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金子ノブアキが考える、曲の空気感を表現する方法「音がないところにこそ音楽は宿る」

2016年05月12日 23:31  リアルサウンド

リアルサウンド

金子ノブアキ

 金子ノブアキが通算3作目となるソロアルバム『Fauve』をリリースした。本作には、2015年からスタートさせたソロライブでのギタリストにして旧知の仲のPABLO(Pay money To my Pain)や、過去のソロ作でも活動をともにしたマニピュレーター/シンセサイザーの草間敬が制作に参加。野獣を意味するアルバムタイトル通り、野性味あふれるドラミングと同時に、浮遊感の強いサウンド&ボーカルが魅力の楽曲が並ぶ。またアルバムアートワークの独自性や印象的な映像が目を惹くリード曲「Take me home」のミュージックビデオなど、ヴィジュアル面においても彼の強いこだわりが貫かれている。


 RIZEやAA=での活動、また俳優としての活動とも一線を画するこのソロプロジェクトで、彼は何を表現しようとしたのか。そして昨年ついに実施された初のソロライブで得たものとは。熱のこもった言葉で、じっくり説明してくれた。(西廣智一)


(関連:「やっちゃいけないことは無いと感じた」金子ノブアキがソロ制作にのめり込んだ理由


■「精神性を共有できるPABLO以外は考えられない」


──ニューアルバム『Fauve』は前作『Historia』(2014年2月発売)から2年ぶり。1枚目『オルカ』(2009年7月発売)と2枚目の間が結構空いたので、今回は間隔がかなり短いなと感じました。


金子ノブアキ(以下、金子):そうなんですよね。前作のときは4年半ぐらい空いちゃって、自分でもビックリしたんですけど。僕のソロプロジェクトはもともと、劇盤を作ったのがきっかけで始まったんです。そして機を同じくして、芸能界で役者の仕事にも復帰し始めて。しかもRIZEがあって、AA=というプロジェクトにも立ち上げから参加して……全部同時進行だったので、完成したときには4年半経っていたという、本当にシンプルな話で。今回の新作が前作から2年で完成したというのは、単純に制作のスピードが上がったというのと、今のスタンスに自分が慣れたからだと思うんです。


──なるほど。


金子:あとは、自宅の作業環境を充実させたことも大きいかな。エンジニアさんとやり取りするときに、さらに踏み込んだところまで共有したいということで、ソフトもPCも全部一新して。ちょうど2年前、前作を作り終えたぐらいから『Ableton Live』を使うようになったんです。だから草間さんともお互い在宅でやり取りをして、ボーカルとドラムとPABLOのギターを録るときだけスタジオで作業するという。


──そうだったんですね。そんな中、昨年4月にはソロとして初ライブを敢行。その合間にも新曲の配信やツアーなどもあったので、特にこの1年の流れはすごく早かったなという気がします。


金子:やっぱりライブをやり始めたのが一番大きくて。以前からアルバム2枚作り終えるまではライブをするつもりはなかったので、そういう意味ではこの1年である種後戻りはできない状態にはなったのかも(笑)。今は地上に降り立って戦ってるみたいな状態になってるわけだから、それは劇的な変化ですよね。そもそもライブのスタイルも、前作のミュージックビデオ(「Historia」)を撮ったときに、ピアニストみたいにお客さんから見たら横向きでドラムを叩いたのがきっかけ。そこから草間さんと2人だけでやる話もあったんですけど、せっかくだったらもうひとりいるとより面白くなるんじゃないかってことで、精神性を共有できるPABLO以外は考えられないなと思い声をかけました。PABLOは本当に素晴らしいプレイヤーだし、同時にプロデューサーでもあるから俯瞰して物事を考えるんです。草間さんもそうなんですけど、我々のチームにはそういう人種が集まっていて、肉弾戦なんだけど超合理的に進めていくのが僕の性にも合っていて。それでライブもスムーズにやれて、ツアーをやってイベントにも出て、アルバムを作りました。


■「今までやってきたことをここに全部置いていこう」


──今作の全体像がなんとなく見えてきたのは、どのタイミングでしたか?


