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橋本徹が『Good Mellows』シリーズを通して伝えたいこと「音楽を空間と一緒に楽しみたい」

2016年04月28日 18:51  リアルサウンド

リアルサウンド

『Good Mellows For Sunrise Dreaming』

 橋本徹(SUBURBIA)が、自身が監修したコンピレーション・アルバム『Good Mellows For Sunrise Dreaming』と、バレアリック・シーンを代表するアーティスト、カントマことフィル・マイソンのコンピレーション・アルバム『Cantoma For Good Mellows』を2016年春、『Good Mellows』シリーズとしてリリースした。『フリー・ソウル』や『カフェ・アプレミディ』をはじめとした名盤コンピレーション・アルバムを数多くリリースしてきた彼が、新たなシリーズを通して表現したいこと、“今”コンピレーション・アルバムをリリースすることの意義などについて語ってもらった。(編集部)


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■『Good Mellows』のシリーズは、“外に持ち出しても心地よい音”


――コンピレーション・アルバム・シリーズ『Good Mellows』は、どういった経緯で始まったのですか。


橋本徹(以下、橋本):2015年の春、ディスクユニオンからお話をいただいて<Suburbia Records>というレーベルをスタートさせました。これまでいろいろなメジャー・レコード会社からリリースしてきた『フリー・ソウル』をはじめとするコンピレーションがすでに300枚近くあるうえに、<Apres-midi Records>という、カフェ・ミュージックの延長線上で聴ける心地よい音楽を出すレーベルもすでに立ち上げていて。新しいレーベルをディスクユニオン配給で始めるというお話をもらったとき、何が今いちばん自分の中でやりたいことなのか、ということを改めて考えました。


ディスクユニオンはご存知のように、アナログ盤をたくさん扱うお店を持っているので、自分のリスニング・ライフの中でとても大きな位置づけにある、毎週新譜の12インチをたくさん買って聴いているという部分、しかも結構幅広いジャンルを聴いているという部分を自分のコンピレーションCDというフォーマットで、自分のフィルターを通して表現ができたらいいなと。


『フリー・ソウル』『カフェ・アプレミディ』『メロウ・ビーツ』『ジャズ・シュプリーム』など、これまでもいろいろなテイストのコンピを作らせていただいてきたのですが、いちばんかたちになっていないのは、ハウスをはじめとしたクラブ・カルチャー以降の音楽だったんです。そういった音楽の中にも自分なりに好きなメロウであったりチルアウトなテイストのものがたくさんあるので、うまくまとめてリスナーにプレゼンテーションできたらいいなと思ったのが、今回のシリーズのきっかけですね。


――『Good Mellows』というタイトルは?


橋本:2014年の夏に海辺でDJをする機会が何回かあって。特に鎌倉の由比ヶ浜の「good mellows」という素敵なハンバーガーショップがあるんですけど、そこでDJをやったときの気持ちのいい感じーー海辺でくつろいでいて音楽が心地よく鳴っている感じを、今まで僕のコンピCDを聴いてきてくださった方、あるいはもっとクラブ・ミュージックにどっぷりの方、アウトドアが好きな方など、好きな音楽を共有できそうでまだあまりできていなかった方たちに届けられるようなシリーズにしようという思いがあって。あとはやっぱり「good mellows」というお店の名前、この言葉の響きにすごくインスパイアされたところもあります。「フリー・ソウル」という言葉に20年以上前にビビッときたのと同じくらいの何かを感じました。


それで2015年の春から3枚、春、夏、秋とコンピを出して。それが日本だけでなく、海外のリスナーやアーティストからも好評だったので、とりあえず今年も引き続きリリースすることになりました。もっといろいろなことをやるつもりで始めたレーベルでしたが、今年も『Good Mellows』を推していこうということで、この春にコンピを2枚リリースしてます。


――その2枚は具体的にどのような作品なのでしょうか。


橋本:ひとつは今までと同じようなオムニバス盤で、「シーサイド・ウィークエンド(海辺の週末)」と「サンセット・フィーリング(夕陽と音楽)」、それに「ムーンライト・ランデヴー」という月夜の輝きを感じさせるロマンティックなテイストを受け継いでの続編で、時間設定的には今回は「サンライズ・ドリーミング」ということで、目覚めて、まどろみの中から徐々に爽やかな1日がスタートしていくようなシチュエーションをイメージしたことによって、グルーヴィーな曲を混ぜ込みやすくなりました。“サンシャイン”的なものを感じる部分って、クラブ・ミュージック以降の12インチの中にもたくさんあるんですよね。


