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「まだまだやることはある」 マイケル・ムーア監督が語る、新作撮影秘話とアメリカ社会の変化

2016年05月28日 15:31  リアルサウンド

リアルサウンド

『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』(c)2015, NORTH END PRODUCTIONS

 銃規制、対テロ戦争、医療制度、資本主義など、アメリカの社会問題を取り上げ、ドキュメンタリー映画として世界に発信をし続けてきたマイケル・ムーア監督の最新作『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』が現在公開中だ。本作では、年間8週間も有給があるイタリア、麻薬使用が犯罪にならないポルトガル、給食がフレンチフルコースのフランスなど、ムーア監督が様々な国を訪れ、その国のジョーシキをアメリカに持ち帰る模様が描かれている。リアルサウンド映画部では、マイケル・ムーア監督にインタビューを行い、本作を手がけることになった経緯や、現在のアメリカ社会について、話を訊いた。


参考:イタリアのランチタイム&有給事情を直撃! 『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』特別映像公開


■「今回の作品は、これまでの僕の作品の中で、最も準備をしていない作品なんだ」


ーー前作『キャピタリズム~マネーは踊る~』で来日された際、あなたは「これが引退作になるかもしれない」という旨の発言をされていましたよね。


マイケル・ムーア監督(以下、ムーア):「これが僕の最後の作品になるかもしれない」と言ったその意図は、これ以上アメリカ人が何もしないのであれば、もう僕は少数派としてひとりで声高に訴え続けるつもりはないということだったんだ。ただ、それから2年経って、ウォール街のOccupy Wall Street(訳:ウォール街を占拠せよ)や、黒人によるBlack Lives Matter(訳:黒人の命は大切だ)など、たくさんのデモ活動が行われ、何万人もの人が行動を起こした。つまり、僕はもはや少数派ではなく、多数派なんだと。僕はそれが非常に嬉しくて、多数派の一員としてもう一度行動を起こす必要があると思って、この映画を作るに至ったんだ。


ーーそこで“世界侵略”をテーマにしたのはなぜでしょう?


ムーア:これまでの作品では、批評家たちに「君の作品は問題提起ばかりで、解決策については何も言っていない」と言われてきた。だから、解決策だけを描いた2時間の映画を作ってやろうと思ったんだ。外国を“侵略”することで、アメリカに解決策をもたらす。でもこれは、アメリカ人だけでなく、日本人にとっても学ぶことがたくさんあると思うよ。例えば、日本の皆さんは勤勉だから、少しは休んだほうがいいという教訓にもなるんじゃないかな。


ーー確かに、年間8週間も有給があるというイタリアのジョーシキには驚かされました。イタリア以外にも、フランス、フィンランド、ノルウェーなどを訪れていますが、取材対象の国は事前に決めていたんですか?


ムーア:あらかじめ決めていた国もあれば、数時間前に思い立っていきなり訪れた国もある。例えば、ヘルシンキで撮影をしていた時に、取材対象者がエストニアの話をし始めたんだ。そこで僕は、エストニアはヘルシンキからフェリーで行けることに気づいた。もともとはヘルシンキからアイスランドへ直行する予定だったんだが、フライトをキャンセルして、そのままフェリーに乗ってエストニアに行ったんだ。残念ながらエストニアで撮影したものは本編では使っていないが、いろんな国をランダムに観光した。ほかにも、16歳で投票権を得られるオーストリアや、選挙期間がわずか8週間というカナダでも取材を行ったけど、いろんな事情があってカットしたよ。


ーーなるほど。あなたのこれまでの作品は“突撃取材”が代名詞でもありましたよね。今回の作品は“突撃取材”というよりも、事前にしっかり準備をされていたようにも感じましたが、今の話を聞く限り、今回もある意味では“突撃取材”だったと。


