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ビヨンセ、アノーニ、SKY-HI…… 社会性を備えたコンセプチュアルな最新アルバム5選

2016年05月09日 14:31  リアルサウンド

リアルサウンド

Beyonce『Lemonade』

 「アルバムって覚えてる?」


 プリンスはこう言った。2015年2月、グラミー賞授賞式で「最優秀アルバム賞」のプレゼンターをつとめた時の一言だ。「アルバムは大事だよ。本や、黒人の命と同じようにね。アルバムは今も大事なものなんだ」。そんな風に彼は続けた。


 その時はプリンスが急逝してしまうなんて誰も思っていなかった。でも、あの時の彼の言葉は、一つの預言のように強い力を持って今の音楽シーンに影響を与え続けているように思う。


 YouTubeやストリーミング配信が普及し楽曲単位で音楽を聴く習慣がリスナーに定着した一方、アルバムを「一つのコンセプチュアルな表現」として制作し、時代性を兼ね備えたその奥深さが評価を集める作品がグローバルな音楽シーンのメインストリームにも増えてきている。


 その代表が、2015年を象徴する一枚になったケンドリック・ラマー『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』。同作はアルバム全編を通じて一つの叙事詩を描いていくような壮大なストーリーを持った一枚だった。そしてそこには、彼自身の辿る物語がアメリカの黒人社会全体の持つ問題に敷衍するような奥行きがあった。


 おそらく2016年を代表する一枚になるであろうデヴィッド・ボウイ『★』も、そういう「ケンドリック・ラマー以降」の問題意識を持って作られ、死すらをアートに昇華したアルバムだったと思う。


 今回の記事では、そういう社会性を持ったいくつかの作品を紹介したい。


 まずは全米・全英ともにチャート1位を獲得したビヨンセの通算6枚目のニューアルバム『レモネード』。同作は、いろんな意味で、衝撃の作品だった。「とんでもなさ」においては、これを超えるアルバムはもう2016年にはリリースされないんじゃないか?とすら思ってしまう。


 一つ目の驚きは、事前の宣伝や予告なくヴィジュアル・アルバムとして突如発表されたリリース自体。とは言えこれは3年前の前作『BEYONCÉ』と全く同じ方法論。SNSが普及した今の時代においてはメディアに情報を小出しにして期待を煽るよりもこの方がプロモーション効果も高いと実証が得られたのだろう。ただ、ポイントはこの「ヴィジュアル・アルバム」が、単なるMV集ではないというところにある。


 新作の核を成すのは、約1分間の予告映像を経て米HBOにて独占公開され、その後アルバムにも収録された「Lemonade Film」。収録順に並べられた楽曲にビヨンセ自身の独り語りからなるインタールードが挟まれる1時間のコンセプトムービーとして作られた映像だ。ここから一つ一つの楽曲が織り成すストーリーが伝わってくる。


 もう一つの驚きは、アルバムがかねてから噂のあった夫ジェイ・Zの浮気と不倫をありありと告発する内容になっていること。序盤の「Hold Up」や「Sorry」、ジャック・ホワイトと共作した「Don’t Hurt Yourself」など、かなり手厳しいリリックが並ぶ。なにせ全米屈指の知名度を持つカップルだ。比類ない話題の波及力を持っている。


 ただ、そういったゴシップ性を差し置いて、何より深く刺さるのは、メッセージの強靭さ。ビヨンセは怒りと失望を乗り越え、許し、再び歩み始める。アルバム後半では自立した女性としての生き方を描く。その象徴となるのがジェイ・Zの祖母が語る「わたしはレモンをもらったら、いつもそれをレモネードにしてきました」というアメリカの有名なことわざだ。それがタイトルの『Lemonade』の由来となっている。ケンドリック・ラマーをフィーチャーした「FREEDOM」でも、その台詞がリプライズされる。「浮き沈みがあっても、それが私を強くしていくの。レモンをわたされても、それをレモネードにしたのよ」と歌う。酸っぱいレモンは人生の逆境や不幸の象徴。でも、それは心の持ちようで前向きなチャンスに変えることができる、というメッセージだ。


 そして、それはそのままアフリカン・アメリカンの女性の抱える問題へと広がっていく。「Don’t Hurt Yourself」ではマルコムXの「アメリカで最も評価されていない人間は黒人女性だ。アメリカで最も危険にさらされている人間は黒人女性だ」という言葉がサンプリングされたりもする。


 そういうストーリーが、ラストに収められた先行シングル「Formation」の「隊列を組め!」と女性全員を鼓舞するようなラインにつながっていく。この曲のMVの舞台が南部ニューオーリンズになっているのも(「Lemonade Film」の舞台も同じ場所)、自身のルーツを誇るリリックが綴られているのも、アルバムの伏線になっている。さらにもっと言えば、アメリカの男性原理主義の象徴であるスーパーボウルのハーフタイムショーにこの曲のパフォーマンスをぶち込んだことも、そう。


 前述のジャック・ホワイトやケンドリック・ラマー、ディプロやジェイムス・ブレイクやザ・ウィークエンドなど第一線のプロデューサーやミュージシャンを起用した音楽性だけでなく、一つのアルバムにこれだけのヴィジョンを込めた精神性も、本当にすごいと思う。


 一方、ケンドリック・ラマーが3月初旬にリリースした『untitled unmastered.』は、アルバムや楽曲のタイトルにも「この作品は未発表のアウトテイク集である」という意志表示を明確にしたもの。


