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Zeebraが明かす『フリースタイルダンジョン』ヒットの理由 「はっきり言って“無理ゲー”のつもりだった」

2016年05月08日 11:31  リアルサウンド

リアルサウンド

『フリースタイルダンジョン』

 ラッパーのZeebraがオーガナイザーを務めるMCバトル番組『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日)が、大きな盛り上がりを見せている。2015年9月に始まった同番組は、MCバトルにRPGゲームの要素を取り入れているのが特徴で、チャレンジャーが“モンスター”と呼ばれるプロラッパーに挑むスリリングさが評判を呼び、Rec2で早くもラスボス・般若が登場した際はネットを中心に爆発的な話題となった。従来のヒップホップファン以外からも支持され、いまも進化し続けている同番組は、どんなビジョンのもとに運営されているのか。Zeebra本人に話を聞いた。


参考:『フリースタイルダンジョン』はなぜ人気? “スポ根的エンターテインメント”でシーン底上げとなるか


■「般若の登場回で、番組の持つドラマ性が一気に加速した」


――『フリースタイルダンジョン』は、これまでヒップホップを聴かなかった層にも拡がりを見せている番組だと感じています。この番組が始まった経緯について、改めて教えてください。


Zeebra:もともとのブームの引き金は、『BAZOOKA!!!』(BSスカパー!)の一企画として始めた「高校生ラップ選手権」でした。同番組の司会を、うちの事務所の眞木蔵人がやっていたこともあり、まずは単発の企画として始めたかたちです。それが高校生を中心とした若年層に受けました。その後、サイバーエージェントの藤田晋さんに「高校生ラップ選手権」みたいなMCバトルの企画をテレビ朝日に持ってこれないかと相談を受け、では高校を卒業したラッパーたちも戦える舞台を作ったらどうかと考えて、企画書を出したんですね。藤田さんがその企画を気に入ってくれて、実際にテレビ制作のスタッフとミーティングをしたところ、テレビ向けにさらに演出をしようということになり、草案のタイトルだった“フリースタイルダンジョン”という言葉を掘り下げて、RPGゲームの要素を強くすることになりました。これまでのMCバトルはトーナメント性で、MCたちにとって門戸は広いけれど、エンターテイメントとして一般の方に伝わりにくいところもありました。そこで、キャラクターの立ったレギュラーMCを据えることにしたんです。


ーーそこから、これまでのMCバトルにはなかった「モンスター」という制度も生まれてきたわけですね。オリジナルのモンスター5人は、どう選出したのでしょう。


Zeebra:まず、フリースタイルにおける圧倒的な実力者とのことで、R-指定(Creepy Nuts)の名前が挙がりました。本物のラッパーというものを、ちゃんと民放で見せたかったですしね。また、「高校生ラップ選手権」の流れを汲んで、同大会で二度、覇者になった2WINのT-PABLOWを若手代表として選出しました。そこから、ラスボスとして般若が出てきたらヤバくない?という話が出て、すぐ彼に電話をしてみたら二つ返事でOKがでました。2008年のULTIMATE MC BATTLEで優勝して以来、般若はフリースタイルバトルを封印していたので、“眠れる獅子を起こしてしまう”ような演出を期待できると考えたんです。実際、彼は期待以上の威圧感で“ラスボス感”を出してくれて。


――残りのふたりは?


Zeebra:残りのメンバーはバランスが大切だと思って。RPGでどんなパーティを組むか考えたとき、魔法を使えるメンバーや、体力に秀でたメンバーも必要じゃないですか。それで、最強王者のR-指定と、若きプリンスのT-PABLOW、ラスボスの般若となったとき、間に入るのは誰かと考えて、ダースレイダーに相談したんですよ。そしたらダースと同じ鎖グループの漢 a.k.a. GAMIが、モンスターとして出たいと言ってくれて。ハスラー・ラップといえば彼なので、もうこれはバッチリだなと。あとは、ジョーカーみたいなタイプと考えて、サイプレス上野の名前が出てきました。


――なるほど、確かにバランスが良いですね。しかし、ラスボスの般若は早くもRec2で登場することになりました。あれは想定内でしたか?


