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阿部サダヲが明かす、主演作『殿、利息でござる!』と「大人計画」の共通点

2016年05月14日 13:01  リアルサウンド

リアルサウンド

阿部サダヲ

 歴史学者・磯田道史の著作『無私の日本人』を『予告犯』『残穢【ざんえ】ー住んではいけない部屋ー』の中村義洋監督が映画化した『殿、利息でござる!』が、本日5月14日に公開された。実話を基にした本作では、今から250年前の江戸時代、重税によりさびれ果てた宿場町・吉岡宿で、町の将来を心配する十三郎や知恵者の篤平治ら9人の男たちが、藩に大金を貸し付け利息を巻き上げるという、宿場復興の秘策を企てる模様が描かれる。リアルサウンド映画部では、瑛太、妻夫木聡、竹内結子、松田龍平ら主演クラスの俳優たちが並ぶなか主演を務めた阿部サダヲにインタビュー。撮影時の裏話や、殿役で映画初出演を果たしたフィギュアスケート選手・羽生結弦の演技について、さらには、自身が所属する「大人計画」と本作に通じるエピソードなどを語ってもらった。


参考:羽生結弦、初々しい演技を初披露 『殿、利息でござる!』本予告映像公開


■「まさかちょんまげが銭になるなんて思ってもいなかった」


ーー中村監督とは『奇跡のリンゴ』に続いて2度目のタッグです。オファーがあった時の心境を教えてください。


阿部サダヲ(以下、阿部):『奇跡のリンゴ』がすごく楽しかったし、いい監督さんだなと思っていたので、オファーをいただいた時は嬉しかったです。時代劇と言われたので、馬に乗って現れるような役を想像していたんですけど、馬には絶対に乗らない役柄で(笑)。このお話が実話ということにも驚いたのですが、中村監督が原作を基に脚本でさらに膨らませているところがまたすごいなと。


ーー十三郎という役柄を演じるにあたり、中村監督からは具体的な演出や要望はあったんですか?


阿部:今回の撮影は順撮りに近くて、十三郎が登場するシーンを初日に撮ったんです。十三郎が馬に乗っている代官に訴状を渡すというシーンだったのですが、その時に監督から映画『生きる』の志村喬のような目をしてくださいって言われたんです。セリフもそこまで多くないから、表情で語るほうがいいということで。それで「なるほどな!」と納得して、非常にやりやすくなりましたね。だからその後、監督からダメ出しをされる時っていうのは、「阿部さん、もうちょっと目を開いてください」というようなことしか言われていないんです。あまり目を開きすぎちゃうと、カツラとの境目が浮いてきちゃうので、そこは床山さんとの勝負でもありましたが(笑)。でも監督が僕にそういうことをさせた理由っていうのが、あとあとわかるんですけど、十三郎の弟・浅野屋甚内役の妻夫木くんの表情が低いトーンで目も細めだから、静と動のような対比をさせたかったんだなって。でも、妻夫木くんは監督が何も言わなくてもそうやってきたから、監督もビックリしたらしいですね。


ーー瑛太さん演じる篤平次との掛け合いも見応えがありました。


阿部:十三郎は真面目一辺倒でまっすぐみたいな人で、篤平次も真面目にできる役なんですけど、瑛太くんはそこをちょっとかわしてきて。瑛太くんも難しい位置にいたと思うんですけど、かなり挑戦してきたので、非常にやりがいがありましたね。十三郎は篤平次が何を言っても聞いていないので、そのズレみたいなもの、いわゆるボケとツッコミの笑いではないユーモアを出していくのが挑戦でもありました。僕自身も、真剣すぎてズレちゃっているような笑いはやったことがなかったので、そういう意味でもやっていて楽しかったです。


ーー“笑い”の部分は、原作とは大きく異なる部分ですよね。


阿部:そうですね。お金を出すのを渋る西村さんの役や、儲け話と勘違いして入ってきちゃうきたろうさんの役とか、キャラクターが次第に変わっていくのも脚本で膨らませてあった部分で、面白かったです。ポスターもふざけてるじゃないですか(笑)。これで1回お客さんを巻き込んでいるというか。ふざけた話なのかなって思いますけど、そんなにふざけていない。そのギャップというか、いい意味で裏切りがあるのもいいと思います。このポスターだって、「未来を見通すようなイメージで立っていてください」と言われて撮ったんですけど、まさかちょんまげが銭になるなんて思ってもいなかったですから(笑)。僕も騙されているんです。


ーー(笑)。妻夫木さんや瑛太さんをはじめ、竹内結子さん、松田龍平さんなど、錚々たるメンバーの中で主役を張るのにプレッシャーは感じませんでしたか?


阿部:僕は一応主演ではありますけど、ずっと出ずっぱりというわけでもなくて皆が活躍していますので、プレッシャーはまったくなかったですね。十三郎は気持ちがすごく強い人ですけど、特に口が達者なわけでもない。いろいろ考えているのは実は篤平次のほうだったりもするので。


ーー阿部さんが引っ張っていくという感じではなかったと。


阿部:まったくないです。監督が本当に引っ張っていってくれて。中には、きたろうさんみたいに「お前が引っ張れ!」みたいなことを言う人もいたんですけど、まったく言うことを聞かずに(笑)。十三郎自体が「やろうやろう!」って言いながら、途中で拗ねていなくなるような人なので、「この人何なんだろう?」「この人大丈夫か?」って思ってもらえるようにしたほうがいいと思いました。だからそれはキャストの皆さんに助けられた部分でもありますね。寺脇さんや西村さんやきたろうさん、僕がドラマに出るようになった頃、よくご一緒していた先輩たちがいたのも心強かったですね。それと、磯田先生が書いた原作のタイトルが『無私の日本人』で、無私って私欲がないことを意味しますけど、役者としても“自分をなくす”ということがすごく大切なんじゃないかと最近取材を通して思うようになって。中村監督がおっしゃるには、僕はそういうことをできているらしんですよね。消えているというか、阿部サダヲという人間がいなくなっているから、その場で対応できているみたいなことを言ってくださっていて。


