2016年05月03日 10:51 弁護士ドットコム
自民党の稲田朋美政調会長への取材をめぐり、週刊新潮に「弁護士バカ」などと書かれ、名誉を傷つけられたとして、夫の弁護士が新潮社に500万円の損害賠償などを求めた裁判で、大阪地裁は4月19日、請求を棄却する判決を言い渡した。
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週刊新潮は昨年4月9日号で「『選挙民に日本酒贈呈』をない事にした『稲田朋美』政調会長」という見出しの記事を掲載した。その中で、夫の弁護士が同誌の取材に対して、記事を掲載すれば法的な対抗手段をとると文書で通告してきたとして、「恫喝(どうかつ)だと気づかないのなら、世間を知らない弁護士バカ以外の何ものでもない」と書いた。
報道によると、大阪地裁の増森珠美裁判長は判決理由で、記事は社会的評価を低下させるが、稲田政調会長の公選法違反疑惑を報じた内容で「公益目的」があったと認定した。また、「弁護士バカ」との表現も論評の域を逸脱していないとした。
「バカ」というのは一般的には侮蔑的な表現のように思えるが、なぜ、裁判所は名誉毀損を認めなかったのか。報道をめぐる法律問題にくわしい秋山亘弁護士に聞いた。
「本件は、当該弁護士が週刊誌に対して取った一定の行動(記事公表前の段階で、民事訴訟だけでなく刑事告訴を持ち出して、記事掲載をやめるよう警告する文章をファックスした行為)を前提事実として、このような弁護士の行動が、週刊誌への『恫喝』にあたるとして、『世間を知らない弁護士バカ』と論評した記事の違法性が問題となった事案です」
秋山弁護士はこのように述べる。どんな場合に違法と評価されるのか。
「このような特定の事実を前提として、人の行動や発言を『論評』をした記事が、人の社会的評価を低下させる記事であった場合、次のような4つの要件が全て満たされた場合に、名誉毀損としての違法性はないというのが判例の考え方です。
(1)記事の内容が公共の利害に関する事実に関するものであること(事実の公共性)、
(2)記事掲載の目的がもっぱら公益を図るものであったこと(目的の公益性)、
(3)意見・論評の前提事実の重要な部分が真実であること(または、意見・論評の前提事実について、行為者が真実を信ずるにつき相当の理由があったこと)、
(4)表現内容が人身攻撃におよぶなど、意見・論評としての域を逸脱したものではないこと」
今回のケースは、どう考えればいいのか。
「本件については、公人である稲田政調会長の公選法違反疑惑を報じる記事に対する、その夫の弁護士の行動を報じたものですので、上記(1)と(2)の要件は満たされるでしょう。
また、この弁護士が週刊誌に対して前記のような警告文をファックスしたことも事実だとした上で、裁判所は上記(3)の要件も満たしていると判断したと考えられます。
問題は、『世間を知らない弁護士バカ』という表現が上記(4)の要件を満たすのかという点です。
本件はかなり微妙な限界事例だと考えられますが、記事が公表される前の段階から刑事告訴に言及する警告をした行為に対する論評としては、当該弁護士に対する批判の域を逸脱していないと判断したと考えられます」
なぜ、「批判の域を逸脱していない」と判断されたのか。
「背景には、次のような事情があったと考えられます。
マスメディアは、公人に対する正当な批判をすることが重要な役割だと考えられています。
そして、マスメディアの表現の自由の尊重という見地から、言論機関の表現行為に対する名誉毀損罪での刑事罰の適用は、相当に謙抑的であるべきだと、一般的に考えられています。
一方で、本件では批判の対象となった人物が公人である稲田政調会長の夫であり、弁護士であったという事情があります。
こうしたことが、裁判所の前記の判断に影響しているものと考えられます」
秋山弁護士はこのように分析していた。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
秋山 亘(あきやま・とおる)弁護士
民事事件全般(企業法務、不動産事件、労働問題、各種損害賠償請求事件等)及び刑事事件を中心に業務を行っている。日弁連人権擁護委員会第5部会(精神的自由)委員、日弁連報道と人権に関する調査・研究特別部会員
事務所名:三羽総合法律事務所