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松本潤『99.9』と木村拓哉『HERO』、弁護士スタンスの違い 窃盗事件を扱った第3話の狙いは?

2016年05月08日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

(C)タナカケンイチ

 窃盗事件というのは、あらゆる犯罪の中で最も身近に起こりうるものである。警察庁がまとめている犯罪統計を見てみても、常に認知件数も検挙件数も最大で、ここ数年徐々に減少傾向にあるようだが、それでも年間100万件に近い数字が認知されているのが現状だ。犯罪に大小は無いとはいえ、ドラマで窃盗事件を取り扱うとなると、それ単体だけで物語は成立しにくい。窃盗事件の被害を受けたことで登場人物の誰かの人生が大きく変わってしまったり、何か他の事件に窃盗事件が付随して描かれるといった使われ方が多く、刑事ドラマにおいても副次的な作用しかもたらさないのである。


参考:嵐・松本潤と風間俊介が熱演『99.9』第2話は秀逸だった! 定番テーマ“正当防衛”をいかに描いたか


 『99.9 刑事専門弁護士』の第3話で描かれる窃盗事件も、典型的に副次的な作用を図ったものであろう。とある中小企業の金庫から非常用資金の1000万円が盗まれるという事件が起きる。その金庫の暗証番号を知っている3名のうちのひとりで、事件が発生したと思しき日に唯一会社にいた経理担当の女性・吉田果歩(山下リオ)が逮捕され、起訴されたのである。


 起訴の決め手となったのは、彼女の自宅から大金が発見され、その額は彼女が入社してから貯蓄をしていたとしても貯められる額ではなかったということである。彼女の母親が斑目法律事務所に弁護依頼を持ちかけ、女性の弁護だからということで榮倉奈々演じる立花が自ら名乗りをあげるのだが、接見した果歩は、十数年前に自分を捨てて家を出て行った母親から依頼を受けた立花たちを拒絶するのである。


 第1話では人物紹介を兼ねながら、この種のドラマでは定番である殺人事件を描いていたが、第2話になると同じように殺人事件でありながら、正当防衛をテーマに掲げ、よりリーガルドラマとしての土台を築いた。今回の第3話は事件そのものよりも、周囲のドラマに重きを置いて、感動作に仕上げられている。十数年間疎遠になっていた母親が、自分の余命がわずかであることを知り、窃盗事件で起訴された娘を何としてでも助けたいという、これまでの2話とは全く異なるテイストの筋書きであった。松本潤演じる深山のギャグも最小限に絞り、料理シーンに当てる時間も絞り、かなり軽めに作り上げてきたこれまでと比較すると、オーソドックスで、少々地味な印象を受けないでもない。


 とはいえ、またしても香川照之演じる佐田と、深山の「弁護士論」のやり合いは、今回も健在であり、なかなか興味深いものであった。母親の余命がわずかであることを知り、裁判をしてしまったら死に目に遭えないことを危惧した依頼人が、これまで続けてきた否認を一転させ、無実の罪を認めようとしたことを、立花が佐田に相談する場面である。示談交渉で早期に保釈させることが依頼人の利益となるならそうするべきだ、という佐田に対し、深山は「やってもいないことをやったと言わせるのですか?」と問いかける。そこでこんな例を挙げるのだ。


 殺人事件で起訴された依頼人が無罪を訴えている。しかし、佐田に自分がやったことを告白し、黙っていて欲しいと頼んできた。それでも無罪を主張して戦うのか、と。深山の言わんとすることはよく判る。彼はこれまでのエピソードでも、「依頼人の利益」や「有罪か無罪か」よりも「事実」にだけこだわってきているのだから。対して佐田は、それでも依頼人が無実を主張している以上、その通りにさせるよう努力するのが刑事弁護である、と対抗するのである。まさに「依頼人の利益」に応える弁護士として模範的な回答である。


 そして深山は、「それが弁護だとは僕は思いませんけど」と言い切る。これは少々一般論としての理想を突きすぎているのではないだろうかと思ってしまう。たしかに、有罪がほぼ間違いない事件において、無罪を勝ち取ったり酌量を得ようとして弁護側が少々度の過ぎた戦い方をすることが、現実でもしばしば起こり、世間的に注目されている事件では尚更それが疑問視されている。しかし、この深山の主張は、弁護士としての業務を放棄していることと同じに思えてしまうのである。


 繰り返し比較してしまうことになるが、『HERO』での木村拓哉演じる久利生公平も、ひたすら「事実」に執着して捜査する人物であった。しかし、それは必ずしも被疑者を起訴しなくてはいけないわけではなく、誤った判断で一人の人間の人生を狂わせてはいけない責任を負っていると自覚していたからである。いわば検察は事実追求をして然るべき存在であるのだが、逆に弁護士は事実の追求よりも優先して、世論を敵に回してでも依頼人を護らなければならない使命が伴う存在なのでは無いだろうか。たしかに、犯罪は常に弾劾されなければならない。だがその個人の処罰感情と、弁護士として刑事弁護を全うしなければいけないことのジレンマによって生まれる、「弁護士とは何をすべき存在か」という葛藤こそが、この種のドラマには必要なのでは無いだろうか。


 クライマックスの法廷シーンは、またしても真犯人を暴くために使われているとはいえ、第1話ほど浮いた感じには見えなかったのが救いである。きちんと結審の場面も入り、その後に古典的ながらも依頼人のドラマの結末を描いたことは、やはり今回の第3話で演出を務めた金子文紀のドラマ作りの巧さを感じる。ようやくラストになって、主人公深山の過去のフラッシュバックが登場したので、そろそろ彼が弁護士という道を選んだ理由も描かれてくるだろう。そうすれば、彼の弁護士としてのスタンスに対する疑問は多少解消されてくるのかもしれない。(久保田和馬)