あともうひとつは、初めての単体アーティストのコンピレーション『Cantoma For Good Mellows』です。『フリー・ソウル』シリーズもオムニバスと単体アーティストやレーベル別のベストが存在するのですが、この『Good Mellows』シリーズでも、核となるアーティストのコンピレーションを編んでゆくことは、僕にとってとても楽しい作業でした。ちょうどバレアリック・チルアウトの伝説的存在であるカントマことフィル・マイソンの新譜の日本盤を出せないかという話をコーディネーターの方からいただいたこともあって。ディスクユニオンとも相談して、新譜だけだとなかなかセールス的に今は厳しいので、全キャリアからセレクトした『Good Mellows』のコンピと合わせてリリースすることになりました。


――海外からの好反応は、ヨーロッパが中心なのでしょうか。


橋本:『Good Mellows』に関してはヨーロッパだけではなく、西海岸やニューヨークもですね。いろいろなレーベルの担当者と連絡を取りながらコンピは作られるので、SNSを通して絶賛していただくケースも多くて。「こういうのがあるんだけど、<Suburbia Records>で出せないか」というオファーもたくさんあります。なかなかフィジカルを出せる環境が世界でもあまりないので、「ここは出してくれるんだ」という期待感もあるのかもしれません。カントマも、まさにそういったケースでした。


――さきほどお話の中で“サンセット”というキーワードが出てきましたが、改めて選曲の細かなポイントがあれば教えていただけますか。


橋本:『Good Mellows』のシリーズは、“外に持ち出しても心地よい音”という意識があって。最初の『Good Mellows For Seaside Weekend』から波の音、鳥のさえずり、そういった効果音が含まれるピースフルな音楽を少しでも入れていきたいと思って選曲しています。いわゆるアンビエント・ミュージックと言われるエレメントを必ず入れていることはシリーズに共通しています。リビングで聴いても、ベッドルームで聴いても、自宅のテラスで聴いても、ドライブのときに聴いても素晴らしいんですけど、どこか“海辺感”というか、そういう心地よさを感じることができると思います。ダンス・ミュージックでも密室のダンス・ミュージックではなく、太陽の光や風の匂いを感じられるようなブリージンなダンス・ミュージック、そういうものを自然に選んでいると思います。


■旅をするようにいろいろな時代、国、ジャンルの音楽を楽しみたい


――橋本さんご自身の中で、現在進行形の音楽への関心と、幅広い年代の音楽への関心はどれくらいの割合でお持ちなのでしょう。


橋本:あまりその分け隔てはないですね。ただ、今はとにかくアナログもCDアルバムも現在進行形の音楽が充実していると思っていて。現在進行形の音楽を聴いている時間のほうが圧倒的に長いですが、そこから連想ゲームのように「今はこういう音楽が気持ちいいから、70年代のものだったらこういうものがよく聴こえるんじゃないかな」とか、「これとこれは何かつながっているな」というように古い音楽も聴いたりします。そうすると、今のアーティストが過去のアーティストをリスペクトしたり、熱心なファンだったりすることも多くて、その音楽の遺伝子を受け継いでいると感じることができるんです。国や地域や年代やジャンルを超えたつながりを感じるような音楽体験が僕は好きなので。だから基本的には常にそのときの“今”の音楽を起点にして、そこから旅をするようにいろいろな時代、いろいろな国、いろいろなジャンルの音楽を楽しめたらと思っています。


――この『Good Mellows For Sunrise Dreaming』にはいろいろなセクションがあると感じました。流して聴くと自然ですが、実はいろいろなジャンルの音楽が入っています。


橋本:そうですね。ダンス・ミュージック一辺倒になりたくないという意識が自分の中にあって、やっぱりチルアウト・フィーリングも大切にしています。リスナーとしても、コンパイラーとしても振り幅やダイナミズムを感じられる選曲が好きなので、自然とそうなっているのかと。ただ、自由にいろいろなものを行き来したいという気持ちはあるのですが、“ジャンルを超える”とか、“音楽スタイルを超える”ということ自体が目的になってはいけないとは思っていて。自然に「ああ、ここからこう行ったら気持ちがいいな」と思えることをやっているつもりなんですけどね。


