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SALUが抱く、音楽シーンへの問題意識とその表現「売れることは大切だけど、全部を“仕方ない”で済ませたくない」

2016年05月14日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

SALU

 SALUの3rdアルバム『Good Morning』が、4月20日のリリース以来、その高い完成度とコンセプチュアルな内容で、日本語ラップシーンはもとより幅広い音楽シーンで熱い注目を集めている。自らトータル・プロデュースを手掛けた本作には、Salyu、tofubeats、水曜日のカンパネラ・kenmochi Hidefumi、スチャダラパー・SHINCO、中島美嘉など、SALUがリスペクトする数多くのゲスト・ミュージシャンが参加。全編を通して心地よいサウンド・メイキングが施された明るい色調のアルバムながら、多様な音楽的アプローチとひねりの効いたメッセージで音楽シーンに一石を投じる本作は、どのように生み出されたのか。全収録曲についてじっくりと掘り下げ、その背景にあるSALUの問題意識や音楽観、表現論に迫った。(編集部)


(参考:SMAPの新作は“実力派ミュージシャンの戦場”? 川谷絵音(ゲス乙女)、SALUなどの起用曲を分析


・この世の中は“これで良い”だけがまかり通っていると、いつか大変なことになる


――SALUさん自身がトータル・プロデュースを手がけた今作『Good Morning』は、よりポップさを増しながらもエッジが効いていて、非常に完成度の高い作品だと感じました。


SALU:ありがとうございます。今回は、まず明るいトーンのアルバムにしたいと考えていました。それでいて、誰にでも手に取って聴いてもらえるようなシンプルさがありながら、ちゃんと深みのあるものにしようと。加えて、なるべく多くのアーティストと一緒に音楽を制作することを心がけています。


――たしかに今作はフィーチャリングやコラボレーションが目立ちますね。1曲目の「All I Want feat. Salyu」は、SALUさんの盟友・Estra (Ohld)さんのトラックの上で、シンガーのSalyuさんと一緒に歌っています。


SALU:今回のアルバムの中で1番最初に出来た楽曲で、僕にとってすごく大事なものです。Salyuさんとは以前から一緒に音楽をやってみたいと考えていたんですけれど、なかなかお願いできるような曲が作れなくて。でも今回、曲の大枠ができたときに、これは絶対にSalyuさんに歌ってもらいたいと思えるものだったので、満を持してオファーしました。実際に歌っていただいたら、僕とEstraが欲しかったもの以上の素晴らしい歌を提供してくださって。この曲ができるまでに1年半くらいかかったんですけれど、その後の制作はスムーズにいきました。アルバムのタイトル『Good Morning』にも通じる“目覚め”をイメージした楽曲で、ここから本格的に制作が始まったんです。


――2曲目の「Tomorrowland」では、いまもっとも勢いのあるトラックメイカーのひとり、tofubeatsさんと組んでいます。彼ならではの都会的なトラックと、メッセージ性の強いリリックの組み合わせが新鮮な一曲です。


SALU:この曲は、tofuくんに好きに作って欲しいとオファーしたんです。上がってきたトラックの原型を聴いたら、すごくポップでキャッチーな方向に振り切ってくれているなって。じゃあトピックも分かりやすいものがいいなと、夢として抱いている世界に踏み込むことを躊躇している人のことを書きました。自分自身もそうだったんですけれど、こういう人間になりたいと思い抱いていても、一歩を踏み出すのはなかなかできないので、そこを後押しできればと。楽曲自体はすごくラップが乗せやすかった印象ですね。どんなビートでも乗せることはできるのですが、tofuくんのトラックは特にビートがはっきりしていてリズムを取りやすかったです。


――基本的にトラックができてから、それに合わせてラップを書くスタイルですか?


