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小野島大の『ランバート・アンド・スタンプ』評:ザ・フーの夢、名物マネージャーたちの夢

2016年05月21日 10:11  リアルサウンド

リアルサウンド

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 ザ・フー初期の名物マネージャーとして知られるクリス・スタンプとキット・ランバートを巡るドキュメンタリーである。ミュージシャンやバンドを主人公とした映像作は、近年になって秀逸な作品が次々と登場しているが、裏方、それもマネージャーにスポットライトを当てた作品は珍しい。同じポップ・ミュージックであっても量産型のヒット・ソングと違い、ロックのようにアーティストの自我や自発性や内面性を重視するタイプの音楽は、必然的にアーティストの言動や心理のみが注目されることが多いからだ。だが『ランバート・アンド・スタンプ』は、この2人のマネージャーがザ・フーの活動に於いて果たした役割がいかに大きかったか、『トミー』などの名作群の制作にあたって彼らのアドバイスがいかに影響を与えたかを、とことん描き尽くしている。クリス・スタンプ、ピート・タウンゼンド、ロジャー・ダルトリーなど関係者が登場し証言する。


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 アーティストの思い描いたヴィジョンを実現に向けてサポートするのもマネージャーの役割。一方で、自らアーティストの活動のヴィジョンや指針を考え、アーティストの尻を叩いて実現させるプロデューサー・タイプのマネージャーもいる。実際に作品を作り演奏するのはアーティストであっても、そのヒントやきっかけとなる重要なアドバイスを与えるのはマネージャーだったりするのだ。ランバートとスタンプは、どちらかといえば後者のタイプだったのかもしれない。それというのも、2人は共に映画業界の出身で、英国のポップ・グループをスターダムにのし上げ、自らその過程をフィルムに収めて映画作品に仕上げて、再び映画業界に殴り込もうという野望を持っていたからだ。そこで目をつけたのが当時まだ無名だったザ・フー(当時はザ・ハイ・ナンバーズ)だったというわけである。


 だからザ・フーは同時代のバンドと比べても、際だって残されている映像が多い。この映画でもそうした貴重映像が惜しげもなく使われている。同時代のバンドの映像はほとんどがTV出演時のものだが、ザ・フーはライヴやレコーディング風景、オフショットなども多く、またかなり初期の段階でプロモーション・フィルムを作ったことも知られている。映画に造詣の深い2人がマネージャーだったからと考えるのが自然だろう。もちろんザ・フーを主役にした映画のための素材作りという面もあったはず。


 ランバートとスタンプはザ・フーと契約するさい1人週給20ポンドという破格の条件を提示したという。これは2人が映画業界出身で音楽業界には無知だったことがあるかもしれない。そのためにスタンプは自分のアルバイト(?)の給料を注ぎ込んだとか、ランバートは著名なクラシック指揮者を父に持つ上流階級の出身で、そうした破格の給料を払う金銭的余裕があったとか、そういうエピソードも映画では語られている。


 メンバー間の個性が強すぎて対立が絶えず、その調整で苦労した話。そして何より、初期プロデューサーのシェル・タルミーと決別して、もっとも初期のミュージシャン主導のインディ・レーベルであるを設立し、ザ・フーのリリースのほかジミ・ヘンドリックスなどを発掘したのは、ランバート&クリスの大きな功績だろう。


 クリス・スタンプはバンドのマネージメント全体を統括し、家庭環境もあり音楽に造詣が深かったキット・ランバートは、ソングライターであるピート・タウンゼンドの音楽的アドバイザーとしてさまざまなヒントを与えていたようで、ピートもその影響を認めている。『ア・クイック・ワン』『トミー』など、一連のロック・オペラ作品もランバートのクラシックの素養なくしては実現しなかっただろう。ザ・フーが数ある小粒なロック・グループから、ビートルズやローリング・ストーンズと並ぶトップバンドとなるきっかけとなった『トミー』を巡るエピソードは、この映画でも数多く語られるが、この畢生の大作を巡ってピートとランバートが対立し、最終的に決別に繋がってしまうとはなんとも皮肉だ。映画はそこを境に暗転し、ランバートのドラッグ渦などさまざまな問題が噴出し、結局2人は74年に解雇されてしまう(この時のピートの心境はアルバム『バイ・ナンバーズ』に描かれている)。


 ザ・フーはそのキャリアの中で『トミー』『四重人格』『ザ・キッズ・アー・オールライト』と3本の映画を作っている。これは間違いなくランバート&スタンプが彼らに植え付けた映画の素養あってのことだろうが、そのいずれにもランバート&スタンプの名がないのはなんとも寂しい。結局彼らが思い描いたザ・フーのサクセス・ストーリーを描く映画は作られることなく(強いて言えば、『ザ・キッズ・アー・オールライト』がそれに近いが)キット・ランバートは81年に、そしてクリス・スタンプもこの『ランバート・アンド・スタンプ』の完成を待たずに2012年にこの世を去る。78年のキース・ムーンの急死に続くかっての盟友キッド・ランパートの死に、「何をすればいいのかわからなくなった。これでバンドは<古き良き時代>に逆戻りだ」とピートは直感したという。キースの後釜のドラムにケニー・ジョーンズを迎え細々と活動を続けていたザ・フーが解散するのは、ランバートの死の3年後のことである。


 映画の最後には、2008年にケネディ・センター名誉賞を受賞したザ・フーの2人(ロジャーとピート)と、クリス・スタンプが久しぶりに再会するシーンがある。すっかり白髪の老人になったスタンプを恩讐を超え優しく迎えるロジャーとピートの笑顔が印象的だ。スタンプによれば、ピートはその時こう言ったという。 


 「ザ・フーの伝えたかったことはちゃんと昔のファンに伝わっている。今の裕福なファンのために今さら曲を書く必要があるかい?」


 ピートは自分のことを書くのではなく、君たち、つまりオーディエンスのことを書いた『トミー』で真に現代の最重要ソングライターとなり、生涯「若者」を描き続けた。


 そしてキット・ランバートやクリス・スタンプには、そんなザ・フーの世界を作り上げるにあたって、単なるマネージャーとアーティストの関係を超えた絆があった。それはザ・フーの夢こそがランバート&スタンプの夢だったからだ。その夢は未だに続いているし、その過程こそが彼らが作りえなかった「ザ・フーの映画」そのものなのである。


 なお本作鑑賞にあたっては、ザ・フーの秀逸なドキュメンタリーDVD『アメイジング・ジャーニー:ザ・ストーリー・オブ・ザ・フー』を併せてご覧になると、いっそう理解が深まると思われるのでぜひ。(小野島大)