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渡辺謙 VS マシュー・マコノヒー、“静と動”の演技合戦 日米の名優は『追憶の森』でどう対峙したか

2016年05月06日 16:41  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2015 Grand Experiment, LLC.

 日米を代表する演技派俳優として名を馳せる、渡辺謙とマシュー・マコノヒーが初共演を果たした、ガス・ヴァン・サント監督最新作『追憶の森』。富士山麓の青木ヶ原樹海を舞台に、死に場所を求めてやって来たアメリカ人アーサーと、樹海に迷い込んでしまった日本人タクミのサバイバル劇が淡々と進んで行く本作。見どころのひとつは、『ラスト・サムライ』でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた渡辺と、『ダラス・バイヤーズクラブ』で見事アカデミー賞主演男優賞に輝いたマコノヒーがみせる“静”と“動”の素晴らしい演技合戦だ。


参考:人気絶頂マシュー・マコノヒーは、なぜ異色作『追憶の森』出演を決めたのか?


 マシュー・マコノヒーといえば『評決のとき』で注目を集めたものの、その後は『U-571』『サラマンダー』『サハラ 死の砂漠を脱出せよ』といったアクション作品への出演が続き、ムキムキの肉体美を誇るマッチョ俳優に転向かと思われたが、『リンカーン弁護士』で演技派俳優として復活。もちろん『マジック・マイク』などで自慢の肉体美を披露するファンサービスも忘れないが、『ダラス・バイヤーズクラブ』ではしっかりオスカー像を手にすることも忘れなかった。かたや渡辺謙は一度病に倒れたもののスクリーンに復帰し、『ラスト・サムライ』出演以降は『バッドマン ビギンズ』『SAYURI』『ダレン・シャン』などのハリウッド作品に続々出演。『王様と私』などのミュージカルにも出演し、着実に国際派スターの地位を確実に築いていった。


 頭で考えるより先に、つい体が反応してしまうアーサーの抜群の行動力を体現したマコノヒーと、深い森の中で方向感覚を失いながらも、決して乱れることのないタクミの冷静さを表現した渡辺は好対照をみせる。さすがは名優と呼ばれる二人だけあって、閉ざされた樹海という空間での緊張感あふれるやり取りはもとより、何気ない会話の様子や、ちょっとした目線や仕草に至るまですべてがパーフェクトと言っても過言ではない。観客は共に樹海で困難な時間を過ごすうちに、次第に心を通わせていくアーサーとタクミの姿にグイグイ目を奪われてしまうのだ。


 二人組を主人公にした“バディムービー”には、ガス・ヴァン・サント監督の過去の作品で、リヴァー・フェニックスとキアヌ・リーヴスを起用した『マイ・プライベート・アイダホ』や、ロビン・ウィリアムズとマット・デイモン共演の『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』なども挙げられる。その他にも『48時間』『リーサル・ウェポン』『バッドボーイズ』『ラッシュアワー』『メン・イン・ブラック』「最強のふたり』『ジャージの二人』『まほろ駅前狂騒曲』等々枚挙にいとまがない。そんな中、『追憶の森』がより一層われわれの心に深く響くのは、渡辺謙とマシュー・マコノヒーという才能豊かな役者たちが、エモーショナルかつリアルな演技で観る者の心をわしづかみにするからに他ならない。


 大自然の持つ恐ろしさと美しさ、そして人間に備わった弱さと強さを浮き彫りにした本作は、ガス・ヴァン・サント監督の死生観を表している。普段はあまり意識することはないけれど、本来人間は善と悪を合わせ持ち、何人たりとも決して死から逃れることは出来ないのが現実だ。富士山の青木ヶ原樹海と言えば“自殺の名所”でもあるのだが、同時に樹海探検の観光名所でもあるという不思議。まさに“生”と“死”が隣り合わせにある場所に、世界中から静謐なる死を求めて多数の人々が集まるというのも納得。そこには人智を超えたスピリチュアルな特別な“何か”が宿っているのかもしれない。


 なにゆえにわざわざ死ぬためだけに遠い日本まで……という無粋な疑問はひとまず横に置き、自然の脅威と美しさが共存する“樹海”で、何かに導かれるように出会った二人の男性の宿命に注目したい。それは決して単なる運命のイタズラではなく、必然であったのだ。抜群の演技力と圧倒的な存在感で、スクリーン上に揺るぎない地位を築いてきた渡辺謙とマシュー・マコノヒーという、日米が誇る名優の、本作での出会いが必然であったように。(平野敦子)