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イジメっ子役のスペシャリスト、伊藤沙莉の恐るべき演技力ーー『おこだわり』での暴走キャラを読み解く

2016年05月20日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』製作委員会

 テレビ東京の金曜深夜(0:52~)に放送されている『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』で、女優・伊藤沙莉(いとうさいり)の大暴走ぶりが、かなり面白いことになっている。


参考:『不機嫌な果実』高梨臨はどこまで墜ち切る? 背徳のラブシーンで見せる女優としての真価


 漫画家・清野とおるのコミック『その「おこだわり」、俺にもくれよ!!』を題材にした本作は、伊藤と女優・松岡茉優が本人役として出演するフェイクドキュメンタリードラマ。人には理解されない“おこだわり”を持つ人を取材していく架空のバラエティ番組を、松岡がMC、伊藤がカメラをそれぞれ担当し、番組を作っていく過程や2人の考え方の違い、不満などをリアリティのある描写で映し出していく。視聴者からの好感度を気にしながらも真面目に仕事をこなす松岡に対し、伊藤は天真爛漫な物言いや行動で番組の予定調和をぶっ壊し、同時に松岡の真面目キャラも壊しにかかる悪魔のような存在を演じている。どこまでが演出でアドリブか分からない中で、あまりにも自然で面白い演技をする伊藤沙莉という女優から目が離せない。


 伊藤沙莉は、一見かわいらしい女の子なのに、映像で見ると小柄でハスキーボイスがとても渋く、少しおばちゃんくさい動きやリアクションにインパクトがある(それが逆にかわいいのだが)。実は子役の時代からはまり役のイジメっ子として数々のドラマに出演してきた実力派で、2005年の『女王の教室』以降はドラマに引っ張りだこという状況だ。伊藤の演じるイジメっ子役は、深い闇を抱えているのではなく、調子の良い女の子がノリでイジメているという感じで、そこに子供ならではの無垢な悪意というリアリティを感じる。『女王の教室』ではクラスメイトの志田未来を、2014年『GTO』では川口春奈や小芝風花を、2016年『怪盗 山猫』では広瀬すずの顔にカッターをチラつかせこれでもかとイジメたおす。『おこだわり』でも、相方の松岡を天然な振る舞いで精神的にジワジワと追い詰めていく(ように見える)。振り返ると、今活躍している若手女優たちは伊藤にイジメられて成長したと言っても過言ではない。


 もちろんイジメ役以外でもその演技力は目を見張るものがある。今や伝説となっているドラマデビュー作『14ヶ月~妻が子供に還っていく~』(よみうりテレビ)では、若返りの薬を飲んで子供になった大人役を務め、当時9歳であるにも関わらず、頭脳は大人、体は子供という難しい設定を見事に演じきってみせた。特に医者役として出演している石黒賢とのやりとりは秀逸で、ハスキーボイスを活かしながら大人びた口調を難なくこなし、普通ならそのアンバランスさに笑ってしまうようなシチュエーションを、大人同士が会話するシーンとして成立させている。このトンデモ設定のドラマを成立させた名バイプレイヤーぶりに「この無名の子役はいったい誰なんだ!」とその演技の話題でもちきりとなった。


 2015年の『TRANSIT GIRLS』で連ドラ初主演。「連続ドラマ史上初の“ガールズラブ”をメインテーマにしたラブストーリー」というのが謳い文句のこのドラマは、ひとつ屋根の下で義姉妹となった2人が、反発し合いながらも恋愛関係になっていく禁断の物語。それまで活発な役が多かった伊藤だが、義理の妹役として受けに回る演技を披露し、戸惑いながらもキスをしたり、風呂場やベッドで抱き合ったりと、いままでにない伊藤の一面が垣間見えた。


 しかし、ようやく乙女チックな役を演じたかと思いきや、2015年のドラマ『REPLAY & DESTROY』(TBS系)では顔芸や体を張ったギャグを体当たりで演じ、主演である山田孝之のキャラの濃さに引けを取らなかった。さらに、同年の『るみちゃんの事象』(TBS系)では、涼子先輩というやさぐれた見た目で3浪中の恋多き女を演じる。恋愛の極意として「ガムちょうらぁ~い」と舌を出しながらアピールする姿は、さながら場末のスナックのママを思わせた。この捉えどころのなさ、変幻自在さは、業界の中でも頭ひとつ抜けているのではないだろうか。


 そして『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』。このドラマ内の“伊藤沙莉”役を演じる中で「虚像ばかり見せても仕方ない」と言い放ち自由に動き回る伊藤は、恋愛観を赤裸々に告白し、ゲストの漫画家が好きになればカラオケ屋でキスをしたり、朝帰り状態で収録に遅れたりとやりたい放題。かつてないほどの破天荒ぶりを見せている。嘘の芝居をしないためにそれぞれ趣味などをリサーチした上で脚本を作ったり、本番前からカメラを回していたりと、フィクションではない本音を捉えた部分もドラマ内にはあるという。松江監督曰く「自由奔放に場をどんどん壊していく感じは、『元気が出るテレビ』の高田純次さんをイメージしました」とのこと。かつて天才子役と呼ばれた女優が、高田純次の域に達してしまった演技の振り幅に思わず笑ってしまう。


 よく演技派と呼ばれる役者は、ストイックに打ち込むが故にある種の“陰湿さ”がジワジワと漂うが、伊藤沙莉はそれを感じさせない。どこまでも自然で嫌味がなく、まさしく演技派と言うべき末恐ろしい役者だと思う。『おこだわり』第6話までは空気を読まない自己中心的なキャラ演じてきたが、今夜放送される第7話からは物語が一変し、伊藤の役柄もガラリと変化するらしい。さらなる新境地に期待せずにはいられない。(本 手)