――中盤からはバレアリック・サウンドがだんだん色濃くなってきますね。バレアリックという感覚について、あらためて教えてください。


橋本:いろいろなイメージがあると思いますが、カントマに聞いた話だと、1993年以前と以降ではかなりイビサの音楽は変わったみたいで。それはハワイの音楽が観光化されて変わっていったのと同じような意味だと思うんですけど。“イビサの原風景”みたいなものは1993年以前にあって、すごくざっくりと言ってしまえば、商業化される前ーーイギリス・ドイツ・フランスのプロモーターが、大物DJをイビサにブッキングし始める前の状態です。コンピレーションの前半では、そういう部分も表現できたらいいなという意識がありました。アンビエントっぽいものや、ミスター・フィンガーズのちょっとしたバリエーションのようなメロウ・チルアウト感覚も含めて。一方で中盤以降は、高揚感というか、バレアリックな中でもダンサブルで開放的なテイストから生まれる気持ちよさも出せればという気持ちで選曲しました。空間BGMでもコンピCDでも、僕は音楽が好きな人間として選曲をするので、少しでも聴き手のストライクゾーンを広げていけたらいいな、というふうに思っているんですね。普段はそういう音楽はあまり聴いていないひとに、「この流れの中で聴いたらなんかいいな」と思ってもらえたら一番うれしいです。


――その後は、ロバート・グラスパー以降を象徴するような、新世代のジャズ系の楽曲へも繋がっていきます。


橋本:最近はジャズ方面でいいレコードがたくさん発表されているので、自然と自分もそういうものを選曲していきますね。それはジャズとエレクトロニクスの融合ということだけではなくて、フォークトロニカ的な部分もあるでしょうし、ブレイク・ビーツとピアノの組み合わせでもそうだろうし。僕のコンピレーションで『Free Soul ~ 2010s Urban』というシリーズがあって、その中でもこうした楽曲を紹介しています。今夏には『2010s Urban』の新作も出そうと思っています。アンダーソン・パーク、キング、BJ・ザ・シカゴ・キッドなど、今年に入って出たジャズとソウルとヒップホップの蜜月から生まれた、2010年代のアーバン・メロウな音楽を中心にしようかと。それと比較すると、『Good Mellows』は、もうちょっとクラブ・カルチャー、ハウス・カルチャーを通過したチルアウトーー両方とも現在進行形の音楽なんだけども、前者は都会寄りで後者は海辺寄りというイメージですかね。ヒップホップ×ソウル×ジャズと、ハウス以降のメロウ・チルアウト。シリーズごとに微妙に色分けしているつもりです。でも、今回の『Good Mellows』1曲目のミゲル・アトウッド・ファーガソンは、どっちの1曲目でもいい存在感ですが(笑)。


――人脈を考えると、ミゲル・アトウッド・ファーガソンはたしかに『2010s Urban』寄りですね。


橋本:でも、音だけを聴くと『Good Mellows』でOKなんです。だから音だけで感覚的に判断する人たちだったらこっちだと思うだろうし。音楽に詳しいリスナーで「ビルド・アン・アーク、ドクター・ドレー、いろいろやっている人だよね」と思えば『2010s Urban』のほうのイメージがしっくり来るかもしれない。


――最近のそういった音楽は、90年代のフリー・ソウル的な音楽に通じる部分を感じますよね。


橋本:そうですね。ミゲルも結局、カルロス・ニーニョとのJ・ディラへの追悼から始まっているわけですし、ディラ以降のビート感や心地よさみたいなものというのは当然、踏まえています。ちゃんとつながっていますよね。チルアウト・ハウスのアンビエント感というところでいうと、ミスター・フィンガーズの系譜を受け継いでいるわけだし。こうしてルーツが作られていくのかなと。


■モノとしての良さも伝え続けていきたいという気持ちがあって


――以前のインタビューでは「好きな音楽をどうやって世の中に届けるか」というお話で、プロモーションに関するお話をお聞きしました。音楽の視聴スタイルに変化が起こっているいま、コンピレーション・アルバムを出すことの意義とは?


橋本:実は僕自身は昔とそれほど変わらないリスニング・スタイルなんです。リスナーとして、毎週レコード屋さんに行ったり、CDショップに行って新作を買い、それに付随する旧譜やリイシューものを買って聴いたりしているだけなので。そんな僕に語る資格があるかどうか分からないですが、やっぱりこれだけインターネットが発達している世の中だと、作品を出すだけではレコードやCDを手に取ってもらえないというような状況であること自体は分かります。しかし、伝えたいことや作るものは昔と全く変わっていなくて。すごくシンプルに、自分の好きな曲をどうすればいちばん聴いてもらえるかな、というテーマ設定のもと、自分の聴きたい順番で並べて作品にしています。いろいろな人にアドバイスをされて、YouTubeのトレーラーを作ったり、DOMMUNEに出てみたり、プロモーションの仕方は少し昔とは違いますが。ただ、僕は全然そういうのが得意ではないので、もう探り探り、やる意味があると思えるものはできるだけやるというスタンスです。僕は最終的にはレコードやCDを手に取ってもらいたいし、そこで表現している世界観まで辿り着いてもらうために、それらをやっているという感覚なんですよ。