SALU:いえ、その時々によって違います。次の「ハローダーリン」は、まず別のビートに乗せてリリックとフロウを作って、その後、SUIさんとtake-cさんにトラックを依頼しました。ほかのミュージシャンの音楽性が介在していない状態から作っているので、そのぶん自分の色が濃く出ていると思います。このアルバムの中では「How Beautiful」と「痛いの飛んでいけ -interlude-」も同じように作りました。


――「ハローダーリン」はリリックにもSALUさんらしさが出ていますね。〈スマホに操られてるお兄さん そのまま行くとぶつかるよ〉とか、普段生活していてよく見かける光景で、この視点がラッパーとしてのユニークさに繋がっていると感じています。


SALU:毎日の生活の中で見る風景から、歌詞になりそうなトピックを探しているんですよね。このフレーズも実際に、通りでスマホを見ながら歩いていたおじさんが車にぶつかりそうになっている瞬間を見て、これは歌詞にしようと。普段から観察者の視点で生活しているので、人と会ってもつい、そういう風に見てしまいます。


――次の「Mr. Reagan feat.Takuya Kuroda」は、NY在住のトランペッター・黒田卓也さんとのフィーチャリング曲だからか、いまのUSっぽい雰囲気もありますね。でも、リリックはよく読むとやっぱり意味深で。


SALU:この曲は黒田さんと曲を作りたいと考えたところから始まっていて、じゃあいま世界で人気な曲調にも強いJIGGさんにプロデュースをお願いしようと黒田さんには、日本に帰ってきているタイミングでスタジオに来ていただいたところ、いろいろとアドリブも考えてきてくださいました。録らせていただいた音源をいろいろと組み替えながら、それに合わせてJIGGさんがビートとベースを打ち込んでいます。僕自身もせっかくなら凝った歌詞にしようと、1バースと2バースでは“いまの時代を楽しんでいこう”と歌いながら、サビでは“その楽しさはなにかの犠牲のうえに成り立っている”と指摘しています。一聴すると明るく感じるけれど、実はシリアスな曲ですね。最近の日本語ラップでよく聴くような楽しげな歌詞をわざと入れて、でもそれは見て見ぬフリをしているだけなんじゃないかって。「Mr.Reagan」っていうタイトルは、映画『マトリックス』に出てくる登場人物から取っていて、彼は主人公を裏切るんですよ。誰でも聴くことができる明るい曲調だけど、よく聴くとメッセージ性があるというか。最近はこういう作り方をすごく意識しています。


――日本語ラップシーンに対する見方は。


SALU:良いと思うところもたくさんあるし、逆に思うところもあります。僕自身の音楽と同じで。人それぞれ、捉え方は違うでしょうね。ただ、この世の中は“これで良い”だけがまかり通っていると、いつか大変なことになるとは思っていて。一方で、“これじゃダメだ”って突き詰めすぎると、それはそれで変人扱いされるので難しいですよね。音楽にメッセージを込めすぎることも、人によっては好きじゃないでしょうし。ただ僕は表現者として言葉を扱っているので、自分自身の葛藤が滲み出ている部分はあるのかなと思います。


――一方で「How Beautiful」は、歌とラップの中間のような感じで、音楽的に挑戦している印象でした。先ほど、この曲も歌詞やフロウから作ったと言っていましたが。


SALU:1バース目と2バース目は、自宅でマイクに向かってフリースタイルで録ったんですよ。何も考えず、ただ口から出た言葉なので、きちんと意味になっていない部分もあって。〈死ぬ気になりゃ やる気になりゃなんでも出来る〉とか、マイケル・ジャクソンの「Human Nature」みたいな消え入る寸前の声で発声してるんですけれど、あえて録り直さなかったのは、ひとつの音楽的手法として面白いかなと。わりと前衛的な作り方をしていると思います。歌とラップの境界線については、海外のシーンを見てもだんだん曖昧になってきている印象で、日本でも歌心のあるラップが増えていますね。いわゆる“メロラップ”自体は、カニエ・ウェストなどがずいぶん前からやっているけれど、最近はさらに歌の領域が拡大していて、“韻を踏んだ歌”みたいに感じています。僕の中でもどう線引きできるのか、あるいはできないのかは考えている最中です。


――次の「Nipponia Nippon」は、アルバムの中でもっともSALUさんの考え方をストレートに伝えている印象でした。かなり刺激的な文言も出てきますが、なぜこのアルバムでこうした表現を?


