非正規雇用やブラック企業に喘ぐ若者たちの中には、高度経済成長期やバブルを経験し、年金も支給される高齢者を羨ましく思う人もいるだろう。しかし、高齢者を取り巻く状況も決して豊かなものではない。
生活保護基準相当で暮らす、またはその恐れがある「下流老人」が現在、高齢者人口の約2割にあたる700万人もいるという。今の高齢者でその状況ならば、若者は将来いったいどうなるのだろうか。下流老人化を防ぐ手立てはないのだろうか。『下流老人』(朝日新書)の著者であり、NPO法人「ほっとプラス」(さいたま市)の代表理事である藤田孝典さんに話を聞いた。
大企業に勤務し年収800万円だった人も危ない
――まず、下流老人に陥ってしまう背景にはどういった問題があるのでしょうか。
一番大きい問題は年金の金額が十分ではないということです。現役時代の平均年収が400万円あった人でも、厚生年金は大体16万円位。奥さんの国民年金の6万円を合わせて、平均的なサラリーマン家庭は月22万円くらいで老後を暮らすことになります。ですが、住宅ローンの残りや家賃を払う、医療の負担、奥さんや親を介護施設に入れるとなった場合、預貯金や資産がないと心許ない。年収400万円世代であっても相当厳しいです。
――はじめて「下流老人」と聞くと、「元々生活が貧しかった人がそのままなってしまうのでは」と考える人も多いかと思うのですが、そうではないんですね。
そうですね。なので「下流老人」という言葉がインパクトを与えたと思うんです。相談に来る人の中には、現役時代の年収が800万円だった人や、1000万円近くあったという人もいます。1人2人といったレベルではありません。銀行員や、上場企業勤務、地方公務員、教員などの職に就いていた人も来ます。
経済の衰退とそれを補うセーフティネットの弱さも下流老人化の一因です。前は金利が5%~8%ついた時期もあって、退職金で1000万円を銀行に入れたとしたら50~80万円ついていた。また、頼りの子どもは非正規雇用になっていて、親を助けられない状況に陥っている。地域のつながりも薄くなっているので、「困っているなら野菜を持って行っていいよ」といった交流も都市部ではないですしね。
――著書『下流老人』の中では、「『一億総下流』の時代がやってくる」と指摘しています。やはり今の若者の下流老人化は避けられないのでしょうか。
今の高齢者は、高度経済成長やバブルといった経済が右肩上がりだった日本経済史上まれな時期を過ごしてきた。それでも約20%が貧困という状況です。単純な話、今の経済・社会保障のシステムが何にも変わらないのであれば、貧困率は当然上がるとしかいいようがありません。
今大企業に勤めている人であっても下流老人化は十分考えられます。企業は退職金などの福利厚生を削減しているし、国も年金の支給額を引き下げる方針だからです。また、今の高齢者はまだ家族が支えている部分がありますが、今は生涯未婚率も高く、男性でだいたい20%、女性で10%です。基本的に家族の世帯員が多い方が家賃や生活費のコストも低くなるので、夫婦2人分の年金が出ない層は生活しにくいですよね。
これまでの社会保障はどちらかというと企業、家族、地域に任せていて、国や政府の役割は少なくて済んだ。今こそ、社会保障や年金の制度を見直すべき時期にきているのではないでしょうか。
老後のリスクを減らすために「男性一人の稼ぎ手モデル」からの脱却が必要
――このままでは若者が下流老人化してしまうということですが、何か自分でできる防衛策はあるのでしょうか。
若者が出来ることとしては、自分の労働価値を高めることですね。原則的には資格を取る、研修を受けるということでしょうか。資格を活かせば、収入を多元化する道筋もつけられる。企業の倒産のリスクにも備えられますし、転職の際に「あなたは何の資格を持っていますか」って必ず聞かれますからね。収入の入り口を増やしておくことは、今の若い人にとってとても重要なことだと思っています。
また、少しでも老後のリスクを減らすのであれば、夫婦2人とも厚生年金という状況を作り出さないといけません。男性一人の稼ぎ手モデルからの脱却です。昔は、家族の大黒柱は一本で十分でしたが、今はそれが揺らいだり、細くなっていて簡単に折れてしまいます。
女性の場合は、一度職を辞めて出産後に働き始めようとするとマミートラックに阻まれてパートやアルバイトしか出来ない状況です。働き続けることが重要なので、就労しながら育児や介護も出来るようなシステムを企業にも求めていく必要がありますね。
――下流老人化を防ぐために把握していた方が良いことや、知っておくべき社会保障制度などはあるのでしょうか。
老後にかかるお金は家庭によってバラバラです。親や奥さんを有料介護老人ホームに入れるとしたら、5000万円あっても10年持たないかもしれない。老後にかかるお金のシミュレーションをしておくことは必要ですね。
