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My Little Loverが奏でた現在進行形のポップス 『evergreen』『re:evergreen』完全再現ライブレポート

2016年04月19日 18:01  リアルサウンド

リアルサウンド

撮影=笹原清明

 My Little Loverの『evergreen』と言えば、小林武史プロデュースの〈究極のポップ・アルバム〉として、90年代J-POPシーンに燦然と輝く名作。300万枚というセールスは、日本の人口のほぼ40人に一人がCDを持っている、文字通りのモンスター・アルバムだ。その丸ごと再現を含むデビュー20周年記念ライブ、特別な一夜の会場は、東京・国際フォーラム ホールC。キャパシティは1502席。あまりのぜいたくさに、うしろめたいほどに胸がときめく。客席には、20年前の少年少女たちを中心に、次の世代の若者たちもちらほら。柔らかく落ち着いた空気に、少し緊張感の混ざった独特の雰囲気。


(参考=「小林武史が語る、My Little Loverの音楽が普遍性を持つ理由「akkoは稀有な魅力とバランスの上にいるシンガー」」)


 19時5分。派手な演出も何もなく、ふらりと演奏者たちが現れ、最後にakkoがマイクの前に立つと、いきなり演奏が始まる。第一部は、昨年リリースした20周年記念作『re:evergreen』を曲順通りに。1曲目はフィル・スペクター風のゴージャスなアレンジに飾られた、ハッピーなクリスマス・チューン「wintersongが聴こえる」。akkoは白いシャツ、白いスニーカー、ナチュラル質感の紺のスカートには星模様。歌いながら、時折グロッケンを叩く。「pastel」では軽やかにファンキーなリズムに乗り、小林武史が立ち上がってすごいキーボード・ソロを弾いた。メロウなバラード「星空の軌道」は、ドラム・沼澤尚の刻むしなやかな16ビートが心地よい。バンドメンバーは、小林、沼澤、沖山優司(B)、西川進(G)、岩城直也(Key)、ヤマグチヒロコ(Cho)、安達練(Manipulator)。打ち込みは最小限にとどめ、生演奏の音の広がりと豊かさにスポットを当てた、フュージョン/シティポップの流れを感じる見事な演奏。素晴らしいバンドだ。


 若々しいアップビートのロック・チューン「夏からの手紙」では、akkoがいたずらっ子のような笑顔で手拍子、そしてジャンプ。「舞台芝居」は、マイラバには異色のラテン・ビートに乗せて、akkoとヒロコがシェイカーを振り振り。小林武史が実にエモーショナルなエレクトリック・ピアノのソロを決める。なんともグルーヴィーで豊かなひとときだが、圧巻は、そのあとに歌われたスロー・バラード「送る想い」。静謐なピアノ、キーボードの伴奏のみで、凛と背筋を伸ばし、一個の楽器のように素直な音色で歌うakkoの声は、今が2016年なのか1995年なのか、忘れさせるほどに軽やかに時を超える。「ターミナル」は、なめらかなようで実は非常にクセのある、小林武史独特の上下するメロディラインを、akkoの歌は水が流れるようにさらりとたどる。ラスト・チューン「re:evergreen」は、アルバムの全体を、そして20年前の『evergreen』から始まった旅路を、生命力あふれるビートと躍動するメロディ、誠実なメッセージで象徴する曲。〈その時が来たよ、新しい世界への〉というフレーズがまぶしい。evergreen=時を超えてみずみずしく、という言葉を、過去のノスタルジーから解放し、現在からもっと先の未来へ、力いっぱい投げ上げる曲。歌い終わり、笑顔で大きく手を振るakko。言葉はなくとも、歌に込めた思いは伝わる。


 15分後、第二部の開幕。いよいよ『evergreen』の再現、正確に言えば『re:evergreen』のDISC2に収録され、いくつかの音を差し替えてり・プロデュースされた『evergreen⁺』の再現だ。akkoはシルバーのウェッジヒールに、アダルトな色彩のストライプが入った膝上ワンピース。踊るようなステップでステージに登場すると、「Magic Time」のあのイントロが始まる。「wintersongが聴こえる」と同様にグロッケンを叩くのも、20年の時をつなぐ楽しい演出だ。沖山のベースが生み出す16ビートのグルーヴが素晴らしく気持ちいい。「Free」は、モータウンのポップスのような弾けるビートで、「白いカイト」はセカンドライン。〈究極のポップ・アルバム〉とは何よりも、体を揺さぶるリズムのバリエーションと充実にあったのだと、当時はあまり気づかなかった真理を今さらに思う。西川進の鋭いカッティングがかっこいい。