Zeebra:はっきり言って“無理ゲー”のつもりだったので、驚きました。番組を始めてわかったのは、追うものと追われるものにはやはり差があって、たとえばチャレンジャーは別の大会で使ったラインを使えるけれど、モンスター側は前回の放送で使ったラインは基本的に使えないですよね。また、モンスターごとに対策を練って勝負することもできる。そういうハンデが一気に作用したこともあって、Rec2で早くも般若が引きずり出されたんだと思います。ちょうど賞金を100万円にしたばかりだったので、あの勝負はプロデューサーたちも含めて冷や汗モノでした(笑)。だけど、あの回があったからこそ、番組の持つドラマ性が一気に加速した。そこにはイメージと寸分違わぬ、もしくはそれ以上に堂々たる般若がいて、チャレンジャー・焚巻を真正面から迎え撃ってくれたんです。その素晴らしさ、MCバトルの凄みを地上波で証明することができたという嬉しさから、俺もつい涙腺が緩んでしまいました。あの瞬間、この番組はイケると確信しましたね。


――『フリースタイルダンジョン』がムーブメントとなった要因として、ドラマ性は大きいと感じています。


Zeebra:ヒップホップ番組というとどうしても歌番組になってしまうけれど、そこに止まらない勢いを持つことはできたと感じています。ちゃんとドラマがあったからこそ、あの回で初めて「ラップって凄いんだ」と感じてくれた方も多かったはずです。SNSをリサーチしてみても、「ラップって、DQNが”YOYO♪”言っているだけのものだと思ってたら、こんなことやっていたんだ」って意見が多くて、韻を踏むことの高度さ、奥深さがやっと本当に伝わったのかもしれない。90年代に一度、ヒップホップは日本でもムーブメントになっていて、それ以来、ポップミュージックの中でちゃんと広まりはしたけれど、本当の意味でラップを理解しているリスナーはそれほど多くはなかったはず。日常的に日本語ラップを耳にするようにはなっても、聞き流されていた部分も多かったんじゃないかな。たぶん、「フリースタイルダンジョン」を何度か観ている人は、どこでどんな風に韻を踏んでいるか気にしながら観るようになるし、そうなると今まで聞き流していた日本語ラップも違って聴こえるようになるはず。今回の番組をやって一番嬉しかったのは、そこですね。


■「みんなで体験を共有する感じはもう一度帰ってくるべき」


――ドラマを観る中で、多くのひとがラップの本質に気付いたというのは面白いですね。途中から、ちゃんと使用しているトラック名も表示するようになったり、ヒップホップ・カルチャーをきちんと伝えようという意思が感じられるのも、同番組が信頼されているところだと感じています。


Zeebra:「フリースタイルダンジョン」はどんどん良い番組にしていきたいので、少しずつ改善を加えていますね。モンスターが不利になりすぎないようにルールを変えたり、新しいコーナーを設けたり。収録後には毎回、スタッフと反省会をしていますし、SNSでの意見も取り入れています。


――テレビ番組には珍しく、オフィシャルでYouTube配信していたのも、同番組が広がった要因だと思います。今後はAbemaTVで配信するとのことですが。


Zeebra:「高校生ラップ選手権」がネットで広がったので、今回もなんとか頼み込んでネット配信をOKにしてもらいました。そうすると、若い子たちがたとえば学校の昼休みに観ることもできますから。ただ、本来テレビ番組をネットにアップするのはNG中のNGで、もう本当に藤田さんやテレビ朝日側の好意でしかないです。AbemaTVに変えたのは、スポンサーサイドの意向ももちろんあるけれど、みんなで同じ時間帯に同じ番組を観る感覚を取り戻してほしいという思いもあって。オンデマンドの時代で、個人が好きな時間に好きな番組を観るのが当たり前になっているけれど、みんなで一緒に観るとか、みんなで一緒に聴くとか、体験を共有する感じはもう一度帰ってくるべきだとも思うんです。


――いろいろな環境で観ることができるのは良いけれど、リアルタイム性も大切にしたい、と。


Zeebra:自分自身、オンデマンドの人間にはなっているけれど、みんなで放送を楽しみながらワイワイ言うのも醍醐味ですからね。以前、Ustreamが流行りだした頃に自分なりのヒップホップ専門ラジオをやってみたのですが、それの反響が大きかったのも印象に残っています。俺は昔から、日本にもニューヨークのHOT97みたいなヒップホップ専門のラジオ局が必要だと考えていて、そういう専門局がないのが日本の音楽シーンの問題でもあると思うんです。朝起きたら、ヒップホップがかかっていて、学校に行って帰ってきたら、まだヒップホップがかかっていて、という放送局があると、音楽の聴き方、掘り下げ方も変わってくるし、ツイッターなんかでも「いま、こんな曲がかかった」とか、みんなで共有して盛り上がれるじゃないですか。インターネットができたことで、放送が駄目になるという見方もあるけれど、ラジコができたことでラジオの聴取率は上がっているわけで、要はネットの回線を使ってもう一度、放送の醍醐味を取り戻したいんですよ。


