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教科書会社が教員に「謝礼」、公取委が全22社を調査…独禁法違反になるのか?

2016年04月18日 11:02  弁護士ドットコム

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教科書会社が検定途中の教科書を教員らに見せたり、現金などを渡したりしていた問題で、公正取引委員会は、謝礼を渡すなどの行為が独占禁止法違反(不公正な取引方法)の可能性があるとして、小中学校の教科書を発行する全22社を対象に調査を始めた。


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報道によると、公取委は、教科書会社が現金などの謝礼を渡したことが、独占禁止法の禁じる「不当な利益による顧客誘引」に当たるかどうか調査する方針。この問題は、小中学校の教科書を発行する22社のうち、12社が検定中の教科書を教員らに見せ、そのうち10社が現金を渡していたことが明らかになっていた。



今回のケースで、公取委はどんな点を問題視しているのだろうか。また、「不当な利益による顧客誘引」とは何なのか。独禁法の問題に詳しい籔内俊輔弁護士に聞いた。



●「不当な利益によって顧客誘引をした」といえるか


「企業が、商品の値段の安さや品質の良さ等をアピールして顧客獲得のために競い合えば、より良い商品がより安く売られることになるという、競争によるメリットが生じます。しかし、価格や品質での競争ではなくて、取引条件とは無関係な利益を多く提供することによって顧客獲得が行われるようになると、競争が正常に機能しないという懸念があります。



独禁法は、このような懸念から『不当な利益による顧客誘引』を禁止しています。



報道によれば、今回、利益提供を受けたのは公立学校の教員が中心のようであり、公務員である公立学校の教員が教科書会社から利益提供を受けるのは、贈収賄の問題もあります。それに加えて『不当な利益による顧客誘引』として問題になる可能性もあります」



籔内弁護士はこのように述べる。「不当」かどうかはどうやって判断するのか。



「『不当な利益による顧客誘引』については、過去に公取委が取り上げた事件数はあまり多くありません。その理由を考えてみると、1つには『不当』か否かの判断が難しいという点があると思います。



一般的に、『不当』か否かは、提供される利益の程度や提供方法が、その商品等の市場における正常な商慣習に照らして不当といえるかを個別事案毎に検討するべきといわれていますが、明確な判断基準は示されていません。



顧客向けの利益提供が、不当な顧客誘引につながるおそれがあるか否かを、個別的事案に応じて検討せざるを得ないでしょう」



一般の企業でも、関係構築のために取引先などを接待したり、贈り物をしたりすることはあるが、「不当な顧客誘引」にあたるのか。



「社会的儀礼の範囲内のものであれば、広く一般的に行われているものですから、それだけでは取引先を決定する要素にはなりにくく、『不当』な利益による顧客誘引と判断される可能性は非常に低いです。



また、民間企業間では、どのような要素を重視して取引先を選ぶかは基本的に自由ですので、そのような観点からも取引先への利益提供が広く独禁法違反となるとは考えにくいです。



なお、医療用医薬品等の業界では、公正競争規約という業界自主ルールによって、公立・私立を問わず、医療機関や医師等の医療従事者に対して医薬品メーカーが自社製品の購入を不当に勧誘する手段としての利益提供することを厳格に禁止しています。



これは、医薬品の購買に関しては、購入の決定権を有する医師等への過度な利益提供がなされることが歴史的にも多く、そのような行為が競争に悪影響を与えるためです。ただし、規約に違反したからと言って直ちに『不当な利益による顧客誘引』として独禁法違反になるとは限りません」



●「採択過程では、透明性・公正性を確保すべき」


教科書業界については、どのように「不当」かどうかを判断すればいいのか。



「独禁法上の『不当』性を考えるうえで、独禁法以外の法令の明文の規定や立法趣旨に反する方法で利益を提供して、顧客誘引をする行為も適用対象にする余地があるといった指摘がされています。



義務教育で使用される教科書に関しては、『義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律』等によって採択過程が定められていますが、国費を投じて配布される教科書の採択過程では、透明性・公正性を確保すべきという要請があると考えられ、文部科学省等も都道府県教育委員会等に対して、こうした要請に反しないよう指導をしていたようです。



法令上、教科書採択に関連した利益提供を個別的具体的に禁止した条項はないようですが、このような行為は、法令の趣旨にはそぐわない行為といえるでしょう。



また、教科書の業界団体である一般社団法人教科書協会のガイドライン(教科書宣伝行動基準)では、教科書の選択を勧誘する手段として金銭提供等を行うことは、金額の多寡を問わず問題とされており、業界においても問題行為と認識されているものだったようです。



このように、法令上の規制が欠けている部分を埋める形で、独禁法の『不当な利益による顧客誘引』が適用される余地もありうるとは思われます。もっとも、教員に提供された利益は多額ではないともいえそうであり、顧客誘引のおそれがあったとまではいえないかもしれません。この点は違反を否定する要素になるでしょう。



公取委としては、最終的に違反を認定して教科書会社に対して排除措置命令という行政処分を行うかもしれませんが、違反か否かの判断基準のあいまいさや、提供された利益額等を考えると、行政指導(警告)による改善を促すという処理になる可能性もありそうです」



籔内弁護士はこのように分析していた。


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
籔内 俊輔(やぶうち・しゅんすけ)弁護士
2001年神戸大学法学部卒業。02年神戸大学大学院法学政治学研究科博士課程前期課程修了。03年弁護士登録。06~09年公正取引委員会事務総局審査局勤務(独禁法違反事件等の審査・審判対応業務を担当)。

事務所名:弁護士法人北浜法律事務所東京事務所
事務所URL:http://www.kitahama.or.jp