2016年05月05日 15:01 リアルサウンド
でんぱ組.incは、新たなフェーズに足を踏み入れた。着実な人気の高まりを経て、持ち前のカラフルな個性は失わないまま、より広い地平を目指し始めた。
グループのキャッチコピーは今も変わらず「萌えきゅんソングを世界にお届け」だ。でも、その「萌えきゅんソング」の内実は、もはやオタクカルチャー由来の電波ソングでなく、前山田健一や玉屋2060%など数々の作曲家が手掛ける「でんぱ印」のユニークな音楽性になった。そしてそこには、ストレートなポップソングも、様々なジャンルの音楽をでんぱ組.incなりに吸収した楽曲も含まれるようになった。通算4枚目のニューアルバム『GOGO DEMPA』は、その象徴となる1枚だ。
現体制となって5年目を迎えたでんぱ組.incは、どこに辿り着き、どこに向かおうとしているのか? この記事では、楽曲分析と過去のメンバーインタビューの発言から、それを紐解いていきたい。
まず新作の収録曲のポイントとなっているのは、「ドキュメントからシンパシー」への変化だ。好評を集めたファッションブランドSPINNSとのコラボなどを経て、でんぱ組.incは徐々に「女の子の憧れ」としてのアイドル像を獲得するようになっていった。だからこそ、そういうファンの共感を引き受ける楽曲を歌うようにもなっていった。
以前にも書いたが(「でんぱ組.incの新曲に見るグループの戦略転換 「ドキュメント」から「シンパシー」への変化を読む」)、その象徴となっているのが、アルバムのラストに収録された「あした地球がこなごなになっても」。13曲目「キボウノウタ」、14曲目「ユメ射す明日へ」と、終盤に並ぶ楽曲も真っ直ぐなエモーションを歌い上げるナンバー。破天荒なエンターテインメント性よりも、センチメンタルな余韻が残るようなアルバムの聴き応えになっている。
『ミュージック・マガジン』誌5月号に掲載されたメンバーインタビューでは、多くのメンバーが「ユメ射す明日へ」をフェイバリットに挙げている。
〈なんでこんなうまくいかないの? 転んでばかりの日々にゲンメツ〉という歌い出しの「ユメ射す明日へ」は、かつて「W.W.D」(2013年1月リリースシングル『W.W.D / 冬へと走りだすお!』表題曲)で〈マイナスからのスタート〉と歌ったグループのヒストリーを彷彿とさせるものだ。
筆者はアイドルたちのライフストーリーを紐解くインタビューマガジン『IDOL AND READ』でメンバー6人の取材を担当したのだが、そこでも古川未鈴はメジャーデビュー当初のグループをこんな風に振り返っている。
「やることなすことダメでしたね。振り付けも全部私がやってて、見よう見まねのダンスしかできなくて。しょっぱい感じでしたね(笑)」(古川未鈴、『IDOL AND READ』 vol.1より)
そもそも、でんぱ組.incは秋葉原のディアステージで古川未鈴が「アイドルをやりたい」と言ったことから始まったグループだ。夢眠ねむも、センターをつとめる彼女がグループの軸であることを語っている。
「やっぱりでんぱ組.incの骨は古川未鈴なんですよ。だから未鈴ちゃんが辞めたかったら私は辞めるし、続けたかったら続ける。古川未鈴についていくって決めたんだからそうしている、って感じですね」(夢眠ねむ、『IDOL AND READ』vol.2より)
そんな古川未鈴は、ニューアルバムでの変化をこんな風に語っている。
「昔の私たちじゃ歌えない曲がたくさんあるんですよね。とても前向きで、明るくて。以前は私たちが背中を押して欲しいって感じだったんですけれど、いつの間にやら、そっと押している、みたいな曲が多くて」(古川未鈴、『ミュージック・マガジン』2016年5月号より)
メンバーそれぞれの暗い過去もあったし、活動を重ねていく中で向き合う葛藤もあった。新作にはそういう5年間の積み重ねがあってこそ歌える楽曲が詰まっていると言えるだろう。リーダー、相沢梨紗も今のでんぱ組.incについて、こんな風に語っていた。
「現実に違和感みたいなものがあって、しんどい子たちが、こういう世界もあるんだって思ってくれるきっかけになったらいいなって思うんです」(相沢梨紗、『IDOL AND READ』vol.4より)