金子:全体像がはっきりしてきたのは、昨年10月に「LOBO」を配信でリリースしたあたりですかね。あの曲を作ったことで、次のアルバムはこういう雰囲気が非常に大事になってくるだろうなって。あとは「blanca」というアンビエントな曲(ライブフォトアルバム『20150423』付属CDにて初収録)の存在も大きかったと思います。こっちはアルバムに入れるにあたって、長尺に作り直していて。この2曲をアルバムの真ん中に置くことで、全体像がはっきりしたところはありますね。


──今回のアルバムですが、ライブを重ねたことで今まで以上にバンド感、生感が強くなった気がします。


金子:関わる人数が増えたぶん、強くなりましたよね。前作まではドラムも含めてハウススタジオで超ミニマルに作る現代的な手法を売りにしてたんだけど、今作はライブを前提に考えつつ、在宅での頭脳労働とハウススタジオでの肉体労働というふうに、極端に分けた作り方をしました。なのでハウススタジオで録るときは、満ち満ちとした爆発感やエネルギーみたいなものがより強まるんです。


──そこが圧倒的な違いだと。


金子:はい。1stは言ってしまえば実験作だし、何ができるかってところから作り始めた。そして2ndではミニマルな環境で自分ができることを追求した。でもソロライブをやったことがないという弱点もあったので、3rdではそこを補完した。3枚作ったことで、ようやくひとつのサイクルができたかなと思うんです。僕がこれまで関わってきたバンドやプロジェクトも全部、偶然とは思えないくらいに3枚でひとつのサイクルになることが多くて。そういう意味では今作が区切りになるから、今までやってきたことをここに全部置いていこうと、制作の初期段階から言ってましたね。


■「個人名義だけど、人ならざる相反する空気」


──今作ではループするフレーズが増えていて、そこから生じる心地よさが過去のアルバム以上だと思うんです。


金子:それが生演奏が映える曲の作りだと思うんです。歌が乗るものに関しては、曲によってはリリックの量が多かったり、逆に「LOBO」みたいに1行だけというのもある。特に「LOBO」は清川あさみさんの書籍とのコラボレートでしたからね。ループする気持ち良さに加えて、アンビエントサウンドにボソボソ喋る声を乗せるのもいいなと。実はあれ、僕が「LOBO」の書籍を思いっきり感情を入れて朗読した音声を加工したものなんです。何語かはわからなくなるんだけど、心が入ってるからなんとなく伝わる、その面白さもあると思います。


──その歌詞ですが、ひとつの物事を断片的に切り取ったような表現の仕方で、そこがループしたサウンドにすごくマッチしていると思いました。


金子:ちょっと散文詩的に聞こえるけどラップではないし、それでいてすごくハーモニーがあるんですよね。そこは1stのときから一貫しているスタイルで、このプロジェクトの特色は何だ? と聞かれたら、たぶんこの声の立ち位置なのかな。僕は専任のボーカリストではなかったけど、こういう表現の仕方ですごく独特なものになるし、それでいて気持ち良いものになる。でもそれは自分では一番意図してなかったところで、3枚作って本当にやり方が確立された気がします。


──心地よいメロディに乗ることによって、この散文的な歌詞の魅力がさらに映えるんでしょうね。これまでのソロ作を聴いて改めて感じたんですが、金子さんのメロディメイカーとしての力量は素晴らしいものがあると思うんです。