SALU:この曲はアルバムの中では最後の方に出来た曲です。コンセプトとして“明るい作品”を掲げて作り始めて、終盤まで来たときにイメージ通りではあったのですが、まとまりに欠けると感じて。なにが足りないのかと考えた時に、すべてを結ぶテーマが必要なんじゃないかと。そこで、自分がいま思っていることを、フィルターをかけずに正直に歌ってみようと思ったんです。たぶん、この曲があるとないとで印象がだいぶ違うし、もしかしたら嫌だと感じるリスナーもいるかもしれない。でも、どうしても我慢ができなかったし、自分としては入れて良かったと感じています。すごく迷いましたけれど。


――〈そもそも音楽ってものがチャートになかったり〉という歌詞は、日本の音楽シーンそのものに対しての問題提起でしょうか。


SALU:単純に、心に刺さる音楽を作っている人たちが、メジャーには少ないように感じていて。優れたミュージシャンはたくさんいるけれど、多くの方はそこで勝負するのではなく、インディペンデントで活動しているように思います。じゃあ、メジャーデビューした自分はなにを表現すべきかと考えたときに、こうした言葉が出てきました。チャートでヒットしている作品の多くは、音楽性の高いものーー言ってみれば音楽のために作られた音楽というより、お金をかけてプロモーションした音楽だったりしますよね。たぶん熱心な音楽ファンほど、アメリカのチャートと日本のチャートを見比べたときに、がっかりするとは思うんですよ。もちろん、売れることは大切だし仕方ないとは思うんですけれど、全部を“仕方ない”で済ませてしまうのは、ちょっと違うのかなと。


――先ほどの“見て見ぬふり”と通じる話ですね。


SALU:最近だと、見て見ぬふりができなくて行動を起こす人たちは、ネットなどで叩かれるじゃないですか。彼らの中には、叩かれても構わないと腹をくくっている人も多い。だけど、「Tomorrowland」で歌っているような「一歩踏み出せない人たち」は、叩かれることを懸念して戸惑っているようにも感じます。こういう声を挙げるべきだと分かっているんだけど、世間体を気にしてそれができない。そういう人たちに対して歌っているつもりです。この曲をライブなどで歌うと、「純粋に心を打たれました」って言ってくれる人もいて、自分の想いは届く人には届いているんだなって感じています。反面、良く思わない人たちもいるはずで、今後は少なからずいろんな意見があると思うけれど、それはもう仕方がない。


・ヒップホップシーンを盛り上げるために自分が出来ることはしたい


――次の曲では一転して、Nujabesを連想させる軽やかで美しいトラックが印象的な「Lily」へと繋がっていきます。水曜日のカンパネラ・kenmochiさんとのコラボ曲です。


SALU:Nujabesさんの“和”を感じさせる精神性みたいなところは、ちゃんと僕らの世代にも継承されているんだと思います。これはトラックが先で、聴いた瞬間に“百合の花”のイメージが湧いてきたので、そこから百合の花をモチーフにして等身大の気持ちを歌おうと考えたんです。kenmochiさんとは音楽のファイルのやりとりが多く、サビのメロも納得するまで練っていったので、ふたりで作りあげたという気持ちがすごく強いですね。


――次の「痛いの飛んでいけ -interlude-」はインタールードで、ごく短い一曲ですね。


SALU:この曲は特定のひとりの友人に向けて歌っているんですよ。特定の人に曲を書くというのは今まであまりしなかったのですがリスナーからは「自分に言われているのかと思った」って声が多くて、すごく不思議な感じがしました。もしかしたら、それは音楽における重要な要素の1つなのかもしれません。誰かひとりに伝えたい思いを音楽で表現することで、みんなが自分のこととして聴くことができるというか。


――「ビルカゼスイミングスクール feat. 中島美嘉」では、中島美嘉さんをフィーチャリングアーティストに迎えつつ、トラックメイカーにはMacka-Chinら、アンダーグラウンドの実力者たちが参加していて、いまの日本のヒップホップシーンの豊かさが堪能できました。


