
――ストーカー規正法の対象に、SNSが含まれていないことをどう考えていますか?
ストーカー規制法にSNSが含まれていれば、今回の事件を防げたかどうかはわかりません。しかし間違いなく、今後、SNSを含む法改正があると思います。
ただ、SNSには悪意ある言葉がありふれていて、どれが本当に危ない言葉なのか判断しづらい問題があります。SNS上の悪意のある言葉だけで立件していくと、相当な件数になります。だからといって、SNSを含めないのは論外です。SNSを含めたうえで、警察が本当に危ないものを見極める力をつけていくしかないでしょう。
――もっとストーカーに対する規制を強化すべきでしょうか?
厳しくすることについては、反対しません。ただ、私の妹が死んだから「メール」が対象となり、今回の事件のあとで「SNS」が対象となり・・・と遺族としては複雑な気持ちです。単語を一つずつ増やしていくレベルではなく、抜本な制度改革をしてほしいと思います。
――どういう改革が必要なのでしょうか?
まず、「加害者治療」の制度を作るべきだと思っています。多くのストーカー事件は、加害者に対する「罰」で止めることができますが、「罰」を与えれば与えるほど加害者の心がねじれて、そのあと事件が悪化していくケースがあるからです。
たとえば、警察が逮捕し、裁判にかけて、刑務所に入ったり、保護観察が付いても、そのあと、「あいつのせいでこんな目にあった」ともっと凶悪化する可能性があります。つまり、「捕まえたら終わり」ではないのです。
――加害者治療の現状はどうなっているのでしょうか?
最近ようやく、加害者治療に関心が持たれるようになり、治療が必要だというところまで社会に受け入れられつつあります。しかし、まだまだ、そういう体制がほとんどできていません。そして、どういう治療が適切なのか、これから冷静に議論していかないといけない状況です。まずは、チャレンジしていくしかありません。
――現在は被害者を守るための体制はとれているのでしょうか?
犯罪対策は警察、裁くのは裁判所、加害者の更生に関しては刑務所と保護観察所。今は、それぞれがバラバラにわかれていて、全体として被害者を守る体制になっていません。
保護観察所は、加害者を更生させる組織ですが、私は保護観察官にこそ、被害者を意識してほしいと訴えています。ストーカー被害者を救えるのが、保護観察官その人しかいないというケースがあるからです。
最近では、被害者を保護する警察と、加害者を更生させる保護観察所が、互いの情報を共有するようになったいわれていますが、まったく足りていないと思います。情報を共有すれば、いろんな対応がとれます。
事件のたびに警察だけが批判されています。しかし、警察には限界があります。警察と保護観察所などが連携する仕組みを入れていかないといけません。
――相談窓口は、今のままでよいのでしょうか?
やはり、警察に行くのは、非常にハードルが高いです。だから、警察の外にも窓口をもうけるべきでしょう。そこでは、ストーカー被害者自身でなくても、その親や友だち、学校の先生など、周囲の人が気軽に相談できるようになれば良いと思います。
もう一つ、加害者の親が相談できる場所が必要です。加害者本人は相談に来ませんが、たとえば息子がストーカーをしている母親は「このままだとうちの子が犯罪者になるかもしれない」と困っているわけです。だけど、警察には行けませんし、相談できるところもほとんどありません。
加害者に大事なのは、まず話を聞いてあげることです。そういう意味で、本人にカウンセリング的態度で接する人が必要です。加害者の親をカウンセリングすることで、本人も変えていくということです。親でなくても、職場の上司や兄弟でもいいです。
被害者を守るためにこそ、加害者側のケアをしてあげること、そして加害者がどこかで社会に戻っていけるよう付き添う体制をつくることが重要だと思います。
(弁護士ドットコムニュース)