――AbemaTVは、基本は無料ですしね。


Zeebra:オリジナルコンテンツで、Kダブの番組があったり、宇多丸の番組があったり、AK-69の番組があったりするので、「囲われた!」とか言わないで、ヒップホップファンはやっておくべき(笑)。


■「フリースタイルだけではない、ヒップホップの魅力も感じてほしい」


――ただ、ネットに積極的だと、ネタバレの心配は常に付きまといますよね。会場には一般の観覧者も入っていますし。


Zeebra:全然、ネタバレがないといったら嘘になります。でも、そういうことをするのは本当に一部の人間で、「フリースタイルダンジョン」でサーチしてもそれほどたくさんは出てこないですね。観覧している方はとてもマナーが良いですし、毎回、ちゃんと盛り上がってくれています。やっぱり、テレ朝の応募から集まっている方々だから、ちゃんと楽しみたい、このシーンを盛り上げていきたいという意識が強いんだと思います。そういう意味でも、本当にみんなで作っている番組ですね。


――「フリースタイルダンジョン」はたしかに、新しいヒップホップの波を作っていますね。ただ一方で、特定のスタイルのラッパーが勝ちやすかったり、フリースタイルこそがヒップホップの魅力のすべてであるような誤解を与えたりするのではないかとの指摘もあります。


Zeebra:たしかに、MCバトルはスポーツと同じく競技性があるため注目が集まりやすいです。ただ、ちゃんと楽曲も楽しんでもらう必要性はあると考えていて、そのために毎回ライブを入れています。短くても良いから、必ずライブを入れるというのは、初期から一貫しています。フリースタイルだけではない、ヒップホップの魅力はそこで感じてほしいですね。それから、番組オリジナルのサントラ『フリースタイルダンジョン ORIGINAL SOUND TRACK』を5月18日にリリースします。レギュラー出演者たちの全員の楽曲のほか、CHICO CARLITOと焚巻と掌幻による音源も入っています。15曲入りで2000円なので、ヒップホップ入門としても楽しめる作品になっていると思います。そこからいろいろな日本語ラップを掘ってもらえたら嬉しいですね。


 スタイルとして勝ちやすい、勝ちにくいに関しては、あの審査員たちはそれほど偏った審査はしないので、あまり気にしていないです。勢いだけじゃなく、ちゃんとフロウに工夫があれば、そこも加味して審査しているはず。むしろ勝つか負けるかのポイントで言えば、会場に飲まれないことが大切だと感じています。やっぱり、モンスターが強いのはとにかく会場慣れしているところで、チャレンジャーは民放で自分の一字一句が流れるわけだから、ものすごく緊張しているわけです。そのシチュエーションに飲まれず、自分らしいスタイルを出せるラッパーが強いですよ。


――Second Seasonからはさらに規模が大きくなって、会場もスタジオコーストに変わったので、よりメンタル面が問われそうですね。


Zeebra:まあ、図太くないと勝てないですよね。1000人の観覧者がいて、超でかいステージのど真ん中でやらされるから、結構なプレッシャーですよ。チャレンジャーが可哀想だなって思いました(笑)。モンスターも二人増えましたし、とにかくすべてのスケールがデカくなったので。一筋縄ではいかないと思います。


――ひとくちに日本語ラップといっても、シーンは広いですが、「フリースタイルダンジョン」はメジャーからアンダーグラウンドまで、あらゆるシーンのラッパーが集まっていますよね。


Zeebra:戦極MCBATTLEとかTHE 罵倒とか、ほかのフリースタイルの大会とも連携をとって、さらに幅を広げていけたらいいと考えています。たとえば番組の中でちょっとしたエキシビションマッチをやってみたりとか、そういうことも視野に入れていて。レギュラー放送以外のイベントもやってみたりね。「フリースタイルダンジョン」をヒップホップシーンにおける一つの媒体というか、そういう大きなものに進化させて、そこからさらに派生してシーンそのものを大きくしていきたいですね。(取材・文=松田広宣)