SALU:Macka-Chinさんは僕が中学生の時にヒップホップを聴き始めたころからずっと好きで、いつか一緒に出来たらいいなって思ってました。曲を作り始めた時は2人でやるつもりだったんですが、cro-magnonの皆さんが演奏してくれて、中島さんの歌が入って、それをさらにShingo Suzukiさんがアレンジしてくれて、結果的にとてもスケールの大きい楽曲になりました。サビの歌詞は中島さんに書いていただいたんですけれど、“天からの声”みたいにしてくださいと伝えたら、こんなに素晴らしく仕上げていただいて。いろんな人と一緒に作る、というコンセプトの上で、もっとも色彩に富んだ曲になったと感じています。


――中島さんの異なる一面も垣間見れる、素敵な一曲ですよね。さらに次の「タイムカプセル」は、スチャダラパー・SHINCOさんのトラックで。


SALU:何年か前にSHINCOさんと制作させてもらったものの、形にならなかった曲を今作のために改めて仕上げたんです。「All I Want feat. Salyu」ができてから、ようやくイメージが掴めた楽曲で、リリースまでにしばらく眠っていたという意味でも「タイムカプセル」ですし、リリックの内容的に、僕と同世代の人間にはなつかしく思ってもらえるんじゃないかな。あと、フロウはBOSEさんのオマージュをしてみたんですけれど、やってみて、BOSEさんのフロウは普遍性を持ったものなんだと感じました。いつ聴いてもフレッシュさがあるんですよね。いろんな意味での「タイムカプセル」になりました。


――続いての「In My Face」は、Ovallのmabanuaさんのトラックです。ポップに洗練された極上のトラックに、シンプルなメッセージが効いています。


SALU:mabanuaさんは、kenmochiさんと同じくらいやりとりが多くて、しかも直接メールでやりとりをしたので、より近い距離感で制作できた印象です。この曲には「Smile In My Face」っていう慣用句が出てくるんですけど、「いつも笑顔でいてね」って意味なんですね。だけど、誰かに向かって笑顔を押し売りしてもしょうがないから、普段生活していく中で笑顔を忘れずに生きていきたいという気持ちを歌っているんです。割と自分に向かって言っている感じで。


――最後の「AFURI」はさらにパーソナルな表現で、SALUさんにとって思い入れのある厚木について歌っていますね。


SALU:そうですね。自分は札幌生まれなんで、生まれ故郷ってわけではないですけど、18歳からの10年間、青春時代の真っ只中を過ごした土地で、その空気に育まれた部分は大きいです。今まで厚木へのストレートな愛を歌った曲はなかったので、今回の明るいアルバムの最後に入れようと。地元愛を歌うのはヒップホップですし、これを聴いて「SALUは厚木なんだな」って思ってもらえたら嬉しいですね。


――全曲についてお話を伺って、今回のアルバムにはいろんなミュージシャンが参加しつつも、SALUさんのパーソナルな部分を色濃く表現したものだと感じました。


SALU:今までよりもアンカットでローな感じを出してますね。思ったことをそのままの表現をしてることが多いかも。最近、日本のヒップホップシーンは多方面でまた盛り上がってきていて、それはすごく良いことだと思うんですけれど、一過性のブームで終わって欲しくはないと感じていて。いままでは、シーンへの貢献とか、あんまり口に出さないほうがスタイリッシュだと思っていたしそうなんですけど、やっぱりもっと盛り上がって欲しいという気持ちはあるし、そのために自分が出来ることはしたいです。


――SALUさんのそうした態度にも、日本のヒップホップの成熟を感じます。


SALU:最近は自分らしいスタイルのラッパーが増えたと思います。最近だと、JinmenusagiくんやKiano Jonesくん、YENTOWN、KANDYTOWNなど、トレンドを昇華した上で多彩な方が増えた印象です。僕自身、日本語で違和感なくラップをするにはどうすればいいのか、フロウについては相当悩みましたけれど、最近はあまり意識しなくても、ちゃんと日本語に聴こえる崩し方ができるようになったし、だからこそシンプルなフロウを心がけるようになりました。もちろん、まだ掘り下げられる部分はあると思いますが、僕は一旦そこから離れてみようと意識していて、だからこそ今回のアルバムが作れたのかなと。ただ、アーティストとしてずっと同じところにいることはできないので、このアルバムを通して、さらに次の挑戦に向かえたらと思っています。音楽を追求したい欲求はまだまだあるので、その気持ちに正直でいたいですね。(取材・文=松田広宣)