一方、ニューアルバムの前半には「破! to the Future」や「STAR☆ットしちゃうぜ春だしね」などハイテンションな楽曲が並ぶ。様々な音色やフレーズを詰め込んだ高密度なポップソングなのだが、ポイントはバンドサウンドがベースになっていること。ライブでも「でんでんバンド」という専属のバックバンドを従えた生演奏のステージがでんぱ組.incの魅力の一つになっている。
また、カントリー&ウエスタンを取り入れた曲調に加え、ミュージックビデオの映像でもかなり面白い演出を見せるのが「STAR☆ットしちゃうぜ春だしね」。映像では6人のメンバーがアルバムの初回限定盤に描かれたキャラクターイラストを実写化したようなコスチュームを身にまとう。先日行われた「GOGO DEMPA TOUR 2016」でも、映像制作集団「最後の手段」によるイラストが大きくフィーチャーされ、戯画化された6体の可愛い妖怪たちのキャラクターをメンバーに見立てるユニークな演出が徹底されていた。
こういうアイドルグループの枠を飛び越えたヴィジュアル演出やコンセプトも、でんぱ組.incの魅力と言っていいだろう。成瀬瑛美はこんな風に言う。
「でんぱ組.incって存在は本当にすごく面白いですから。日本の文化としてずっとあったほうがいいんですよ。だから、できるだけ長く続けていきたいです。たとえメンバーがみんなやめるのであれば、ちゃんと何か永遠に残るものとしてやめたい」(成瀬瑛美、『IDOL AND READ』vol.3より)
また、ニューアルバムの中で最も新機軸と言える楽曲が、中盤に収録された9曲目「アンサンブルは手のひらに」。作詞作曲を手掛けたのはCozy(Laika Came Back)こと車谷浩司。曲調はスウィング・ジャズだ。アップライトベースとピアノとホーンセクションによる豪華なサウンドに、ちょっとアンニュイな歌声を響かせる。でんぱ組.incの中でも“大人”な魅力を見せる一曲だ。
ちなみに、現体制になってからの5年間の中で、最も目覚ましい成長を見せたのが、ピンキーこと藤咲彩音。彼女への単独インタビューでは、幼い頃から母親と二人三脚でコスプレイヤーとして活躍してきたがゆえに、自我がなかったことを明かしている。
「小学校に入ってから高校に入るまで自分の意志がなくて、特に子供の頃は、自分で考えるということを放棄してたんですよ。でんぱ組.incになった瞬間に自分の意見がないってことに気づいちゃって、『これは困ったぞ』と」(藤咲彩音、『IDOL AND READ』vol.5より)
でんぱ組.inc加入後の「W.W.D」の頃も「自分自身で考えることができなくて、だから自分がわからない」と言っていた彼女が「ちゃんと自分の頭で客観的にいろんなことを見ようと思った」のは、武道館公演を経た2014年になってからのこと。今では卓越したダンスパフォーマンスでグループを引っ張る存在になっている。
「ちゃんと船頭に立てる人間になりたいなと思います。好きなことをまっすぐ続けたらいろんな仕事につながるってことをちゃんと自分で証明できたから」(藤咲彩音、『IDOL AND READ』vol.5より)
こうして成長を重ね、ファン層を広げ、音楽性も豊かになってきた今のでんぱ組.inc。しかし明らかに満ち足りていない表情を見せるのが、「金色の異端児」最上もがだ。今年春に行われたインタビューでは、こんな発言もあった。
「今、でんぱ組.incって売れてると思います?」
売れてると思いますよ、と応えた筆者に対して、彼女はこう言い放つ。
「ぼくは売れてるとは思ってないです。それは、周りにもっと上の人がいっぱいいるからなんですよ。たとえばセカオワ(SEKAI NO OWARI)とも仲良いし、きゃりー(ぱみゅぱみゅ)ちゃんも友達だし。そういう人たちとは桁が違うんで。今の現状で満足しているようなら上には行けないし、今の現状に満足全く出来ないんですよ。そのためには、どうすればいいかってすごい考える」(最上もが、『IDOL AND READ』vol.6より)
現体制となって5年目を迎えたでんぱ組.inc。アイドルグループとして着実にキャリアを重ね、音楽としてもカルチャーとしても刺激的なチャレンジを繰り広げてきた。『GOGO DEMPA』はその結晶としての一枚である。
が、まだでんぱ組.incが完成形に辿り着いたというわけではない。6人がこの先も「攻め」の姿勢を持って突き進んでいくことは、おそらく間違いなさそうだ。(文=柴 那典)