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「誰でもアイドル時代」守る機能が不十分、SNSで勘違いも惹起…境真良氏が指摘

2016年05月23日 18:42  弁護士ドットコム

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東京都小金井市のライブハウス付近で、イベントに出演予定だった冨田真由さん(20)が男に胸や首などを刃物で刺された事件。冨田さんは容疑者から、執拗な書き込みを受けていたため、アイドルとファンの関係性が改めて問われている。


【関連記事:アイドル刺傷事件「警察が迅速に動けるための改革が急務」悲劇を防ぐためには?】



あるアイドルファンの男性は、今回の事件を受けて「アイドルとオタクの距離が健全でないところがあるのも事実です」と話す。「『接触』(握手会やチェキ会、サイン会など)で、10代のアイドルがファンに抱きついたりしながら、過激なチェキを撮らせたりしているのが日常茶飯事です」(アイドルファンの男性)



「ももいろクローバーZ」のファンで、アイドルにくわしい国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員の境真良氏は今回の事件をどうみたのか。「ハロー!プロジェクト」を中心に評論活動をしているライターのロベルト麻生氏の見解とともに紹介したい。



●境氏「声優でもミス・キャンパスでも起こり得る」


今回はさまざまな観点から見て、起きるべくして起きた部分があると思います。



アイドル(あるいはスター)とファンの関係はすくなからず、擬似友人、あるいは擬似恋愛の要素があります。したがって、自分とファンが特別な一対一の関係だと勘違いをもってしまう人を根絶することはできません。



こうした擬似恋愛をめぐっては、かつて、銀幕やテレビの向こう側にいたスターやアイドルの場合もありましたが、芸能事務所がしっかりとブロックしていました。システムによる管理が行き届いていたといってよいでしょう。それでも以前から事件は起きているわけですが・・・。



しかし、ゼロ年代を超えて、大きな環境変化がこの管理を大きく揺るがせました。マスメディアからネットメディアに環境が変わるにつれて、アイドルは、CDを売るにしてもレコード会社を通す必要がなく、動画についてもYouTubeやニコニコ動画を使えばよくなった。



旧い仕組みはある意味しっかりしていましたが、それはアイドル志望者を選別する装置でもあり、歪みも持っています。誰もがアイドルと自称できるし、アイドルたろうとすることができる環境の中で、かつてのように、十分に強い事務所もなく、マネージャーがついて送り迎えをすることもなく、それでもアイドルになりたくて挑戦する人達が出ることは、止めようがありません。そうして、露出、握手会の回数は増えつづけ、『接触』の場所は日常空間と変わらなくなり、勘違いは生み出されやすくなります。



私が好きな『ももクロ』のようにメジャーなアイドル・歌手は、事務所によって防御されていますが、メジャーじゃない人は防御されていません。したがって、アイドルだから起きたわけではなくて、声優でも、ミス・キャンパスでも、メイドカフェのメイドさんだって同種のことは起き得たと思うのです。



ですから、これは、人気者になろうとする人と、それを支えるシステムのバランスが変わった中で、アイドルを守るシステムが十分機能し得ない状況になったことで起きやすくなった問題だと思います。



そういう中で、防御策として、アイドル本人はファンと自分の間にきちんと一線を引くことだけは気をつけてほしい。「自分はファンと対話しているのであって、あなた個人と話しているわけでない」という意識を適切に出してほしいです。



そして、もうひとつ見逃すことができない問題があります。それはSNSの登場でしょう。SNSによって、私たちは一対一じゃないにもかかわらず、一対一のような関係にみえる、そういう関係があると勘違いを惹起しやすくなっています。



今回の容疑者については、心理学者等の専門家による分析をお願いしたいところですが、報道されていることを見る限り、私は『自己愛が強すぎる』と思いました。今回の容疑者は、アイドルの消費の仕方がきわめて未熟だった、と強く思います。



素人考えではありますが、インターネットは、自分に都合の良い方向に情報を集めるツールです。今回も、容疑者は自分を甘やかすことを已められなかったのではないかと推測しますが、責任をすべてインターネットという技術環境に押し付けるのではなくて、原因は現代の教育や人間関係など、社会における個人のあり方に関する複合的な意識そのものに求めていく必要があろうかと思います。



今回の事件、冨田さんのファンは彼女を守り切れなかった喪失感などもあるのではないかと思います。冨田さんのことは存じ上げませんでしたが、そのファンの辛さは想像に難くない。



これがアイドルというあり方そのものの批判に繋がることを私は危惧します。業界も所属タレントを守る責務についてもう一度考えていただきたい。そして、何より、アイドルのファンとして守るべき矜持というものを、ファンコミュニティ自身がきちんと打ち出していくきっかけになればと思います」



●ロベルト麻生氏「ガチ恋ヲタはファンの中ではほんの一部」


「正確にいうと、冨田さんはアイドルでなくて、元アイドルのシンガー・ソングライターです。ただ、やはり可愛らしいルックスだし、アイドル的な側面があったのだろうと思います。



売出し中のシンガー・ソングライターの場合、ライブ後に客と話したり、CDを手売りしたりするので、握手会を開催するようなアイドル同様にファンとの距離はとても近いです。彼女はアイドル的な魅力があるから、恋愛感情を抱くファンがいても不思議ではありません。勝手に勘違いして暴走したファンが今回のような凶行に及んだと考えます。



報道では、彼女のアイドル的な側面と、容疑者のドルヲタ(アイドルオタク)的な面が強調されていますが、アイドルに限らず、芸能人やスポーツ選手に偏執狂的なファンが付いて、ストーカー化するのは決して珍しいことではありません。先日も、福山雅治さんの家にファンが侵入して騒動になりました。



防御策としては、イベント時に警備を置いたり、危険人物を出禁にするなどの対応が考えられます。



また今回は、プレゼントとしてもらった時計などを容疑者に送り返したことが逆恨みされるきっかけとなったとされています。トラブルを避けるためには、プレゼントを受け取るとき、スタッフを介して受け取ったり、高価なものは受け取らずすぐに返送する、といった対応もできます。大手事務所に所属するアイドルは大抵こうしたことをやっています。



ただ、それでも100%自衛するのは難しい。冨田さんのように所属する事務所が小さかったり、フリーのアイドルでは無理でしょう。やはり、少しでも危険な様子をみせるファンがいたら、警察に相談して、早めに対処する必要があります。



特に、偏執狂的で危険なファンは、ネットに自分の妄想を書きなぐる傾向があります。今回もそれをもとに警察が対応するべきだったけど、結果として放置状態になり、こういうことになってしまったのは、とても残念です。



ちなみに、アイドルファンの間では、アイドルに恋愛感情を抱いて、本気で付き合おうとする人のことを『ガチ恋ヲタ』といいます。今回の容疑者もツイッターで、冨田さんのことを飲みに誘っているので、完全に『ガチ恋ヲタ』でしょう。



地下アイドルはファンとの距離が近いので、特に『ガチ恋ヲタ』が多い。冨田さんも、小さなライブハウスでの活動が多かったようなので、『地下アイドル的』でした。『ガチ恋ヲタ』がいるのも不思議ではありません。



ただ、『ガチ恋ヲタ』はアイドルファンの中ではほんの一部です。はたから見ると異様なアイドルヲタですが、その多くは良識をもって楽しんでいます」


(弁護士ドットコムニュース)