ーーレコードやCDを手にとって、アートワークにも触れてほしいですよね。


橋本:僕はできたばっかりのアナログやCDは、しばらく部屋に飾ります。『Good Mellows』のシリーズはFJDによる描きおろしのアートワークが本当に素晴らしいですからね。それで実際に部屋の雰囲気が変わったりもして。そういうモノとしての良さも伝え続けていきたいという気持ちがあって、その良さを伝えるためにやらなければいけないことが、昔とは変わったということなのかもしれないですね。


――わたし自身、Apple Musicを使うようになってから、むしろレコード欲が高まりました。実際、若いひとがレコードを集めることが、カルチャーとしてまた少し盛り上がりつつあるみたいですね。


橋本:それは歓迎ですね(笑)。どうしても日本のレコード会社は新しい聴取方法をライバルとして捉えて規制する方向に動きがちだけど、逆にそういう新しいメディアを利用してレコードやCDが売れるようにできたらいいな、といつも思います。YouTubeがあるからレコードやCDが売れないとか、サブスクリプションがあるから売れないということじゃなくて、そこを入り口にして音楽が好きになった人に、フィジカルをどう届けていくか。すごくマニアックなものだけじゃなく、日常やライフスタイルと結びつけて提案することによって、購買意欲が湧くひとたちもいるだろうし。「これはハウスのすごくレアな12インチなんですよ」とか、「これはアンビエントの伝説的なアーティストの曲ですよ」というよりは、『Good Mellows』で提案するように、「海辺で聴くと気持ちがいいですよ」というところから入ってきてくれる人もたくさんいると思うんですよ。


――『Good Mellows』シリーズは、空間やシチュエーションを重要視した作品とも言えますよね。


橋本:海辺をドライブしているときでもいいし、コテージみたいなところでもいい。ちょっと緑をジャケットに入れてもらったんですけど。そういうほうにライフスタイルを広げていきたいんですよ。お金のかかったリゾートとは違う、“シティ・ミュージックの海辺版”的な感じというか……カジュアルにということですかね。贅沢としてのリゾートではなくて、日常の延長にある自然、アウトドア、オープンエア、車の中、そんな場所を意識しています。


――ライフスタイルという部分でいうと、橋本さんはカフェ経営など音楽以外の活動もされています。


橋本:やっぱりそれも、音楽を空間と一緒に楽しみたいというか。もちろん、本やパソコンでその作品やアーティストについて調べて、いろいろなことが詳しく分かって嬉しいという音楽の楽しみ方も当然あるわけだけれど、僕が選曲やコンピレーションCDで表現したいのは、時間を演出したり、空間を演出したりする方向なんです。だから曲順やジャケットが重要になってくるし、タイトルからどんなイメージが広がるかとか、そういうこともすごく重要で。“雰囲気が大切”というと、「雰囲気でしか聴いてない」と言って怒るお堅いマニアや評論家もいますけど、「雰囲気を聴かないで何を聴くんだよ」という気持ちもあるんです(笑)。


――昨今のフェスの流行などを見ていると、その空間も含めて音楽を楽しむという文化も、ずいぶん定着したように感じます。


橋本:ささやかながらも幸せな気持ちになったり、楽しくなることのほうが、みんな好きだろうから。そういう意味では、僕の中ではカフェ・アプレミディも重要です。自分がいて心地よい空間や心地よい時間というのは、人それぞれにあると思うのですが、僕の感じる心地よさはカフェという空間で表現されるものだったんです。そして、そこで鳴っていてほしい音楽が<Apres-midi Records>シリーズになった。その流れでいうと、ここ3年くらい、春から秋くらいまでは海に行くことが多かったので、自然に『Good Mellows』のような作品が生まれたということなんです。実際にその雰囲気を、普段の東京のクラブやバーやカフェで選曲をするときにも持ち込んで、それをCDにすることによって、ずっと残せて繰り返し聴けるわけで。音楽は香りと一緒で、いちばん思い出と結びつきやすく、記憶が蘇りやすいものらしいんですよ。たぶん僕は、そういうものが作りたいんだと思います。