介護をする上で困った問題のひとつに「介護拒否」がある。介護される側が介護を拒み「厄介な患者」になってしまう状態をいう。このような高齢者は介護施設でも入所を拒まれることが多く、家族にとって死活問題になるケースもある。
そんな中、「どんな認知症患者でも絶対に断らない」というポリシーで運営している介護施設がある。栃木県のデイサービス「さくら」だ。5月2日の夕方ニュース「キャスト」(朝日放送)では、この施設の様子を取材していた。(文:みゆくらけん)
職員「世界観をそのまま受け入れてあげることが大切」
番組は高齢男性が「何やってんだバカ!」「うるさいこのバカ!」と介護職員を罵倒するシーンから始まった。元検察庁職員の88歳の男性は、介護拒否の症状を理由に他施設に入所を拒まれ続け、半年前に同施設に入所した。
身の回りの世話をしようと職員が近づくと反抗・抵抗し、時には威嚇して職員を叩いたり、噛み付こうとするしぐさをみせたりする。布団に入らせるのも一苦労、どれだけ「バカ!」となじられても辛抱強く、優しく対応する職員たちは、もはや神か天使か。
2年前から入所している95歳の女性は、常に人形を抱いて過ごす。「子どもですよ、男の子。いつも抱っこしてるんです」と嬉しそうに話す女性は「坊(ぼう)ちゃん」と呼ぶその人形を本当の子どものように扱い、実際に飲み物や食べ物を与えてしまう。それが常日頃なため介護する家族は対応に困り、衝突することも多かったという。
汚してしまうからといって強引に取り上げたりせず、「彼女の世界観をそのまま受け入れてあげることが大切」と話す職員は、「坊ちゃんに温めたミルクを飲ませてきてもいいかな?」とゆっくり受け取り、女性の気持ちに沿った絶妙の対応をしてみせた。
「あんまりたくさん飲ませないで。それで熱くないようにね。早く来てちょうだいね」
この女性にとって、「坊ちゃん」はもはや人形ではなく、本当の子どもなのだ。このやりとりから読みとれるのは、認知症になってもなお持ち続ける女性の深い母性と、子への慈しみ。そして、その気持ちに寄り添う職員の優しさと対応力だ。
「バカ野郎!」となじる男性を昭和歌謡で和ませる
「戦争を経験されている方なので、その間にいろいろな子どもたちを見てきて、どうしても子どもとなると可哀想で見ていられない。坊ちゃんも『見る人がいないから自分が可愛がってあげている』と言っていました」
職員はこう話すが、なぜこうも個人の繊細な(しかも難解な)心のヒダまで読み取ってあげられるのだろうか。同施設の新井裕子代表はこう話す。
「絶対に断らないということ。どんな人たちでも自分たちで受け入れて、なんとか家族を支えたい。そういう気持ちで職員たちは頑張っている」
介護の現場は、綺麗事では済まされない。しかし「こんなもんやっていけるか!」とサジを投げられたら、行き場のなくなった要介護者とその家族は路頭に迷い、希望を失ってしまう。施設の「絶対に断らない」は、そうした人たちの「駆け込み寺」だ。職員たちは、普通の施設職員以上に腹をくくらなきゃやっていけない。
「時間をかけて向き合い、個人個人に合ったケアを考える」という施設には、他にも多様な介護拒否患者が入所する。ヒゲ剃り後の保湿クリームを嫌がる75歳男性は「何じゃコレ!バカ野郎!」と職員をなじる。そこで職員は男性の好きな昭和歌謡を流し、機嫌が良くなったタイミングでクリームを塗る。これは試行錯誤の末に見つけ出したケアの方法だ。
家族も「本人の気持ちに沿って対応する」ことを教わる
会話がままならない認知症の女性(80歳)にも、職員はあえて「手伝ってくれませんか?」「助けてくれませんか?」と家事を頼み、女性の得意そうなことを見つけ出して頼る。そうすると、頼られた女性の中で「意義」が生まれ、表情がイキイキしだすのだという。
個人個人に合わせた繊細なケア。これはもはや「介護のオーダーメイド」である。施設入居前は老老介護の疲れから「強く叩いて反省することもあった」というこの女性の夫(81歳)は今、ほっとした口調でこう話す。
「本人の気持ちに沿って対応する、ということを今教わっています」
高齢者介護における虐待や無理心中の中には「介護拒否」から始まるものもあるのかもしれない。支える家族を孤立させない介護施設の必要性がますます高まっている。
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