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『とと姉ちゃん』第三週目で描かれた、祖母と母の対立ーー母・君子の“朝ドラヒロイン”らしさ

2016年04月25日 13:51  リアルサウンド

リアルサウンド

『とと姉ちゃん』公式サイト

 大家さんからの妾の誘いをことわった小橋君子(木村多江)は母の青柳滝子(大地真央)に手紙を書く。君子の実家は東京の深川にある老舗の材木問屋・青柳商店。滝子はそこの女将だった。父が他界してから一人で切り盛りして君子を育ててきたが、跡取りにするために強引に縁談を進めようとした滝子に君子は反発し、当時すでに結婚の約束をしていた竹蔵(西島秀俊)と共に浜松へとやってきたのだった。


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 そのため、ずっと絶縁状態だったのだが、「荷物まとめて、こっちにおいで」という返事をもらった小橋家は浜松に別れを告げて、東京へと向かい青柳商店で暮らすことに。


 深川に辿り着いた常子(高畑充季)は町の活気に興奮する。一方、君子は仕事を求めて方々のお店を回るのだが、「四十女を雇うくらいなら若い子を雇う」と、断られてしまう。


 そんな君子の姿を見た常子は、少しでも母の役に立てばと、滝子の外回りに同行する。滝子は常子に商売の才覚があることを見抜き、ゆくゆくは青柳商店の女将にしたいと君子に言う。しかし君子は、自分たちを迎え入れたのは、娘の中から女将候補を選ぶためだったのと思い込み、娘たちを連れて青柳商店から出て行ってしまう。


 熊本大地震の影響で放送中止となった12話と13話の同時放送からはじまった『とと姉ちゃん』第3週だが、地震情報のテロップで囲まれた画面で見る朝ドラは、やはり今までとは少し違うものに感じられた。


 家の二階から深川を見ながら、「(この町も)随分変わりましたね」という君子に対して、青柳商店の筆頭番頭の隈井栄太郎(片岡鶴太郎)は、「震災で全て無くなりましたからねえ」と答える。


 震災とは大正12年に起きた関東大震災のことだ。次々と地震情報が画面に表示される中で聞かされる関東大震災についての会話は、なんとも複雑な気持ちにさせられる。朝ドラは明治・大正・昭和が舞台となることが多く、関東大震災から戦争に向かっていく戦前日本の歴史を、現在の日本に重ね合わせて描いてきた。


 滝子は「私はね、その普通の暮らしを守ることが自分たちの仕事だとも思ってるのさ。だからいい木を売って、何があっても壊れないような家を造る。それが私らの仕事のやりがいというかね、意地みたいなものなんだ」と、常子に言う。ここで常子は、とと(父)と同じように滝子もまた、「何より日常が大切で愛おしい」のだと考えていることを理解する。


 おそらくこの台詞は、本作が東日本大震災を踏まえた上で「日常の大切さ」を描こうとしているのだという宣言だったのだろうが、まさか放送中に大地震が起きるとは作り手も想定しなかっただろう。リアルタイムで放送しているテレビドラマでは、こういう意図せざる形でフィクションと現実が重なってしまうことがある。


 本編に戻ろう。今週は、母の君子と祖母の滝子の対立を娘の常子が見つめるという親子三世代の姿が描かれる。女の一代記を描くことが多い朝ドラでは祖母と母の対立を娘が見上げるという構造が度々描かれる。


 そのため、戦前(日本の伝統を生きた祖母)と戦後(戦後民主主義の自由を生きた母)の価値観の間で揺れる現在(自由であるが故に、どう生きていいのか迷っている娘)という物語構造となるのだが、滝子の登場によって、より、朝ドラらしい話になったと言える。


 面白いのは、理路整然と正論を言うのは滝子の方で、君子の意見の方が被害妄想気味で、言いがかりにしか聞こえないこと。これは、情緒不安定な役を演じることが多い木村多江と、宝塚出身の大地真央の背筋の伸びた堂々とした演技の印象もあるのだろう。


 仮に滝子の中に、次の女将候補を選ぶ目論みがあったとしても、そこは一端呑み込んで、まずは娘たちの衣食住を第一と、考えるのが普通ではないかと思ったが、「かか(母)も一人の人間なのだ」というのが、このドラマの人間観なのだろう。もっとも、あれだけ悲壮な覚悟で家を出ながら、青柳商店の隣にある仕出し屋の森田屋に住み込みで働くようになるのだから、ちゃっかりしている。


 森田屋の森田まつ(秋野陽子)は滝子とは犬猿の仲で、よりによってそこで働かなくてもと思うのだが、森田屋の二階にいる姿が滝子に見つかった際に、君子が窓を閉める姿がチャーミングで「この女、ただものじゃない」と、思わせる。当初は弱々しくて呑気な母親かと思っていた君子だが、話が進む度に、呑気さの裏側にあるたくましさを見せ始めている。もしかしたら、小橋家の中で一番、朝ドラヒロインらしいのかもしれない。


 一方、常子は滝子の得意先回りに同行することで、滝子の人を見極める力に触れることとなる。得意先を回りながら情報収集をして損得を見極める姿は、おそらく常子が編集者として営業回りをする際の指針となっていくのだろう。同時に、常子が青柳家の跡取りである若旦那の青柳清(大野拓朗)に一目ぼれして、すぐに幻滅するくだりをみても、今の常子には、人を見る目があまり無いように見える。三姉妹がままごとをする場面で常子は赤ん坊の役をずっと演じていたが、これは常子がまだ、世の中を理解していないということを表しているのだろう。(成馬零一)