ムーア:そうだね。実は今回の作品は、これまでの僕の作品の中で、最も準備をしていない作品なんだ。あらかじめ想定した答えがあったわけではなくて、とにかく発見の旅にしようと思っていた。だから、取材対象者がこう言うだろうみたいな想定も、僕の中には全くなかった。実際、イタリアで撮影に応じてくれたカップルも、僕が現場入りする2日前にプロデューサーがたまたま出会って、出演してくれることになったんだ。街中で声をかけたり、いきなり電話をしてみたり、家に行ってもいいかという交渉をしたりというように、かなり突撃取材ではあった。ドイツのスパのシーンで出てくる女性たちもあらかじめアポを取っていたわけではなかったから、彼女たちが何を言うかもわからないまま、カメラを向けているんだよね。


ーー今回の作品は、女性の社会進出も大きなテーマになっていますよね。


ムーア:それも最初から考えていたわけではなくて、撮影を進めていくうちにそういうことにフォーカスするようになった。というのは、いろんな国を訪れていくうちに、あるひとつの法則を見出せるようになったんだ。それは、女性が権力を持つと、老若男女にとって、よりより社会が構築できるようになるということ。もちろん、シンボルとして女性が立っているのではなく、本当に女性が権力を持っていることが重要だ。社会学的な理由や、生物学的な理由が何かあるのかもしれないけど、なぜだかは僕もわからない。ただ、やはり何事も男女混合でやったほうが楽しいはずだ。ホモセクシャルやヘテロセクシャルに関わらず、男性はみんな女性が好きなわけだからね。


■「次のミッションはトランプを阻止することだ」


ーーアメリカ同様、日本もいろいろな問題を抱えている国なのですが、監督から見て、アメリカが日本から学ぶべきだと思うことはありますか?


ムーア:それは新幹線だね(笑)。もともと1800年代にイギリスやアメリカで発明されたものを、日本人は完璧なものにして使っている。アメリカは横断すれば3000マイルもある国なのに、島国の日本に新幹線のような優れた交通機関がたくさんあるのは驚きで、それはアメリカも取り入れるべきだと思うね。だから日本で映画を撮るなら、おそらく新幹線をフィーチャーするだろう。それに加えて、ドイツ人と同じように、日本人も戦争などの歴史を振り返る教育をきちんとしているよね。そこもやっぱり見習うべきところだと思う。あと、ファッションといいテクノロジーといい、日本人は少しクレイジーなところがあるじゃないか。レストランのウェイトレスが女子高生の格好をしている国なんて、世界を見渡してもあり得ない光景だよ(笑)。まるで惑星に来たような感覚になる。それは非常に新鮮で驚きだけど、ちょっと恐くもあるね(笑)。でもまだ知らないことも多いから、1ヶ月ぐらい日本で過ごしてみたいね。


ーー監督はこれまでアメリカ社会に蔓延る数々の問題を描いてきましたよね。実際にアメリカ社会はよくなっていると感じますか?


ムーア:影響は少なからずあったと思いたい。少なくとも、ほかの国々ではやり方が違っていて、学ぶべきことがたくさんあるということを何世代もの人に教えることができたかなとは思っているよ。いま、僕が作ってきた作品が、アメリカの学校で上映されていたりするんだ。何千人もの生徒たちが僕の作品を観ている。それは僕にとって非常に嬉しいことなんだ。アメリカ社会を見渡してみても、僕が提唱していた方向に動きつつあるかなと思っている。それこそ、イラク戦争反対なんて言っていたのは、当時は僕ただひとりだったわけだからね。その時に比べたらだいぶ変わったかな。僕はあると思っていたが、黒人が大統領になるなんて誰も予想していなかったわけだから。そういう意味では、アメリカ社会も少しはよくなっていると思うよ。ただ、まだまだやることはある。


ーー具体的にいうと?


ムーア:次のミッションはトランプを阻止することだ。アメリカの選挙権を持っている国民の80%は女性、有色人種、18歳から35歳の若者層だから、たぶんトランプは勝たないと思うけどね。僕は個人的にサンダースを支持しているが、彼が民主党の代表になるかはわからない。ただ、アメリカ国民全体をみてみると、トランプは阻止できるはずと思っているし、絶対に阻止しなければいけないんだ。(宮川翔)