2016年05月02日 07:11 弁護士ドットコム
大手企業で、運動会などの社内行事を再評価する動きが出てきている。仕事とプライベートを分けて考える人が増えたことから減少気味だったが、景気が上向いてきたことなどを受け、ここ数年で社内行事を再開する企業が増えてきているという。
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しかし、社内行事に参加したことで、トラウマを抱えてしまった人もいる。東京都内のIT企業に勤めるエリコさんは、かつて働いていた会社で「富士登山」を強制された。「ある夏の日突然、社長が『心身を鍛える』という理由で、『富士山に登るぞ!』と言いだしたんです。私は登山経験ゼロで体力的にも不安でしたが、断れる雰囲気ではなく、しぶしぶ承諾しました」。
その2日後、エリコさんは富士山にいた。「5合目からスタートしたんですが、岩場をよじのぼって脚はガクガク、『滑って落ちたらどうしよう』と恐怖でいっぱいでした。酸素が薄くてまともに呼吸できず、死ぬかと思いました。そんな私を置いて社長はどんどん先に進んでしまうし、本当に辛かったです」。エリコさんはため息をつく。
社内行事に「社員の一体感醸成」などの効果を指摘する声もあるようだが、参加したことで、エリコさんのように辛い想いをする人もいるかもしれない。社員に対して、社内行事への参加を強制することは、法的に問題ないのだろうか。原 英彰弁護士に聞いた。
「企業が労働者に何かを『命令』するためには、就業規則や雇用契約書など諸規定の内容と照らし合わせて、その命令が労働契約の内容に含まれている必要があります。
通常は、会社行事への参加を強制できるような労働契約上の根拠はないでしょう。よって、エリコさんは、富士登山への参加を強制される理由はなかったといえます」
原弁護士はこのように述べる。
「多くの場合、社内行事は建前上は任意参加とされ、賃金も支払われません。また万が一、社内行事で怪我をしても、建前上は任意参加の行事とされていたなら、労災として認められない可能性があります」
エリコさんは社長に富士登山を提案された際、「断れる雰囲気ではなかった」という。
「エリコさんのケースは、社長じきじきの誘いということで、断りたくても断れない雰囲気があったのでしょう。事実上であれ、『強制参加』となっていたのに、賃金が支払われなかったとすると、法律上は問題があります。
また、富士登山は本来の業務に関係がないうえに、身体に危険が及ぶ可能性があることも問題です。
事実上、強制参加させた社内行事で、社員が怪我をしても労災が出ない場合、怪我をした社員は会社に対して損害賠償を請求する余地があるでしょう。
社内行事を行うことは大いに結構ですが、きちんと『仕事』扱いをしてこれを行うか、もしくは任意参加であることを徹底すべきだと思います」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
原 英彰(はら・ひであき)弁護士
人事労務を中心に、企業法務を中心に取扱う。企業側の立場での団体交渉の経験が豊富で、週1回ペースで出席している。
事務所名:JPS総合法律事務所
事務所URL:http://jps-law.jp/