 「めぐり逢う世界」から、マイラバ史上最高のヒット曲「Hello,Again~昔からある場所~」へ。抒情的でフォーキーな、日本人の琴線に鋭く触れるメロディ。初めて聴いた時から懐かしい気がしたこの曲は、20年後に聴いても変わらず懐かしかった。ふと客席を見ると、椅子に座ったまま、体を動かすというよりはうなずくような仕草で、聴き入る人が多い。一転して、頭打ちのソウルフルなビートが楽しい「My Painting」へ。先日インタビューした折に〈ライブで一回も歌った記憶がない〉と聞いたが、フィリーソウル風のさざめくストリングス、透明感いっぱいの歌声が素晴らしく、彼女にもファンにも新鮮な1曲になっただろう。またまたシーンは変わり、「暮れゆく街で」は、あまりに痛切なロストラブソング。おそらくループのビートが使われて、アコースティック・ギター、マレットを使った繊細なドラムを背景に、せつなさを極める愛の終わりを、淡々と描く曲。人生について、愛について、小林武史独特の哲学的なフレージングが中心を占めるマイラバの歌詞世界だが、akko単独で手掛けたこの歌詞の、あまりのせつなさに胸が痛い。


 アルバムから8曲目、終わりが近づいてきた。オシャレなソウル・ポップ「Delicacy」では、akkoがタンバリンをリンリン。間奏でメンバー紹介をする。最後に〈My Little Loverのボーカルはご存じこの方、akko!〉と紹介したのは、もちろん小林武史。そのまま「Man & Woman」へと曲をつなげると、akkoはこの日初めてマイクを持ってステージ前へ。あたたかい手拍子と全員の笑顔。2番のサビは、観客がリード・ボーカルだ。マイクには入っていなかったが、はい! サンキュー! カモン!と、akkoの口の動きがそんなふうに見える。せつない、胸締めつけるようなポップ・チューンの多いマイラバだが、軽やかなダンスビート、明るさいっぱいの「Man & Woman」は、最も屈託なくハッピーな曲かもしれない。夢のような時間を締めくくる最後の曲は「evergreen」。ミドルテンポのハネたリズム、アコースティック・ギター、そしてアウトロで繰り返されるアフリカン・ムードいっぱいのコーラス。〈永遠の緑は、心に広がっている〉。生命の移り変わりの中に自分の存在を感じることは、20年前にこの曲を聴いた時よりも、はるかにシリアスになっていることを、繰り返すリフレインの中でふと思う。


「今日は本当にありがとうございました。楽しんでいただけましたでしょうか? 最後に1曲お届けして終わりたいと思います」


 アンコール。akkoは黒地に赤の、開放的なジャンプスーツ。この日唯一のMCはあまりに短いものだったが、おそらく言葉はいらなかったのだろう。『evergreen』の世界は、300万人を超える人々から、次の世代へと聴き継がれ、信じられないほど多くの人の心の中で、一つの場所を占めている。誠実にその世界を再現する以外に、そこに何を付け加える必要があるだろう。アンコールに選ばれた「YES ~free flower~」は、タイトなエイトビート、グラマラスなロック・チューンで、『evergreen』の世界観とはまた違う明快なロック感のある曲。夢から覚めたような思いでこの曲を聴きながら、やはり『evergreen』は特別なアルバムだったと思う。1995年、ポップスは、まだ夢を見ていた。ヒットチャートは、まだ元気だった。いろんなことが変わってしまったが、音楽だけが変わらずにここにある。そしてakkoはあの頃と変わらない、はかなくて幼い、それでいて成熟して透明な声で歌ってくれる。


 愛に満ちた拍手。全員そろってのラインナップ。大きく手を振って、akkoの姿がステージから見えなくなると、会場内のどこかにあった緊張感がふっとほぐれた気がした。時を超え、みずみずしく輝く音楽を持つ幸せ。そういえば、『re:evergreen』のリリース時に、つけられたキャッチコピーは〈また、マイラバを聴きたくなった〉だった。My Little Loverは、決してノスタルジーではない。現在進行形で、多くの人を今も幸せにし続けている。(文=宮本英夫)