金子:本当ですか? 「ドラム、うまいですね」って言われることより嬉しいかもしれない(笑)。これまでやってきたバンドは全然そんな感じじゃないんだけど、もともとそういうメロディアスなものが好きなんでしょうね。僕はソロを始める上で、今までやってこなかったことをやりたいなというのが頭の中にあって。それは何だったのかというと、メロディやハーモニーをこういうトラックに乗せるってこと、これに尽きると思います。僕はもともと歌のプロじゃないから力量に限界があるんですけど、そこでハモりをたくさん入れてみようかという発想にたどり着いたんですね。金子ノブアキという個人名義でのソロ活動だけど、そこに人ならざる相反する空気……レイヤー感、シズル感があると面白いんじゃないかと。このメロディの雰囲気も3枚作って確立されたもので、今ではようやくポンポンとメロディが出てくるところにまでたどり着けたんです。


■「空白こそが音符よりも大事だったりする」


──先ほど、ソロのきっかけは劇盤制作だったという話がありましたが、今作はそれこそ架空の映画のサウンドトラックのようで。1曲1曲で映画のいち場面を断片的に描かれていて、それが連なることでアルバム全体に起伏が生まれる。その感じがすごく面白いんです。


金子:ライブでも映像と同期させたりしているので、そういうところも影響してるのかもしれないですね。今はアルバムというもののアートフォームとしてのあり方が問われていると思うし、だからこそアルバムを作るのなら特に今回のような作品を作りたいなと思っていて。そういう絵画的、映像的な部分って、僕が90年代に目にしてきたもの、特に西海岸からの影響なんです。ウエストコーストのバンドカルチャーと映画ですね。ジム・ジャームッシュやデヴィッド・リンチ、ガイ・リッチー、デヴィッド・フィンチャー、彼らの生み出した作品の世界観が僕の青春なんですよ。そういう影響がものすごく大きいから、たぶんそれがこのアルバムにはミックスされている。俳優として外で仕事をしていると、また西海岸のそういった空気とは違うものを吸収できるし、音楽に戻っていったときにそこで得た影響もミックスされると。


──なるほど。そういう映像や演技からの影響なのかわかりませんが、金子さんのアルバムには間(ま)であったり空白をすごく大事にしている印象もあって。


金子:僕は休符みたいなものをとにかく大事にしていて、音がないところにこそ音楽は宿ると思っているんです。例えばパッと音がなくなると、聴いてる人は一瞬不安になるじゃないですか。でも人はその瞬間、一番大事なものを思い出すような気がしていて。だから僕もそういう音楽を作りたいし、音楽で何かいい作用が起きればいいなということが大前提としてあるんです。今回は特にその休符を大事に作ろうと、音が止まってもブースのマイクを生かしたままにしていたんです。何もしてないんだけど、そこにいる感じが音になっているから。例えばドラムを叩くと、腕を振る音も入っているし、ちょっとした息遣いとか咳した音とか(笑)、それすら残すんです。特にKoni-youngさんは、僕がレコーディングブースに入るときからドアを閉めて出るまで、ずっと録っていてくれるんですよ。要は部屋の空気も編集できるわけで、何にも音のない、部屋の空気だけを切って貼ったりすることもあるくらいで。


──えっ、無音なのにですか?


金子:そうです。でもそれが大事なんですよ、曲の空気感を作り上げるという意味では。ドラムが入ってない曲でも、部屋の空気だけ貼っておこうかっていうのもあるし、スリッパでスタスタ歩いてる音が入ってることもあるし(笑)。完全に隠し味ですけどね。


──でもそこに息づいているものがあると。


金子:あるんですよね。生の演奏は特にそうで、その空白こそが音符よりも大事だったりするんで。


■「このジャケットはある意味一番の禁じ手」


──金子さんのソロ作品では、映像やアートワークなどヴィジュアルに対するこだわりも強いですよね。今度のツアーでは、最終公演でenraさんと共演するのもそうですし。


金子:enraさんはたぶん、みんな観たらビックリすると思いますよ。映像と音を作ってる花房(伸行/enra主宰)さんという方が、昨年末の僕のライブを観に来てくれたんです。そこでハナブサさんと「一緒にやりましょう!」ということになって、「やった! 伝わった!」と嬉しかったですね。たぶんライブに関しては、やってることがちょっと似てるところがあると思うんです。僕は映像を背負ってドラムを叩いてるんだけど、enraさんと同じように映像とシンクロさせて音楽を聞かせているし。そこを嗅ぎ取ってくれたのかなと。


──なるほど。ではアルバムのアートワークはどうですか?