 とはいえ、これだけ注目が集まったタイミングで、聡明な彼が単なるボツ曲をリリースするような無策なことはしないはず。『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』と同じレコーディング・セッションで制作されただけに、サウンドの基本的な方向性は共通なのだが、より多様さを持ってブラック・ミュージックの先鋭を追求する楽曲が並ぶ。ロバート・グラスパーが参加した5曲目などは相当にスリリングだし、シー・ローが参加した6曲目のポップな響きもたまらない。リリックのシリアスな洞察も彼の才能を示すもの。


 これを経て『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』を聴くと、あのアルバムは一つのテーマを前面に押し出すために多彩な音楽的挑戦からあえて「抽出」されたものなのだということが改めて伝わってくる。前作を補完する役割を持たせた一枚と言える。


 5月にリリースされたばかりのアノーニ『Hopelessness』も、素晴らしいアルバムだ。サウンドの先鋭性、シリアスな問題意識、そして歌声の持つ崇高な響き。いろんな意味で、研ぎ澄まされた音楽が形になっている。


 「アノーニ」とは、アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズとして活動するアントニー・ヘガティの新しい名義。トランスジェンダーであることを公言している彼女らしい中性的な響きを持つ名前だ。


 新作は、ハドソン・モホークとワンオートリックス・ポイント・ネヴァーとのコラボレーションによって作り上げられた一枚。気鋭の才能二人が手掛けただけあって、全編に迫力と深遠さを併せ持つエレクトロニック・サウンドが響く。アノーニ自身のソウルフルな歌声も聴き応えがある。


 そして、アルバムのテーマも非常に刺激的だ。冒頭の「Drone Bomb Me」は、タイトル通り、ドローン爆撃による「新しい戦争」の悲劇を描く一曲。


 他にも気候変動をテーマにした「4 Degrees」や、オバマ政権への失望を表明する「Obama」など、今の社会が直面する数々の政治的な問題をダイレクトに歌い上げていく。そして終盤の「Crisis」や「Hopelessness」では、自分自身も複雑に絡み合った問題の加害者の一人であることを問いただす。


 まさに「ホープレスネス」。希望なき時代を射抜くアルバムになっている。


 というわけで、ここまでUSのミュージシャンの新作を紹介してきたが、日本においてはどうだろうか。アルバムを1枚のトータルな作品として成立させ、かつ個人の葛藤と社会の断層を同じパースペクティブでえぐり出すような表現に挑むミュージシャンはどれほどいるだろうか。少なくともメジャーシーンに属しヒットチャートに作品を送り込むような活動を繰り広げるようなアーティストの中では、かなり少ないと言わざるを得ない。


 そんな中で、明確に「ケンドリック・ラマー以降」を意識し、そのことをインタビューなどでも発言しているのがラッパーのSKY-HIだ。


 今年初頭にリリースされた彼の2ndアルバム『カタルシス』は、一つ一つの楽曲がアルバム全体のストーリー性を構築するコンセプチュアルな一枚。サウンドとしては躍動感を持ったポップなトラックが多いが、アルバムの根底にあるテーマは彼の死生観。タイトルは「カタルシス」と「語る死す」のダブルミーニングだ。中盤には夭折した友人を歌う「LUCE」のような曲もある。


 アルバムを通して描かれるのは、孤独や閉塞を「君と僕」というミクロな関係の充足で乗り越えていくストーリー。そことマクロな「世界」とが直結する。いわば、社会の中間領域が意図的に切断された“セカイ系”的な物語と同じ構造を持っているアルバムだと言える。そして、その背景には人種や階級のような明示的な断絶が少ないかわりに、同調圧力と疎外が生きづらさに結びつく日本ならではの風潮が息づいている。


 個人的には、彼には次のフェーズでさらにその先を描いてほしいと期待している。5月11日には早くもニューシングル『クロノグラフ』がリリースされる。


 SALUの2年ぶりのアルバム『Good Morning』も、今、日本においてラッパーが何をすべきかを追求したような一枚。日本のヒップホップ・シーンの充実を伝えるようなアルバムだ。


 tofubeatsやmabanuaなど多彩なトラックメーカーを迎え、Salyuや中島美嘉などの女性シンガーがフィーチャリングに参加した新作。聴き心地のよいスムースなトラックの数々に乗せて綴られるのは、少しずつ未来が歯抜けになっていくような空虚な不安が渦巻く今の時代の苛立ちや葛藤。リード曲「Nipponia Nippon」はそれを彼らしい視点で描く。


 アルバムのラストが、地元・厚木を歌った「AFURI」で終わるのも示唆的だ。


 高速道路に乗って都市から郊外へと向かう目線と共に描かれる「仲間愛」が、アルバムの軸にある「満たされなさ」に対しての一つの回答として描かれる。そういうアルバムのストーリーは、すごく今の時代的だと思う(札幌出身のSALUにとって厚木は地元であっても“故郷”ではないのもポイントだ)。


 ちなみに、SALUの盟友AKLOも、メジャーデビュー作『Outside the Frame』を6月22日にリリースする。海外のヒップホップシーンに精通した彼は、おそらく『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』に最も刺激を受けた日本のラッパーのうちの一人だろう。今年1月にはシングル「We Go On」もリリースされている。


 こちらも期待したい。(柴 那典)
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば:」Twitter