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ミュージシャンは「土地名」をどのように叫べばよいのか 兵庫慎司があれこれ考える

2016年05月14日 14:01  リアルサウンド

リアルサウンド

ミュージシャンは「土地名」をどのように叫べばよいのか

 「ひたちなかー!」って、どうなんだろう?


(関連:私たちは客席でどう「映り込む」べきなのか? 兵庫慎司がライブ現場から考える


 と、何か腑に落ちなかった。2015年8月2日日曜日、『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2015』の2日目、PARK STAGEでのフラワーカンパニーズのライブ時に、ボーカルの鈴木圭介が曲の間奏部分などで、何度もそう連呼していたのをきいてのことだ。


 なので、もう1年近く前のことだが、改めて考えてみたい。


 ツアーにおいて、ステージ上からボーカリストが、あるいは他のメンバーが、演奏中にその土地の名前を叫ぶ、というのはあたりまえの光景だ。なんの違和感もない、E.L.L.のステージで「名古屋ー!」と叫んでも、セカンドクラッチのステージで「広島ー!」と叫んでも。なぜ違和感がないのか。「名古屋のみなさん、あなたたちの地元に来ましたよ!」という意味合いのあいさつだからだ。


 しかし、ROCK IN JAPAN FESTIVALに集まっている参加者は、基本的に「ひたちなかのみなさん」ではない。もちろん地元民もいるが、それ以外の場所からひたちなかまで来ている人の方が多いだろう、どう考えても。


 同じように、フジロックのステージで「苗場ー!」はヘンだ。これ、「お客がその土地の人じゃない」という理由のほかに、「そのイベントであること」が「その土地であること」よりも先に思い浮かぶから、というのもある。苗場であることよりもフジロックであることの印象のほうが強い、という話だ。


 同じく「その土地であること」よりも「その会場であること」が重要な場合もある。「ブドーカン!」とは叫んでも「九段下ー!」というのはあんまりきいたことがないし、「ドームー!」とかシャウトすることはあっても「水道橋ー!」とか「後楽園ー!」はないだろう。


 つまり、そのフラカンのケースだと、呼びかけるべき相手は「ROCK IN JAPAN FESTIVALの参加者のみなさん」であるわけで、それは長いので、「ジャパーン!」とか叫ぶのが最適だったのではないか、ということになるわけです。


 と、ここまで書いて、ふと気になった。「待てよ」と。


 「苗場ー!」と「ひたちなかー!」は同じだ、とさっき書いたが、そうではないのかもしれない。


 なぜか。ひたちなかというのは、ROCK IN JAPAN FESTIVALが始まるまで、他の地域の多くの人にとっては、なじみの薄い地名だったからだ。スキー場とプリンスホテルとユーミンで既に広く認知されていた苗場とは、事情が異なるわけだ。


 茨城県ひたちなか市。1994年に、茨城県勝田市と那珂湊市が合併して生まれた市。「勝田」というJRの駅はあっても「ひたちなか」駅はないのはそのため。茨城で四番目に大きい市。人口は15万人と16万人の間くらい。遠藤賢司は勝田市、つまり今のひたちなか市の出身。市長は長いこと本間源基さん。と、スラスラ情報が出てくるのも、ROCK IN JAPAN FESTIVALがひたちなか市の国営ひたち海浜公園で始まってからのことだ。それまでは僕も知らなかった。実際に、ROCK IN JAPAN FESTIVALが始まってからひたちなか市の知名度が段違いに広がった、ありがたいことです、という地元の方の声をきいたことがある。


 つまり、「日比谷ー!」ときいて日比谷公会堂を想起する人がいないように、「日比谷ー!」といえば日比谷野外大音楽堂であるように、「ひたちなかー!」といえばROCK IN JAPAN FESTIVALだ、ということなのかもしれない。