社会保障制度については、要介護状態になったときに関わってくる介護保険制度と、高額療養費助成制度ですね。病気が重くなると医療費も高くなりますが、高額療養費助成制度を知らない場合、手術で月200~300万円請求されるということもある。ですが、申請すれば、数万~数十万円で済むこともあります。
あとは、とことん困ったら生活保護を申請することになると思うのですが、こういった社会保障制度は全部基本的に申請主義なんです。申請をしなかったら助けを求めていないとイコールに見なされてしまう。申請をして、「助けてくれ」と言える力、「受援力」を高めておくことも大切ですね。
――下流老人化を防ぐために国がすべきことは何でしょうか。
家計の生活費を援助する必要がありますが、今の財政状況を見ると年金を上げるというのは相当厳しい。なので、今の若い世代に対しては、子どもの教育費を国が負担することですね。今は老後の資金が教育費に流れてしまっているという状況ですから。
あとは、住宅費の負担軽減策です。例えば、手取りが16万円の場合、「家賃をなくしましょう」と言われたら大分助かりますよね。たとえば、フランスでは手取りが16万円だったら家賃補助制度を入れたり、公営住宅や社会住宅に優先的に入れてくれたりするので、0~2万円の価格で家に住むことが出来る。16万円でも暮らせるシステムになっています。
今、日本の全住宅における公営住宅や公社、URなどの社会住宅の割合は5.3%。フランスは20%位あるし、先進諸国であればどこも10%近く用意しています。日本も20%位あっていいと思いますし、これだけ貧困が拡大しているので足りないかもしれません。昔のように大規模に公営住宅を作る時代ではないですから、自治体が空き家を活用するなどして増やすべきではないでしょうか。
いずれにしても、日本は若い人にも、年金を受給している高齢者にも、住宅政策はないし、教育費も自己負担。こういう国はOECDの先進国にありません。みんなが暮らしにくいと感じるのは当たり前です。教育費と住宅費さえ国がもう少し負担してあげれば、みんなの生活が良くなると思います。
今夏の参院選は若者の社会保障政策が進むかどうかの「試金石」
―――『下流老人』の出版から約1年が経ちますが、何か社会保障で変わった点はありましたか。
「一億総活躍社会」というフレーズが登場し、高齢者の雇用政策が打ち出されたのと、低所得の年金受給者に対して緊急的に3万円配ろうという政策でしょうか。若い世代への政策はあまり変化がないですね。「保育園落ちた」問題以降は保育園増設や保育士の賃金の話題も出ていますが……基本的に若者に対する政策って日本の弱点なんです。労働していることが前提で、「社会保障必要ないでしょ」って考えられてしまっているんですね。
――若い人も社会保障の対象に入れて分配していくのであれば、たとえばベーシックインカムの制度はどうでしょうか。
ベーシックインカムは制度導入の仕方が問題です。フィンランドのように議論されている国というのは、すでに住宅や教育政策が整っていてお金がかからなくても暮らせるような社会になっている。
日本の場合、そういった資源が用意されていないですから。いきなり7、8万円渡しても暮らしにくい状況は変わらないと思います。また、障害者や高齢者といった介護医療などの福祉サービスのニーズが高い人がそれを現金で購入しないといけないということになれば、弱い立場にある人ほど恩恵は受けにくい。生活インフラの配分状況が十分でない中でお金だけ配っても今と一緒ですよ。
――近著『貧困世代』では、若者が声をあげることの重要性についても触れられています。今夏の参院選から18歳も投票出来ますが、今回の選挙は若者に対する社会保障政策の転換点になるでしょうか。
18歳から20歳の人がどれだけ選挙に行くのかということは、最初の選挙ということもあって政治家は注目しているでしょう。マスコミも取り上げていますし、これで投票率が低かったら政策気運は萎えてしまいますよね。
暮らしにくさというのは政治で変えられます。例えば、低賃金の問題は、正規雇用を増やしたり、最低賃金をあげたりと下から底上げをしたり、賃金が低い分を補う施策を打てばいい。そういった政策がないっていうだけの話なんです。今回の選挙が若者政策が進むか否かの試金石になることは確かです。誰に投票してもいいですが、政治ってなんだろうと関心を持ってもらう必要があると思いますね。
【藤田孝典さん プロフィール】 NPO法人「ほっとプラス」代表理事。埼玉県を中心に、生活困窮者の支援活動に13年間携わる。高齢者の貧困の実態を記した『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』(朝日新書)は20万部を突破するベストセラーに。近著に『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』(講談社現代新書)。
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