近年、MotoGPで開発競争が激しくなっているウイングレット。Moto2クラス、Moto3クラスでは今季から使用が禁止されることになったが、最高峰のMotoGPクラスでは使用が許可され続けることになり、英AUTOSPORTのミッチェル・アダムは、この流れに警鐘を鳴らしている。
近年のMotoGPでは、ウイリーする回数を減らすために『ウイングレット』が流行し始めている。昨年からドゥカティがウイングレットを投入し始め、シリーズの後半にはヤマハのYZR-M1でもその姿が見られた。そして、今季のプレシーズンテストではホンダもウイングレットを投入。スズキ、アプリリアも第5戦フランスGPから投入し、今では参戦する全てのメーカーがウイングレットを使用している。
■ウイングレットに対するライダー達の意見
ドゥカティは複数枚のウイングを付けたタイプを投入するなど開発競争も加速しているが、一方ではさまざまな議論を巻き起こしている。
LCRホンダのカル・クラッチローは安全上の観点から懸念を示す発言を行っている。
「僕の中でも意見が分かれているんだ。もしウイングレットが正常に機能するなら、僕たちには必要なデバイスだからだ」とクラッチロー。
「ただ、もしウイングレットが誰かの足に当たり、怪我をさせてしまったらどうだろう? 怪我をさせる前にパーツが壊れると言う人もいるが、必ず壊れるという保証はどこにもないんだ」
「去年(のマレーシアGPで)、アンドレア・ドビジオーゾと軽く接触した際、ウイングが当たったのか、ハンドルレバーが当たったのか確証が持てず、車載カメラでも判別できなかった。これもウイングレットを信頼できない理由のひとつだ」
「ウイングレットが革新的で、レギュレーションでも問題ないデバイスであることは間違いない。僕が危惧しているのは、これが誰かの足を引き裂いたり、もっと悪い事態を起こすのではないかということだ」
またクラッチローは、このデバイスが生み出す“突発的な”タービュランスについても触れている。この現象は昨年のフィリップ・アイランドで発生したもので、タービュランスに巻き込まれたレプソル・ホンダのダニ・ペドロサは「6速ギヤで走行中にコントロールを失いかけた」と表現した。
そのペドロサは、クラッチローの意見を支持しつつも、「タービュランスを生み出すのは事実だ」と述べている。
「相手の真後ろにつくか、抜こうとするタイミングでマシンのフロントがコースと接地しなくなり、コントロールを失うんだ。フロントが振動するんだよ」
これらの意見は決して最近のものではなく、クラッチローがウイングレットを試すよりも前に、モンスター・ヤマハ・テック3のブラッドリー・スミスが同様の懸念を示していた。
「僕は去年から、ウイングレットの安全性について問題があると言っている。ただ、最初はどのライダーもまともに取り扱わなかったけどね。彼らがようやく、僕の意見が正しかったことに気づき始めた」
「(タービュランスに巻き込まれると)バイクは間違いなく振動する。大抵、ブレーキングして、速度が一定まで落ちると振動が起きるんだ。ブレーキングポイントでマシンが振動するなんて、歓迎できる現象ではないよね」
ウイングレットが装着されることで、流麗な外観を失う上、ショーとしての魅力も失う可能性も含んでいる。4輪カテゴリーでは、空力パーツが発生させる“ダーティエアー(乱気流)”によって、オーバーテイクをするために十分な距離まで近づくことが難しくなっており、MotoGPでも同じ状況に追い込まれる可能性がある。
また、オーバーテイクが難しくなるだけでなく、レースが台無しになる可能性もある。ドイツツーリングカー選手権(DTM)のあるドライバーは昨年、ほかのマシンにほんの少し触れる程度の接触をしただけで、マシンバランスが崩れ、レースが終わってしまったとコメントしている。
「接触した感覚すらなかった。それくらい軽い接触だったんだ。それでもフロントディフューザーが壊れてしまい、レースを戦うことができなくなった」
「本当に奇妙な出来事だよ。誰にもぶつかっていないと感じているのに、実際には接触していたんだからね」
ウイングレット導入の初期段階から、ここまでの事例が発生するとは考えていないものの、DTMでも、まずはほんの小さな空力デバイスから導入された。そして、現在はマシンの開発が凍結あるいは制限されているため、エアロダイナミクスが競争の最前線となっている状況だ。
マニュファクチャラーたちは、ほんのわずかなアドバンテージを得るために大金をつぎ込んで開発を行っており、MotoGPでも同じことが起こるだろう。そして、時が経つに連れ、装着されるウイングの枚数が増えていくことになる。
もちろん、ウイングレットが高いパフォーマンスを秘めていることは間違いない。エンジンパワーで劣るドゥカティのデスモセディチGPがカタールであれだけのリードを築くことができたのだから。各メーカーもこの分野への投資を望んでおり、ルールが改定されるまでは彼らにもその権利が残されている。
今年、MotoGPにもたされた大きな変化はマニエッティ・マレリ製の共通ECUが導入されたことだ。これにより、各メーカーが大量の資金を投入していた開発競争に終止符が打たれた。
このようにレギュレーションでコストを厳しくコントロールすることができれば、空力開発を解禁しても問題ないのではと考える人もいるだろう。
しかし、風洞実験に関して厳しい制限が課されているF1でさえ、毎戦大量の新エアロパーツが登場しているのが現実だ。競争の激しい世界では、資金力は知識力と同義であり、それは結果とも直結しているのだ。
このような意見に対し、マニュファクチャラーたちは反対する立場を取っている。例えばドゥカティは、16年型マシンはウイングレット装着を前提に開発しており、これを失うことで不利益を被るとしている。
MotoGPはF1が40年前に犯した過ちを繰り返さないようにするべきだ。2008年のF1マシンのような見苦しいレーシングマシンが誕生することは避けねばならない。