マクラーレンは今週末のスペインGPに大きなアップグレードを持ち込むと予想されている。今季の彼らの開発ペースには驚くべきものがあり、これまでのところ、ほぼすべてのレースで何らかのアップデートが見られた。
今回のアップデートはマクラーレン復活への道において、ひとつの節目になるものと考えられる。ホンダとのパートナーシップが始まったとき、マクラーレンのシャシーはレッドブルやメルセデスと同じレベルにあるとは言えなかった。それに当初は競争力の点で明らかに見劣りしたホンダ製パワーユニットを積んだのだから、昨年のクルマが速くなかったのは大方の予想どおりだった。
今年のMP4-31はショートノーズ、Sダクト、複雑なフロントウイングなど、ライバルたちが採用しているコンセプトの大部分を取り入れたコンベンショナルなデザインだが、パッケージとしての競争力はあまり高くない。その理由は、やはり空力とホンダのパワーユニットにあると考えられる。
まず、パワーユニットから見ていこう。冬の間にターボとMGU-Hがアップデートされたものの、まだコンプレッサーはエンジンのVバンク間にあり、ライバルと比べてサイズが小さすぎる。このコンプレッサーの小ささがパワーユニットの出力不足につながり、エネルギー回生にも制約が生じているのだ。容量に余裕がなく、回転数の上限付近で回っている時間が長ければ、信頼性の面でも問題を起こす可能性が高くなる。
また、ホンダとルノーは、まだフェラーリやメルセデスのような「セミHCCIシステム」(HCCI=Homogeneous Charge Compression Ignition「予混合圧縮着火」)を採用していないと見られ、パワーと燃費の両面で劣る最大の理由も、おそらくそこにある。このため2台のマクラーレンが100kgの燃料でレース距離を走り切るには、ドライバーが意識的に燃料をセーブしなければならない。しかも常に100kgの燃料を積んでスタートする必要があり、場合によっては数kg軽い状態でスタートできるライバルのほうが、レース序盤を早いペースで走れるのだ。
ホンダは来月のカナダGPでエンジンのアップデートを行うようだ。しかし、これにはコンプレッサーをVバンクの外に出すレイアウト変更は含まれず、エンジン本体(ICE)の燃焼技術だけを改良した、現行レイアウトのアップデート版になるという。したがって弱点の根本的な解決にはならないものの、燃費の悪さというハンデキャップを軽減するための大きなステップにはなるだろう。
シャシーについては、ピーター・プロドロモウ率いる空力デザインで頻繁にアップデートを投入してきた結果、ディテールのレベルはメルセデス、レッドブル、フェラーリに近づいてきたと考えてもよさそうだ。
プレシーズンテストが始まった時点でのMP4-31は、基本的にはMP4-30の発展型だったが、テスト終盤に新しい空力パッケージが投入されて開幕戦に向けた仕様になった。そのときの開発の焦点は、やはりフロントウイングに置かれていた。マクラーレンが昨年から取り入れているレーキ角の強いセットアップの場合、フロントウイングによってクルマ全体が空力的に「機能する」かどうかが決まるからだ。
こうした空力面の開発は、サスペンションのセットアップや「連結されていないFRIC」とでも言うべきリモートスプリングを作動させる巧妙な油圧機構にも影響を及ぼしている。
シーズン中の開発は、バーレーンで投入したフロントウイングのアップデートを中心に展開され、その他の部分はメルボルン仕様に小さなパーツを追加する形になっている。具体的にはウイングへのフィンの追加、ノーズ下面の垂直なベーンなどだ。
こうして見るとロシアGPの時点でMP4-31は、すでに必要と思われるものはすべて備え、理解に苦しむ風変わりなパーツはなく、明らかに欠けていると考えられる部分もない。つまりマシンとしては、ある程度まで、まとまってきているとも言える。そのためチームが「重要な」と形容したスペインGPでのアップデートパッケージは、見た目のラディカルな変化を伴わない可能性が高い。
別の言い方をすれば、今回のアップデートは前後のウイング、フロア、ターニングベーンなど細かいアップデートの集合体なのではないだろうか。パーツのひとつひとつが以前と比べて大きく進歩するというよりも、それらがうまく相互作用するように最適化されるはずだ。「Bスペック」と呼べるほどの大きな変化ではないにせよ、明らかな進化ではあるだろう。
とはいえ、ヨーロッパラウンドの初戦となるスペインでは、他チームも大規模なアップデート投入を予定している。マクラーレンとしては、フォース・インディア、ルノー、ハースといった他の中団チームの開発を上回る進化を実現しなければ、今回のアップデートに実質的な効果はなかったことになる。
マクラーレンがアップグレードを成功させた場合、単純に彼らのペースが速くなるだけではなく、中団グループのライバルに心理的な影響を及ぼすことも考えられる。今季このグループに属するチームの多くが予算面で厳しい状況にあり、来年の大幅なルール変更への準備も考えると、リソースの豊富なマクラーレンに対抗して、シーズン中の開発に巨額の費用を投じ続けるのは難しい。
このためマクラーレンが今回のアップデートで明らかに一歩抜きん出た場合には、中団グループのチームは今年の開発に見切りをつけて、2017年のクルマに専念することを考えはじめるかもしれない。そうなればマクラーレンの相対的な競争力は上がり、成績面でもさらなる向上が期待できるだろう。
しかし、これとは正反対の状況になる可能性も否定できない。このアップデートでフィールド前方との距離を縮められなければ、マクラーレンが他チームよりも早く、来季のクルマに集中する……という選択もありうるのだ。
スペインGPの成績はマクラーレンばかりでなく、中団グループの他チームにとっても今季の勢力図を考える上で、きわめて大きな意味を持つことになる。