 そういえば平井堅がROCK IN JAPAN FESTIVALに出演した時も、「ひたちなかBOYS&GIRLS!」と呼びかけていた。ライブの時、必ずその土地に「BOYS&GIRLS!」をつけて呼びかける人なので、いつもどおりそうしたのだろうが、そこで「茨城BOYS&GIRLS!」とは言わなかったわけで、そう考えるとやはり「ひたちなかー!」は「日比谷ー!」と同じような浸透のしかたをしているのかもしれない。


 ちなみに、今年5月3日・5日に幕張海浜公園で行われた(4日は強風のため中止になった)JAPAN JAM BEACH 2016、僕は公式サイトのクイックレポートのライターのひとりとして参加させていただいたのだが、何人かのミュージシャンは、ステージから「幕張ぃー!」と叫んでいた。違和感ありませんでした、特に。


 あともうひとつ、ステージからバンドがその土地の名前を叫ぶ理由、思いあたった。


 ライブをやる側にとって、「その地方であること」の重要度が、昔と比べて上がっているのではないか。


 バンドの主な活動が……というか収入源が、CDからライブ(とその場における物販)に移ったことはご存知のとおりだ。バンドが1年間に行うライブの平均本数を10年前と比べると飛躍的に増えているだろうし、20年前と比べるともうおそろしいことになっていると思う。


 全都道府県を回るツアー、というのも、昔はハウンド・ドッグや浜田省吾などの、徹底的にライブ第一主義であり、またそれをホール規模で展開できる動員力があるアーティストだけができることだったが、今はライブハウス規模でいろんなバンドがやっている。


 冒頭に例に出したフラワーカンパニーズも、昨年2015年12月19日に結成26年で初めて行った日本武道館ワンマンをソールドアウトの大成功に終わらせ、今年2016年は「日本中から来てくれたんだから今度はこっちから行く」という趣旨で、1年かけて全都道府県を回るツアーを、現在行っている。


 ボーカルの鈴木圭介がよく言うのだが、このキャリアで(結成27年、デビュー21年)この歳だと(全員今年47歳)、東京や大阪の時はなんとも思わないが、鳥取とか山形とかに行くと「あと何回来れるだろう」と考えてしまうそうだ。「前回ここに来たのは……2年前だ。2年も空けちゃったかあ。次はもっと早く来れるようにならないと」というような。毎年80本から100本ライブをやる生活を何年も続けている人なのに、改めてそう思うのだという。


 つまり、あらゆるバンドのライブが自分が住んでいる東京で観放題、みたいな、ぬるい暮らしに慣れきっている僕のような奴には実感することのできない、切実な気持ちがこめられているのかもしれない、ということだ。彼らがステージで叫ぶ「米子ー!」や「酒田ー!」には。


 そういえば、今年4月から5月にかけてのSHISHAMOのニューアルバム『SHISHAMO 3』のリリースツアーは、彼女たちにとって初のホールツアー(全11本)だが、埼玉県川口市・茨城県結城市・千葉県市原市・神奈川県横浜市、と東京近郊は4本もあるのに、東京都内での公演はない。ちなみに大阪もない。代わりに神戸がある。


 もうひとつそういえば、くるりが5月7日の高松からスタートした『アンテナ』再現ツアー『NOW AND THEN Vol.3』のスケジュールにも、東京公演は入っていない。やはり、神奈川県民ホール、こちらは2デイズ。


 SHISHAMOは神奈川県川崎市内の高校で結成されたバンドで、ドラムの吉川美冴貴は横浜市民。くるりは京都出身で、デビュー時に上京したが、その後の数年間、東京から京都に居を戻したこともある(今はまた東京に住んでいるようだが)。


 単に渋谷公会堂が工事中で、そのせいで中野サンプラザが混んでいて取れなくて、という理由かもしれない。でも、「いい気になってんじゃねえぞ東京都民」「観たきゃ横浜とか川口まで来やがれ」という理由だったとしたら、素敵かも。と思う、どちらのバンドも。


 そこで「SHISHAMOは7月16日・17日に、日比谷野音2デイズやるからじゃね?」とか言わないでくださいね。(兵庫慎司)