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映画『名探偵コナン』シリーズ、なぜ人気上昇? コアな映画ファンの立場から読み解く

2016年05月11日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

 シリーズものの作品というのは、一度入るタイミングを逃すとどうも入りづらくなってしまう。ことに、毎年コンスタントに作られているものは尚更である。筆者が子供の頃から、春休みには『ドラえもん』、学校が始まった頃に『クレヨンしんちゃん』と『名探偵コナン』が公開されてゴールデン・ウィークに突入するという流れが定着しており、それでも毎年きちんと観に行っていたのは『ドラえもん』ぐらいだったはずだ。


参考:シリーズ最高のヒットに向けて『名探偵コナン』ロケットスタート 実は支持層は20代の大人?


 そのせいもあってか、たまに『名探偵コナン』の劇場版を観てみたところで、ある程度の設定が繋がっていて、かつ登場人物も増えていては、単発で万全の状態で観られるはずもない。おかげで話の筋をきちんと理解するのもなかなか苦労がいって、ついつい疎遠になってしまったのである。テレビアニメの初期の頃しかまともに見ていなかった筆者にとっての『名探偵コナン』は、「変な薬を飲まされて体が小さくなった高校生探偵の工藤新一が、小学生・江戸川コナンとして、難事件を次から次へと解決していく推理アニメ」というざっくりとした認識しか持っておらず、昨年の『業火の向日葵』を観て怪盗キッドを初めて知ったぐらいである。


 しかしながら、ここ数年、この前述した3本の春シーズンのアニメ映画が軒並み大ヒットを記録していて、いずれもシリーズ最高の興行収入を伸ばし続けていると知ってしまったら、そう簡単に無視することはできまい。依然として映画不況が騒がれ続ける中で、毎年ルーチンで公開されてきた作品が、逆行して人気を盛り返している理由はどうしても気になってしまうのだ。もちろん、その背景にはシネマコンプレックス化によってスクリーン数や上映回数が単純に増えたこともあるが、それぞれの作品が違った戦法で勝負を仕掛けてきているのが興味深い。


 例えば『ドラえもん』は今年公開され、初めて興収40億円を突破した『新・のび太の日本誕生』のように、過去の人気作のリメイクを、オリジナル作品と交互に展開。声優が変わったことで離れていた長年のファンを再び劇場に呼ぶことに成功しているのだ。また、『クレヨンしんちゃん』はギャグアニメらしく、流行の芸人やタレントをゲスト声優に招いて、インパクト勝負に打って出るだけではなく、今年の『爆睡!ユメミーワールド』では芸人の劇団ひとりを脚本家として招集する離れ業に挑んだ。結果的にシリーズで最高のスタートダッシュを見せたことは、まさに功を奏しているのであろう。


 しかし、『名探偵コナン』は他の作品と同様にゲスト声優を招くこと以外は、極めて正攻法に作品の質を上げて勝負に出たのだ。昨年の作品でシリーズ最高興収をあげ、しかもシリーズ20周年の節目となった今回の『純黒の悪夢』は、おそらく制作側の力の入れ方も尋常なものではなかっただろう。その力を、一時性の話題作りに特化させずに、映画としての面白さの追求に充てるあたり、“ゆるぎないものひとつ”ある。そのスタイルが、既存のファンを離さないどころか、まだまだ新規のファンを取り込んでいける秘訣に違いない。


 『純黒の悪夢』は警察庁から機密データを盗み出した侵入者を追って繰り広げられるカーチェイスシーンから始まる。その冒頭数分間だけでも非常に細かいカット割りによって、スピード感溢れる演出を見せるだけでなく、俯瞰ショットや主観ショットを巧みに駆使し、画面全体に抑揚を付けるのだ。ひとしきり盛り上がった途端に組み込まれるオープニングタイトルの格好良さで、ファンだけでなく、シリーズ初心者さえも惹きつける、驚異的な引力を発揮する。


 案の定、予想外のオープニングだけでなく、それ以降の展開もこれまでのシリーズのイメージを覆すような場面の連続であった。まず何より、本作が推理映画ではなかったということだ。何人かのスパイが殺されるシーンはあっても、あくまでもサスペンスに徹している。しかも、明確な悪である黒の組織vs公安とFBIの攻防に加え、記憶をなくした黒の組織のメンバーの女性とコナンら少年探偵団の友情ドラマも織り交ぜるなんて、今更アニメーションを見縊る気は無いが、何て贅沢なアニメーションだろうか。


 そして水族館を併設したテーマパークをメインの舞台に据えて、大勢の群衆の中で行われる銃撃シーンは、さながら昨年の『ジュラシック・ワールド』でのディモルフォドンとプテラノドンの襲撃シーンを思い出させるほど緊迫したパニック映画の様相を呈していた。極め付けはクライマックスの観覧車脱輪シーンだろう。つい先日大ブームとなった『劇場版ガールズ&パンツァー』でもオマージュされた『1941』のオマージュを、またしても観られるなんて実に楽しい。


 元々シャーロック・ホームズを中心とした、往年の探偵小説への敬意を込めた作品とはいえ、改めて考えてみれば探偵だからといって推理で事件を解決するのが決まり事では無い。本作のように、大きな事件に巻き込まれながら、知性を駆使して黒幕と対峙していく姿というのは、探偵を主人公にしたノワール映画にはつきものなのだ。特に、ラストでコナンが発する台詞は、ジョン・ヒューストンの『マルタの鷹』のラストの台詞を思い出させるだけに、この映画が子供も大人も楽しめる定番娯楽映画だけでなく、コアな映画ファンの心も掴むフィルムノワールの側面も備えているということだろう。


 ゴールデン・ウィークが終わり、いざ興行成績を見てみれば、順位こそ『ズートピア』に抜かれたとはいえ、シリーズ最高の興収50億円を突破し、まだまだ興行は続く。20年目にして、これだけのクオリティの作品へと進化を続けているのであれば、大いに納得できる成績だし、来年以降もまた楽しみになってくる。もし『名探偵コナン』を観始めるタイミングを窺っている人がいるならば、今年は絶好の機会である。(久保田和馬)