ーー特に役作りはせずに、自然体で十三郎という役に臨んだと。


阿部:そうですね。衣装を着てカツラを被れば、だんだんその人物になってきますから。あと今回は、場所もよかったんです。山を切り崩した、現代物が何もないようなオープンセットで撮影をしたので。もちろんカメラマンさんやスタッフさんは現代の格好をしているからそこは面白いんですけど(笑)。


■「ほとんど毎日のように殿様役は誰なんだということで盛り上がっていた」


ーー時代劇での映画主演は阿部さんにとって今回が初めてでしたが、撮影を振り返って新たな発見はありましたか。


阿部:9人の男たちが集まって町を救うというストーリーですけど、その周りにはいろんな人がいるというのをすごく捉えているんですよね。だから、みんなで作品を作っている感じがすごくして。映画が完成して、初号試写を観る時って、結構自分の芝居チェックみたいな感じで自分だけを観ちゃう場合が多いんですけど、そういうのがなかったんです。「みんなよかったな」と思いました。


ーー純粋に作品として観ることができた?


阿部:そうですね。「清志郎さんの曲で終わるんだ!」みたいなのもあって。それも全然知らなかったから、客観的に観ることができました。今回、中村監督がいっぱい仕掛けをしてくれたんですよ。萱場杢という、悪役のような存在を誰が演じるのかも途中まで知りませんでしたし。「松田龍平くんがやるんだ!」みたいな(笑)。殿役の羽生くんに関しては、当日まで誰がやるのか教えてくれませんでしたからね。リハーサルで初めて近づいて来るのを見て、「えっ!? 羽生くんじゃない?」という感じで。現場では、ほとんど毎日のように殿様役は誰なんだということで盛り上がっていたんですよ。僕らの中では最終的に、仙台の伊達だし、サンドウィッチマンじゃないかってことになっていて。「見てろ! サンドウィッチマンが出てくるから!」という、きたろうさんの強烈なプッシュによって(笑)。きたろうさんは監督にお伺いを立てる役だったんですけど、きたろうさんが監督に「この人じゃないですか?」って聞いた人の中に、羽生結弦くんがいたらしいんですよ。でも中村監督は芝居がうまいから、監督の反応を見たきたろうさんが「あの反応は絶対に違う」って言って、見事に騙されていましたね。


ーー監督は敢えて隠していたんですか?


阿部:みたいですね。だから、リアクションもリハーサルのときの印象を覚えておいてくださいと言われていて。殿様と庶民なので、あまりジロジロ見ちゃうと、頭が高いっていって切られちゃうぐらいの時代なんですけど。でも、やっぱり見ちゃうんだなっていうリアリティがありましたね。殿様だけが全然違うんですよ。きれいな格好してるし、羽生くん自体もきれいだったし、もう「すごい!」と思って(笑)。きっと当時もそういうリアクションをしたんだろうなという感じで、あのシーンはすごく楽しかったですね。


ーー羽生さんの演技はいかがでしたか?


阿部:すごかったですよ。だって最初からもう役に入っていたし、所作もすごくきれいでした。しかも、ちょっと自分でうまくいかなかったって思うと、「もう一度やらせてください!」って言ってやり直すこともありました。すごく向上心があるんですよ。フィギュアのときもそうですけど、本当に練習が大好きなんだなって思いました。お酒の銘柄を出すときとかも全然手が震えていなかったですし、さすがだなって。


ーー劇中では、「ケンカや争いをつつしむ」「計画を口外することをつつしむ」など、“つつしみの掟”が登場しますが、阿部さん自身は、常日頃からつつしむように心がけていることはありますか?


阿部:僕が所属している「大人計画」主宰の松尾(スズキ)さんから、お芝居をする時に、あまり頑張りすぎないほうがいいということを教わったんです。あまり力を入れすぎずに脱力していたほうがいいというのと、お芝居をしていることの恥ずかしさをどこかに持っておいたほうがいい。それがなくなると、逆に恥ずかしくなってしまうと。それは“つつしみ”かもしれませんね。


ーー阿部さん自身は十三郎たちのように、下積み時代などに貧乏を経験したことはあるんですか?


阿部:当時はもちろんお金はなかったんでしょうけど、貧乏だった記憶はないんですよね。だからお金がなくて辛いみたいなこともなくて。今よりも仕事はなかったし、バイトもほとんどしていなかったはずなのに、みんなで飲んだりはしていて。一体どこにお金があったんだろうって不思議なんですけど(笑)。でも、劇団に入ってすぐに次々と公演があって、お金にはなっていないけど忙しかったんです。ありがたいことに、自主公演を自分たちでやっていいっていうのもあったし、宮藤さんとコントやったりとか、そういうのがずっと続いていたんです。


 何も目的がなければ辛いと思っていたのかもしれないですけど、目的があったから、辛いと思ったことも辞めたいと思ったことも全然なかったんですよね。大人計画の作品って、誰が主役とかではなくて、それぞれに見せ場があるような作品が多いので、そういう意味では、今回の作品とすごく似ていますね。みんなで一緒に作り上げていくという感覚を味わえる作品でした。(宮川翔)