メルセデスが、ロシアGPに向けた開発で「2トークン」を使用したことは既報のとおりだが、いくつかの謎が残っている。
ひとつは、この情報が、どこから出てきたのか。トークンの使用数は開幕戦でFIAから発表があったが、今回のロシアGPで報道されているフェラーリ(3トークン)に関しても、今回のメルセデスに関しても、FIAから公式なリリースは出ていない。ニュースが流れた直後、メルセデスAMGの広報は「2トークンを燃料システムに使用した」ことを認めたものの、その前に報道されていることからもわかるように情報源は広報ではない。
では、どこから漏れたのか。考えられるのはチーム関係者だが、ニュースを最初に流した人物に尋ねると、情報源は意外なところ……FIAだった。
ふたつめの疑問は、パワーユニット本体の変更ではないので新たなユニットを投入する必要はないが、トークンは消費するということだ。何を変えると、そんな事態が起きるのか。考えられるのは、先日お伝えした「セミHCCI (Homogeneous-Charge Compression Ignition/予混合圧縮着火)システム」に関わる改良ではないかということだ。セミHCCIシステムで肝となるのは、噴射装置(インジェクターなど)と点火装置(イグニッションなど)だ。
しかも、この2項目は封印を切ることなく、新しいものに交換できるアイテムなので、今回のメルセデス勢のようにトークンは消化するが、ユニットを新しいものにする必要がない。
テクニカルレギュレーションを見ると、点火装置の改良は1トークンが必要。一方、噴射装置の改良には2トークンが必要だと定められているため、どうやら今回メルセデスが改良してきたのは、噴射装置だと考えられる。もちろんユニットを新しくしなくとも、トークンを使用して改良できるパーツは他にもある。たとえば、燃料ポンプだ。実際イタリアのガゼッタ紙は「燃料ポンプ説」を唱えている。
しかし、あるパワーユニットマニュファラクチャーの関係者は「今回のメルセデスは燃料システムだけでなく、燃料も同時に改良してきたことを考えると、インジェクターを改良してきた可能性が高い」と分析している。現実問題として、燃料ポンブの改良にトークンを使用するとは考えにくいし、燃料を変える必要もない。こうした意見を総合すると、「インジェクター説」が有力だ。この予測が正しければ、メルセデスのセミHCCIシステムは、すでに第3段階に突入したことを意味する。成功すればライバルとのギャップが今後さらに広がる可能性も考えられる。
さらに今回のメルセデスの変更には、緻密な計画が見てとれる。非公式ながら、ロシアGPで3トークンを使用したフェラーリと2トークンを使用したメルセデス。一見、両者の開発は同等に進んでいるように見えるが、そうではないとホンダの長谷川祐介総責任者は指摘する。
「本来トークンを使用するタイミングに合わせて、ユニットも新しくしたい。そうでないと、トークンを使用する前のユニットは旧バージョンになってしまいますから」
ベッテルのパワーユニットを例にとって説明しよう。1基目はバーレーンGPのフォーメーションラップでブローしたため、今後はレースで使用できない。そこで中国GPに2基目を投入したが、そこでトークンを使用しなかったため、この2基目は旧バージョンとして残ることとなる。もし中国GPで使用した2基目にトークンを使用していれば、最新ユニットとしてシーズン終盤まで好きなタイミングで使用できたが、旧バージョンとなってしまったため、フェラーリとしてはバックアップ用、またはパワーユニットの負荷が小さいモナコやハンガリーあるいはシンガポール用として、限定的な使い方を強いられることになった。
逆にメルセデスはユニットを新しくすることなく、トークンを使ってアップデートすることに成功したため、まだパワーユニットを交換していないメルセデス・ユーザーのドライバーは、今シーズン使用できる5基すべてが最新仕様となる。それが3基なのか5基なのか、これは大きな違いだ。