金子:これはHatosさんというクリエイター集団が手がけてくれたんですけど、先に音源を聴いてもらって、そこから得たイメージで作ってくれたんです。クレジットを持ってきちゃうっていうこのジャケットは、ある意味一番の禁じ手(笑)。これはもう二度と使えない手法でしょうね。人によっては「デザインが間に合わなかったんじゃ?」と思うかもしれないけど(笑)。ブックレットにはHatosさんが作ってくれたロゴがあり、解説もしっかりある。ちょっと美術の解説書みたいですよね。アルバムタイトルが『Fauve』と言ってるぐらいですし(注:「Fauve」には「20世紀初期にフランスで起こった絵画運動のひとつ、フォービズムの信奉者」の意味もある)。紙質ひとつ取ってもそうだし、デジパックにしないでプラケース、しかも厚めのケースを使うところにもこだわった。全体のデザイン含めて本当にいいものに仕上がったと思いますし、彼らとはずっと一緒に仕事したいなと思いましたね。


■「これぐらい追い求めないと失礼なのかなと思う」


──この『Fauve』というアルバムは音やヴィジュアル、すべての要素が見事に合致した、本当に稀有な作品だと思います。


金子:物事ってうまくピントが合うと、それによって浮力が生まれる瞬間があるんですよね。今回はまさにそれ。今の時代、せっかくアルバムを作れるんだったらこれぐらいやらないと、それこそ意味がないなと思うんです。海外には「もうアルバムを作らない」って表明しているアーティストもいますよね。ザ・プロディジーやロイクソップも「だって5、6年待たせて12、3曲じゃ足りないだろ?」って言ってますけど、それもその通りで。今がアルバムを作れるギリギリの時代なんだとしたら、作品性という意味ではこれぐらい追い求めないと失礼なのかなと思うし。今回はそこをいろんな人たちと共有できたので、本当にいい現場でした。PABLOがよく「俺たちは今どこに行っても戦える」という意味で「無敵感」みたいなことを口にするんですけど、本当にそういう感じ。その結果、本当にいい1枚に仕上がったし、例えば僕が明日死んでしまったとしても胸を張れる作品になったと思う。「金子ノブアキはどういう人だった?」という人にはこれを聴いて、「Take me home」のMVを観てもらえばいい。あの「Take me home」のMVを含めたものが、『Fauve』という作品なので。


──そういう意味では絶対にパッケージで触れて、聴いてほしい作品だと思います。そしてアルバム発売後にはツアーも始まりますが、アルバムを立体的に楽しめるという意味でも非常に楽しみです。


金子:MVが生々しい映像なのは、動くとこうなるよというライブへの呼び水でもあるわけで。今回は座席のある会場を回るので、さらに演出も楽しんでもらえるかな。昨年のツアーはライブハウスを回ったんですけど、地方に行ったら数百人キャパの会場で、ギュウギュウな中でライブを観てもらうのも申し訳ないなという気持ちになって。だからツアーが終わった瞬間に「これは椅子があったほうがいいね?」とスタッフに話したんです。


──それで今回は全会場座席指定になったんですね。映像と同期させたライブを楽しむという意味では、座席指定が合ってる気がします。


金子:そうですよね。だから今回ようやくあるべきところに行けるのかなと思ってます。一期一会でそのときのコンディションとかいろいろあるとは思うけど、絶対にいいものにするから、そこで自分の中からいいものが分泌されて、大事なことを一瞬でも思い出してくれたらなって。シーティングは相当居心地が良いと思うので、すごくリラックスして楽しめるんじゃないかな。