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『追撃者』マイケル・ダグラスはなぜ史上“最凶”なのか? 狂気に満ちた怪演に迫る

2016年05月19日 18:31  リアルサウンド

リアルサウンド

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 広大な砂漠の真ん中に鳴り響いた一発の銃声。絶滅危惧種として知られる野生動物“バックホーン”狩りにやってきた大富豪マデックが撃った弾は、一人の探鉱者の身体を貫いた……名優マイケル・ダグラスの新作『追撃者』は、そんなシチュエーションから始まるサスペンス。


参考:シェイクスピア作品は“娯楽映画”の原点ーー現代的アプローチで描く『マクベス』の特徴


 監督のジャン=バティスト・レオネッティは、人肉食品工場を舞台にした近未来SF『カレ・ブラン』を手がけ、独特の映像センスと、タブー視されているテーマに勇猛果敢に挑む独自のセンスの持ち主として、一躍注目を浴びた鬼才の一人だ。


 全ての物事をビジネスとしてとらえ、なんでも「金」で解決できると信じている大富豪マデック(マイケル・ダグラス)と、砂漠地帯のトレッキング・ガイドの青年ベン(『戦火の馬』のジェレミー・アーヴァイン)との鬼気迫るやりとりを描いた本作のテーマは、人間の“道徳観”である。マイケル・ダグラスがこれまでに演じてきた役柄ーーオスカーを獲得した『ウォール街』や、『フォーリング・ダウン』といった作品で演じた“悪事に手を染めてしまう”キャラクターと、本作で演じた身勝手な大富豪とは、人間性の本質的な部分が違う。


 『ウォール街』でダグラスが演じたゲッコーは“金儲け”という誘惑に負けた男であり、『フォーリング・ダウン』のサラリーマン役は、日頃の過剰なストレスに苛まれ、遂にキレてしまった不幸な男だ。両者とも根本的な部分では、常人的な道徳観を持っている。しかし、『追撃者』のマデックのそれは、根本的に狂っている。マイケル・ダグラス史上“最凶”と呼ばれる所以はそこにある。


 誤射とはいえ、事故を報告しようとするガイドの青年ベンを金で買収し、証拠を隠滅させようとするマデックと、正義感のあるベンとの衝突が、究極のサバイバル・サスペンスへと急展開させる。これまで“金”で全てを解決させ、ビジネスを成功させてきた大富豪マデックが、唯一コントロールできない真面目な青年ベン。そんな彼に対するマデックの選択は、正に狂気だ。


 灼熱の砂漠で服を脱がされ、下着一枚で彷徨うように指示されたベンを、高性能ライフルで狙う事で始まったマデックの“人間狩り”は、徐々に狡猾な本性を現しはじめる。マデックに対し、一枚上手であったベンのサバイバル能力の末に、衝撃的なクライマックスを迎える。


 原作は、50年代~60年代にかけて、ギミックの王様として名高いウィリアム・キャッスル監督のB級ホラー映画の脚本を数多く手がけた事で知られた、ロブ・ホワイトの名著「マデックの罠」。日本でもティーン向けのミステリー小説として出版され、知る人ぞ知る作品として知られている隠れた名作であり、実は過去に一度アメリカのテレビ映画『Savages』として、74年にすでに映像化されている。


 そのテレビ版で、狂気の大富豪マデックを演じたのが、子役時代のロン・ハワードと共演したシットコム『メイベリー110番』で全米のお茶の間の人気者だった、アンディ・グリフィス。かつて「アメリカの良心」とまで言われたグリフィスが、狡猾な大富豪を演じる皮肉さが、人間の道徳観の危うさを見事に表現している。そして本作では、現在「国連平和メッセンジャー」として活躍しているマイケル・ダグラスが、その役どころを引き継いでいるというのも興味深い。


 原作では、ベンの“道徳観”を強調した意外な結末を迎えるが、『追撃者』として蘇った本作でのマデックとベンの死闘の末に迎えるクライマックスは、テレビ版とも原作とも全く違う。 名優マイケル・ダグラスの怪演と、フランスが産んだ鬼才ジャン=バティスト・レオネッティ監督の描く狂気の世界観が相乗効果を産み、極上のスリラーとして見事に再生したのだ。(鶴巻忠弘)